第5話 失楽園のカースト国1

 約三〇〇年前、世界は大戦争を繰り広げていた。

 数百の大から小までの国々が全戦力を投じた戦いだ。

 しかもそれは八〇年も続くもの。そのため多くの戦死者が出ていた。

 また戦争に兵を出すために国内での食糧生産は落ち込み、戦闘で食料を作る土地は更地や戦場となり、食料は激減。飢えで死ぬ者は珍しくもなかった。

 それだけにとどまらず、飢えで死んだ者の放置。ゴミが処理されずに置かれた状態。掃除も行われないなど、衛生が悪化した。そして食事を満足に出来ないために大流行したのが、伝染病などの病気だった。

 軽い病でも死んでしまうほど弱り切った人間が初めに死に。次はそれを看病した人間が。

 国の外で死ぬよりも中で死ぬ数が上回りはじめた。

 けれども治療も対処もされなかった。

 治す医者は戦地で兵士を診るために。

 国の上層部は内政よりも戦争に勝つことを優先したために。

 それは全ての国がそうで。違った国はすぐに攻め滅ぼされた。

 ゆえに、国の偉い人間は戦争を優先し、勝ち続けなければならなかった。

 民衆もそれを理解していた。

だが彼らにとって、答えは一緒だったのだ。

戦争で死ぬか、見守って死ぬか。

ただ、それだけのことで。死ぬことは変わりのないことだったのだから。

だから『次』に繋げようと、子供をどんどん作るようになった。

子供達が成長する頃には、苦しみが終わっているようにと願いを込めながら。

しかしこれは逆効果になった。

遺伝子的な問題が生じ始めたのだ。

そう、親等――つまりは近親での子供が多くなってきたのだ。

女も戦争には行けるが、ほとんどは男だ。初めは年齢制限があったがすでに無いに等しくなり、すでに使えるならいくつでも。性別は問わなくなっていた。だから女も戦争に行くことが普通になっていた。

 けれども割合としては九割が男なのだ。

 そのような中で子孫を残すなら、年齢など構っていられなかった。

 そして相手も。

 好き嫌いではなく、産めるかが重要なポイントで、様々な相手が対象となる。

 ただ流石に親子や兄弟はまずいとはなっていた。

 ゆえにそれ以外なのだが、問題が起きた。

誰の子なのかわからなくなっていたのだ。

 次々と関係を持ち、次々と産まければならないため気にすることが無かったのも原因だろう。

 だが続けるうち、問題は明白になって来た。

 遺伝子が劣勢化したのだ。病気に弱い、片腕だけが小さいなど弱った子供が生まれるようになったのだ。

 優秀な子供も生まれた。普通の子も。そのため注意することもなかった。

 弱い子供達は病気で死ぬか捨てられて死ぬか。もしくは死ぬまで生かされた。

 他の子供達は成長できたら戦場で。出来なかったならば病気や餓死で。

 子供の数を増やして行ったため、死亡者は格段に増えた。

 すでに、死が蔓延している、そう評してもおかしくない程――


 世界に死は満ちていた。


 死ぬことが当たり前。苦しいのが当然。辛いのが日常。

 常識が、戦争をする前とでは変わっていた。変わり果てていた。

 それが戦争で、それが真実なのだと。当たり前なのだと。

 そうなったのも、死が、ありふれ過ぎたからだ。

 誰かが死にたくないと相手を殺す。

 誰かが殺さないと自分が死ぬと言われ殺される。

 誰かが国の為だと言って死に行く。

 誰かが自分の為に死んでいく。

 屍が、積み重なって今の世界を作っているようだった。

 皆、生きるのに必死で、死なない様に祈っていた。

 けれどもすぐに死んでいく。あっさりと。

 死にたくない、と思っても。死んで欲しくないと願っても。

 戦死で。病死で。餓死で。凍死で。焼死で。

 変わりない日常は、死で溢れていた。

 生きることが当たり前だった昔。命が重かった過去。

 今は軽くなり、有り難くなり、叶わない夢となっていた。

 その時、声がした。


『ごめんなさい』


 と。謝罪は直接頭に響き、それは全てのもの平等に聞こえていた。

 王族も。平民も。戦争に行った者も。死にかけの者も。

 全員に聞こえた。そして声は続く。


『本当に、ごめんなさい……。こんなことになるなんて……。なんでこんなことに……』


 戦う者は戦いを止め、苦しむものは苦しみを忘れ。この不思議な現象を。不可思議な声に聞き入ってしまっていた。


『私が……悪いんだ。送ったことも。放置したことも。生んだことも……。何もかも……。だから、ごめんなさい……』


 謝り、


『だから、みんなの願いを叶えさせて』


 告げて来た。


『罪滅ぼしにならないけど……。取り返しがつくわけでもないけれど……。何か、やらせて下さい』


 懇願。だがどことなく上からの物言いだった。

 けれども、どこか甘えたく、信じられる言葉だった。


『――――に――――い――――』


 ノイズ交じりの声が聞こえた。

 先程までのとは違う、全く別の声が。しかもそれらは一つではない。幾重にも重なり、また重なりが二重三重と輪唱が繰り返されていく。

声は空から。地面から。壁から聞こえ、世界から声が発せられているように聞くものからは感じられる。それほどまでに輪唱は世界を満たしていた。

 唱えられる音声に混じるノイズは徐々に晴れ、一音一音ハッキリと聞こえる様になっていく。

 男性の声で。女性の声で。子供や老人の声で。擦れそうな声も死にかけの声も混ざっていた。

 別々に唱えられていた輪唱が段々と収束していき、ノイズのない声が調和していく。

 そして、


『――――死にたくない!』


 様々な声色が、願いが。同時に叫び、重なり一つとなった。


『――――わかりました』


 すると、天から光が降って来た。粒状の光がゆっくりと。雪の様に。

 落ちる光は人に当たってはしみて行く。建物の中に居ても入り込み、人にしみて行く。

 当たり続けた人間は全身を光らせ、眠って行った。

 一人が眠り、また一人が。

 どんどんと人数は増え、そして人類全てが眠りについた。

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