第4話 楽園のシシャ4

 周りの雑音に目を覚ましたヒメは、眼前の光景に混乱していた。

 見えたモノ、それは――

あの男性は手を後ろに、足は一つに纏められ、体全体を綺麗に亀甲縛りされ。

アメは男性を跪かせ、その背中に乗りながらムーマを鞭打ちし。

ムーマはアメに打たれる鞭を自ら動きジャストポイントへ。

呻きと罵声と歓喜が織り交ざり、鳴る光景だった。

 まずベッドの上で寝ていたのに廊下で横になっている。その時点で自分が夢遊病ではないかと心配になるほどなのだが、それを考えさせないものだった。


 ……何があった⁉


 もう何が何だか分からないでいる間にも、


「ほーら、鞭を振ってやってるんですからどんどん当たって下さい。ご褒美ですよー」

「打たれるのがセルフぅなんて、自分の性癖を自ら暴露ぉしてる感じがあって良いねぇ!」

「…………何、この状況……重いし……」

「誰が重いって! あぁ⁉」

「ぐえッ!」


 鞭打たれて恍惚になっていくムーマと失言してクビにかかった縄を引っ張られる男性の分類は同じでいいのだろうか。

 混乱で認識がおかしくなっていると、アメはこちらが起きたことに気付いた。


「あ、ヒメ様おはようございます」

「うん。おはよー。いきなりだけど、何があったの?」

「んー、話すと長いんですが、今は罰とご褒美あげてます」

「つまりぃ、僕にとってはご褒美のみってことだよね!」

「黙って鞭を受けていてください。この畜

生が!」

「どうもありがとーう!」

 強く鞭を打ってムーマが感謝の言葉を言うまでがアメターンだ。

 終わるまで待ち、ヒメは話を戻す。


「とりあえず廊下でしてほしくないな。やるなら自室で」

『は~い』

「いや、止めさせろよ!」


 椅子が喋るとは不思議な。

 ではなく、あの男性だ。アメのノリがうっつてしまったようだ。


「そう言えば、あなた誰なの? 見たことのない服着てるけど」

「この状況で聞くことじゃないよな⁉」


 自室に運ぼうとアメに引きずられる男性に問うたが、怒鳴られてしまった。

 しかし、それもそうかとヒメは納得した。なので、


「アメちゃん、私はそれに用事があるから置いてって」

「物みたいな扱い⁉」

「えー。それだとムーマさんと二人っきりじゃないですか―。気持ち悪い」

「ストレートな嫌悪ぉ、ありがとうございまーす!」


 普通に歩けるのに四足歩行しているムーマが楽しそうで何よりだ。


「なら用事が終わったら連れてって良いよ」

「わっかりましたー。だったら待ってまーす」

「現状が先送りになっただけだと⁉」


 男性が叫んだ理由はムーマと同じだろうか。

 ならば反応するだけ無駄、と無視をし、ヒメは彼が立ち上がるのを待つ。

 足と腕の縛りをムーマに解いてもらい、縛り箇所をさすりながら男性は立つ。


「酷い目にあった……」

「よくわからないけど、自業自得だったんじゃないの?」

「いや、あれは人災だ」

「?」


 理由の問いかけでヒメはさらにわけがわからなくなってしまった。

 この男ではダメと、アメに視線を向け、説明を促す。彼女もわかってくれたようで、


「あー……」

 すぐさまに言葉のまとめに入ってくれた。そして、

「縛られたこいつがヒメ様を抱きかかえて壺などを割りながら逃げたので捕まえて屈辱を与えたら喜びました」

「待て! 確かに逃げたが壺を割ったのはお前だ! そして俺は喜んでいない!」

「本当は?」

「ほんの少し……って違う!」

「⁉」

「いやいや、そこのお嬢ちゃん。冗談だから冗談」

「⁉」

「そこの変態は、あれ? 仲間? みたいな驚き顔をするな!」


 なんだかツッコミが連続したが、つまりはムーマと同じだと言うことだろう。

 一歩彼から体を離し、ヒメはムーマに、


「え? なになにぃ? なんかヒメちゃんから凄い冷たい目線を感じるぅ」

「とりあえず現状はわかったよ」

「あ、僕には聞かない、ってか無視なんだね! ノリとツボを分かってるねぇ! ヒメちゃん!」


 ムーマを見てしまったのはこちらなので文句を言えないのが悔しい。

 文句を言ったら言ったで喜びそうだが。

 これ以上ムーマにかまっていたら時間の無駄なので、


「それで」


 と話を戻す。そしてヒメは男性を向く。

目を見て話すためとムーマを視界の中心から外すためだ。

なぜかムーマがモジモジと動き始めたが今度は見ていないので関係はない。


「ここからが一番の聞きたいことなんだけど――まず名前はなんて言うの?」

 いつまでも、男性、では悪いと思ったからだ。

「……奥山。奥山幸樹だ」


 渋々が目に見える言い方で教えてくれた。

 名前の作りはこの国のモノではない。近隣諸国でもないだろう。

 あるとするなら『東』だろうか。ならばのどうして、なのだが、


「それで、ここはどこなんだ?」


 幸樹は不思議そうに、周辺を見回す。

 その言動に、ヒメとアメ、ムーマは顔を見合わせる。

 答えない三人に、幸樹はこちらを訳が分からなそうにしてきたので、


「ここはカースト。しかもその王城だけど、わかって来たんじゃないの?」


 代表して、ヒメは聞く。だが、


「カースト? そんな国ないだろう。それともそーゆー設定ってことか?」


 更に会話がかみ合わなかった。

 けれどもそれである解答が浮かんできた。

 本当の事を言っていないと思っているのか不満そうな幸樹を残し、ヒメは二人を集める。


「お嬢様、アレは嘘をついているのでしょうか?」

「いや嘘をついている様子は無かったよねぇ」

「ムーマさんには聞いてない!」


 この二人は真面目にやれないのだろうか。無理か。


 ……私だけでも真剣に取り組まないとね!


 諦めもほどほどに、ヒメは自分の意見について話す。


「他国の人間じゃなくて来訪者だと、私は思うの」

「どうしてなんだい? ヒメちゃん」

「声が響いたのよ。――あの、声が」

『⁉』


それだけで理解をしたのか、二人は驚愕し、


「本当……なんだね?」

「でも……そんな……なんで今更……」


 真剣に話をしだしてくれた。


「言われたのは『あとは、頼んだよ』だった。何かわからなかったけど、近くに彼が現れたからとりあえず匿ったの。恐いから縛ったけど」

「あの縛り、ヒメちゃんがやったの⁉ ダメだよ! もっとしっかり縛らないと!」


 言われ、本当にそうだなとヒメは反省する。


「きつく、そしてしっかり縛らないと気持ち良くないんだからね!」


 反省をして損をしたと感じたのは何度目だろう。ムーマと出会ってから回数が増大したように思える。あの話を聞いて通常モードなのはさすがなのだろうか。とりあえずとして、


「アメちゃんは何か気になる部分、なかった?」

 ムーマを無視することにした。


 ただ、まだ二人の中では真面目なアメに聞いたのだが、


「……あいつ、ヒメ様に縛られたとかどんなご褒美だよ。なに素晴らしい事受けといて嫌な事だとか嬉しくないとかぬかしやがってんだ。そんなモノ、普通なら涎を垂らして足を舐めてでも懇願するところだろーがよ。それをあの野郎――」


 こちらの声が聞こえていなかった。

 そして途中からヒメもアメの言葉を聞くのを止めた。


 ……真面目な人間が、いない。


 今更な嘆きだった。このままにしていても何も進展がないので、


「ごめんね。話を再開しようか」

「それはいいんだが……何だか後ろで口汚い呪言を吐いている奴がいるんだが」

 自分の後ろを幸樹は指を差す。その方向はアメがいる場所で、

「クソ野郎クソ野郎クソ野郎。もったいない所じゃねーぞ。てかあの野郎、ヒメ様をプニプニしてもぎゅもぎゅした代償を払ってなかったよな? なら今からその代償をは――」

「聞こえないよ?」

「明らか今、途中で聞くのを止めたよな?」


 本当に聞こえないのだから仕方がない。

 それよりも今は真面目な話だ。自分まで残念になる必要はない。

 こほん、と咳払いを軽くし、ヒメは確定させる。


「幸樹は、来訪者のようだね」

「来……訪者?」


 言葉の意味は知っている。だが使われる意味が解らない。そんなオウム返しだろうと、ヒメは感じた。だから、


「疑問に答える前に質問するけど、この世界は今、どうなってる?」

「はぁ? 世界? 人口爆発しそうとか、環境問題がどうとかか?」


 やっぱり、とヒメは不確かだった考えを確定させた。

 なぜなら世界の話をされて、見当違いな答えを言うはずがない。もしも他の国や『東』から来た間者だとしたならばなおさらだ。疑われる発言をする必要はない。

聞いている質問自体が分かっていない、と言うのもヒメは間違いないだろうと見た。

だから、ヒメは正解を答える。


「この世界はね。神様に憐れまれた世界なの」


 そして、


「死と寿命を取り除かれた世界」


 なんでこうなったのか、と思うには自業自得過ぎる話を、ヒメは幸樹に語ることにした。

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