第9話 失楽園のカースト国5
幸樹が真剣な表情をするのを、ヒメは目の端で確認した。
……どうしてそんな重々しく⁉
何か自分が緊張させることを言っただろうか。いや、その様な記憶はない。
ならばあれだろう。変人変態が良くする、勝手な思い込み、妄想。それで幸樹はこちらの予想もしない空想を描き、緊張しているに違いない。
「むむむぅ! どぉこかから僕を貶す言葉がぁあああ!」
つまりムーマと同じと言うことでファイナルアンサーだ。
その点だけ確かにして、ヒメは手を上げる。扉を開けろという合図だ。
すると巨大な扉は重々しく開き始める。その先、見れば同じ大きさの門が再び現れる。
隣の幸樹が不思議の表情をする。だが何も聞かず、そのまま門の奥へと進んでくれた。
四人全員が入り終ると門は閉まる。
国の内部側が閉門し終わると、今度は外側の門がゆっくりと開きだす。
大きくなる隙間から見えたモノは――
「なん……だよ。これ……」
隣の幸樹がそう言うのも無理はない、とヒメは同感する。
なぜなら視界には荒れはてた大地に簡素な建物が建っているだけだからだ。
ヒメが通常、生活を過ごしている場所は言わずもがな、ここまで来る中で整えられた道。整備され綺麗に保たれた居住宅。草や木、花が育つ内の現状。
それだけでも正反対であるのに、人間も違う。
簡潔に言うなら生気がないのだ。
内側の人間は笑顔を見せ生活しているのだが、外にいる人達は笑顔どころか表情すらないと思える暗い面持ち。
内を生き生きしていると評するなら、やはり外は“死んでいる”だろう。
生気のない目。ボロボロの体に、フラフラと動く姿はゾンビを連想させる。
それほどの違いが、門の外には存在していた。
認識した現状に、ヒメは胸を抑える。
……大丈夫。大丈夫だから。
胸の内で言い聞かせ、ざわついていた気持ちを落ち着かせる。
じょじょに静まりかけた時、
「おい、ヒメ。これはどういうことだ」
隣を見れば怒り心頭な表情で目の前を凝視する幸樹がいた。
再び前を向き、ヒメはそのまま歩き出す。
「答えるけど、そこにいたら閉められないでしょう? とりあえずこっちに来よ」
納得をすぐさまに幸樹はしなかった。それにヒメは小さく微笑む。
すると幸樹は一度大きく呼吸をとる。そして上を向き、目を瞑る。それから顔をおろすと、ゆっくりと歩を進め、こちらに歩き始めた。
「何カッコつけている。さっさと進め変態野郎」
歩く幸樹に、後ろから蹴りを入れるアメ。
不意の事で体勢が崩れ、幸樹が顔から地面にぶつかるのをヒメは見た。
と同時に、全身から嫌な汗が出始める。また、倒れた幸樹に、アメは近寄ると、
「何こけてんの。てか、さっきまでカッコつけてたのにいきなりこけて、カッコわるー」
……何してんの⁉ あの子はぁー!
いや、していることはわかっている。不意打ちからの追い打ちだ。
分からないのは理由だ。
いくら毛嫌いしているからと言っても、あのようなあてつけとも取れる行為に及ぶだろうか。
そんなことはない、とヒメは確信をもって思う。アメはそのような短絡的人間ではない。
確かに時折、思慮に欠ける行為や思考が飛んでいる時はあるが。と、言うよりもそちらの方が多いのだが。今回のそれはいつもとは感じが違く感じる。
……城では普通だったんだけど。
「ん? それからって……」
あ。と、ヒメは己自身こそが思慮に欠けていたと悟った。
自分は幸樹の事で頭がいっぱいで、アメに対しての配慮を全くしていなかったのだ。
アメが幸樹にあてつけの様な行動をとる理由。
……それは、ここがアメの生まれ、生活をした場所だから……。
そしてそれは、彼女にとって良いものではない。むしろ最悪と言って良い。
そこに、アメはついて来てくれた。原因の自分に文句も言わず。
幸樹に精神ダメージを与え終わり、歩を進めるアメをヒメは申し訳ない顔で見つめる。
悔しく崩れたヒメの表情を視認したアメは、心配した面持ちで駆け寄る。
「ど、どうしたのですか、お嬢様。何か嫌な事でも?」
大丈夫、とアメは囁く。
「私が付いております。ですからそのようなお顔、なさらないで下さい」
なんで、とヒメは泣き出しそうになりながら、心で疑問を打った。
どうして己の事を無視した行為を行った自分に、それほどまでに尽くしてくれるのかと。
また、思ってくれるのかと。
「……ごめんね」
自然と、声が出た。謝罪の気持ち溢れ出て声になったのだ。そのために、
「……アメちゃんの事考えないで、ごめんね」
言葉は繋がった。しかも今度は涙を伴って、だ。
号泣、と言うわけではない。ただ、次から次へと涙が溢れて来る。
ユメを思ってではない。自分がしでかしたことの愚かさにでもはない。
自らの勝手さに、だ。
彼女の事を考えず、大丈夫だと思い行動をした勝手。
自分がする行いを正しいと思った勝手。
そしてそれらを当然として流していた勝手。
……無様、過ぎるね……。
長年生きたことを誇ったことは無い。比べたことも。
しかしそれを踏まえたとしても、今回は無様が過ぎた。子供のそれと変わりがない。
……確かに願ったこともあった……。
けれどもこれは、大人が子供になっただけのモノ。
無様、と再びヒメは思う。
これでは助けることなんてできない。大丈夫なんて言えない。
門の前で思ったことの否定。己のダメさに嫌悪を覚えるしかない。だが。だからこそ。
「アメちゃん。ありがとう」
気付かせてくれた相手に、どれだけの感謝をしても足りはしない。
しかし、確かに伝えねばならないと。ヒメは感じ、言葉にした。
いきなり泣き出したヒメにオロオロとするだけのアメだったが、言葉を贈られると、
「――――っ!」
困った顔から急速に顔を赤らめ気恥ずかしそうな顔へ。そしてくねくねと体を捩らせる。
通常ならこのまま放置をする。だが気付かせてくれたのもあり、
「真っ赤になって。かわいい」
「――――――――――――――――っ⁉」
なぜかアメの頭が爆発し、蒸気が舞ったが彼女なら普通なため気にしなかった。
無視をしながらヒメは笑いかけ続ける。すると、わなわなとアメはし始めた。
疑問符をヒメは作る。するとアメは突如として腕を広げ、
「お嬢様ぁん! 可愛すぎますぅ――――――――っ!」
勢いよくヒメに抱きついた。
またそれだけでなく、頭を撫でたり匂いを嗅いだり胸を揉んだり、
「ちょ、どこ触ってるの⁉」
「ハァ……ハァ……柔らかい……良い匂い……ハァ……ハァ……」
「興奮してないで離れて!」
「ハァ……ハァ……食べたい……」
「え? 嘘だよね? 冗談、だよね?」
「ゴクリッ……」
「助けてぇえええええええええ!」
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