第6話 失楽園のカースト国2

 移動する馬車の中、幸樹はヒメの話を理解することに努めていた。

 廊下から場所を変えることになり、応接室にでも連れていかれるのかと幸樹は考えたのだが、予想とは大きく逸れ、馬車に乗り込むことになった。

 説明したいことは直接見たほうが早い、とのヒメの考えの元で幸樹は馬車に揺られつつ、カースト国、ひいてはヒメ達の世界史を簡単にだが教えて貰っていた。


 ……俺を騙そう、なんてもう思えないよな。


 話だけならば作り話を披露しているだけ。城や馬車も少々壮大ではあるが、お金さえあれば問題はない。

 だが、と心の中で否定を作りつつ、幸樹は開いた窓から外を見る。

 そこには遠目からでもわかる巨大な壁が遥か彼方まで続いていた。窓から入る風の感触は現実のものであり、だからこそその壁も、そして今幸樹がいる世界が元々いた世界とは異なる場所だという真実味をダイレクトに幸樹に感じさせた。

その壁は数十メートルの高さがあり、カースト国の外周を覆っている。それはヒメの言を取れば安全を得るためでなく安心を感じるためにあるとのことだった。

 また、外周だけでなく内の間にも四つの区間を作るように三つの壁が存在しており、外周のモノと比べるまでもなく小さいもので、本当に『区切る』ためだけにあるようだった。

 区切られた区間では分担を分けており、ヒメやアメがいた区画は政治等の政。その次の区画が国を守るために活動をする兵士たちの場。それを過ぎれば国全土の民が食べる食料を生産する農民たちがいた。最後の区画では日常や工業品から武器など幅広く開発、生産をしており、またほとんどの国民が居住していた。

 ヒメたちがいた区画から最後の区画までは馬車で休憩もはさみ四時間もかかった。日も登っていたのがすでに下り半ばを過ぎている。ただそれでも端までの距離が短いルートを通ったらしく、長いほうならば倍以上はかかるとのことだった。


 ……どんだけ広いんだよ。


 情報を聞いた時の幸樹の感想はそれだった。

 追加の情報で、早馬なら全てを半分の時間でいける、とヒメから説明を受けたが広いの認識が変わるはずもなかった。


 ……しかし、カースト国、ねぇ。


 そのままの国だな、が追加の気持ちだった。

 階層があり、階層ごとの身分や仕事がある。


 ……日本で昔にあった士農工商がそれだよな。


 インドではそのカースト制度が根強い国だ。

 同じ意味なのかと考え聞いてみたが、全く違うものだった。

 言語が通じているから同じなのかとも思えたのが、関係ないらしい。ヒメ曰く、仕様、だそうで、聞いた瞬間、まるで自身が物のようになったようでゾクリとした。

 代わりに馬車を運転するムーマが、


「いいねぇ……仕様とか、物扱いでぇ。要らなくなったゴミを見るような目で見られて捨てられた上に放置プレイ……最高ぉ」


 はぁはぁ言いながら興奮しているのが聞こえていたが無視を決め込んだ。


 ……反応したら同類にされかねないからな。


 だからと、


「それで、その後はどうなったんだ?」


 終わった物語の続きを促す。


「簡単だよ。相手も自分も死なないから疲弊だけしていってもう戦えないから休戦。今では戦争は終わったことにして外交や貿易なんかも行っている所がほとんど」

「カースト国もそうなのか?」

「いや、うちは中だけで十分まかなえているから鎖国してる感じ、かな」


 どこかはぐらかす様な物言い。

 しかしそこよりも幸樹には気になる部分があった。


「けど八十年も続いた戦争にしては、あっさりした終わりだな」


 疲弊した、と言うのは分かる。

 だがそれならもっと前からなっていたはずだ。

 なのに止めなかった。だから気になるのは、


「戦争が始まった理由って、なんなんだ?」


 根本的なことだった。

 八十年の大戦争。続かせるにはそれだけの大義が必要であるだろう。

 でなければもっと早く終わっていたはずだ。


「…………わから、ない」


 え? と思わず幸樹は言ってしまう。


「本当だよ? いくら文献を読んでも人に聞いても知っている人はいないの」

「お、おいおい。ならどうやって戦争を続けさせていたんだ?」

「……意志、だと思う」


 だって、とヒメは続ける。


「私の母親もそうだったの。戦争の火種を知っているおばあ様から強固と言える意志を受け継いでいたの。理由も知らないで」

「そんなことで……」

「状況も影響したんだと思う。やらなきゃやられる、って状態で言い聞かされたら理由を飛ばしてやり始めちゃうんだよ。それは世界中の人がそうだったんだよ。きっと」


 言われた言葉に、幸樹は否定を作れなかった。

 自分がそこまで追い込まれた状況にも、相手に言い聞かせられることがなかったからだ。

 それ故に、暗い雰囲気が馬車内を満たす。気分が悪くなるため、雰囲気を変えるために気になっていた質問を幸樹はする。


「けれども皆何歳なんだ? 三百は超えているんだろうが」


 不死になる前、と言う意味での問いだった。

 けれども、


「ううん。全員が声を聞いた人間ってわけじゃないの」

「? と言うと?」

「んー。まずここに居る人で言うと私とムーマは声を聞いた人間。

ちなみにさっきまで話してたので、他国の情報はムーマが調べてたことだよ」

「いやー、あの時は隠れているとぉ放置されているようで、乱れる息でバレない様にするのが大変だったなぁ」


 本人の言葉でいろいろ台無しだった。


「それでアメちゃんが……何歳だっけ?」

「お嬢様が思う年齢で良いですよ!」

「…………見た目通りの年齢だよ。確か」

「いや、諦めるなよ」


 変態と変人を相手する大変さを幸樹は知っていた。

 だが主人なのだからそこはやり切って欲しかった。


「何、お嬢様に生意気言ってんだ! あぁ⁉」


 なぜか幸樹はいきなりに胸ぐらを掴まれてメンチをきられた。


 ……主人じゃないからやり切らなくて良いよな。


 からまれた方が安定しているのが余計に辛いところだ。

 しばらく睨みを利かせた後、いつまでも触りたくない、と言って離したのでよしとする。

 なんだか負けた気がしたが、幸樹は気のせいだと無視をした。

 そして胸ぐらを乱暴に離したアメは、


「アンタに勘違いされるのは嫌だから言うけど、私は二十歳だから」


 と教えてくれた。


 ……初めからこう素直に言ってくれればな……。


 ツンデレと言うやつだろうか。ツンではなく病んでいる方の近い気がするが。

 病んでいるかもしれない人間にかまっていても時間の無駄なので、


「で、離れているって理由って?」

「理由って程でもないんだけど。不死になった後に生まれた子は人によってバラバラなんだけど、ある程度は成長するみたい」

「そのある程度はどれくらいなんだ? アメを例にすると二十歳は超えるみたいだが」


 話している途中、名前を呼んだ幸樹にアメが、


「私の名前を気安く呼ぶな! 呼ぶなら様を付けろ!」


 怒りを叫んでいたが幸樹は気にしなかった。

 ヒメも対応を同じくし、話を繋げる。


「うーん。一応、ウチとムーマが調べた国で言うと、男女問わず十六歳までは成長するみたい」

「そうなると、戦争終了前と後の見分けは外見くらいか」

「…………そうね」

「?」


 相槌を打つのに間があったことに、幸樹は不思議を持った。

 しかし理由がわからないため、


「体が小さいのも、良いと思うぞ?」


 とりあえず励ましてみた。


「いきなり何⁉」

「いや、各部分がかなり小柄だからそれを気にしているのかと」

「全く違うけど⁉」

「そうですよね! 違いますよね! お嬢様はそこが良いんですよね!」


 変人から同意がきて何よりだ。


「二人が何でそんなことを言ってるか分からないけど、気にしているのは体の事じゃない」

「ならなんなのだ?」

「幸樹、あなたのことよ」

「お嬢様! こんなカスのどこがそんなに気になるのですか! こんなぽっとでのどこの馬の骨とも分からない奴の……っ。気になるなら私の事を!」

「アメちゃんステイ」


 一言言われて、きゅぅ、と悲しそうな表情にアメはなるが、同情の余地はなかった。


「それで幸樹。あなた、どこか変わった点はない?」

「変わった……点?」


 聞かれ、体を見まわす幸樹。だが五体満足であり、また可動も不自由がない。


「特にないぞ」

「…………頭が変わっているだろ」

「おい」

「アメちゃん! 本当のこと言わないの!」

「更におい!」


 アメはともかくとして、ヒメにまで言われたのは心に来るぞ。実際に少々涙目になっている。


『幼女の罵倒などご褒美でありますでしょうに』


 ……学友、まだお前いたのか……。


 いつまでもいるよ、と言われそうでホラーだ。

 慰めなのか追い打ちなのかわからない一撃も追加で頂いたところで、


「アメちゃんの言い方が悪かったけど、その通りなの。

 楽しいとか悲しいとか。感情って言われる部分。そこに変化はない?」

「……変わってないと思うが……」

「本当に? それは確か?」

「ぐいぐい来るなぁ。もし変わっていたとしたらどうなんだよ」


 近寄りながら問いただしてくるヒメを手で押さえ、一定の距離を取る。現状でも接触しているからかアメからの殺意に満ちた視線が痛いが、近づかれたなら、その殺意が実現するかもしれない。それだけは避けなければならない。


 ……痛いの嫌だしなぁ。


 きっと想像できない程の苦痛の末に惨めに殺されるに違いない。


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