第3話 楽園のシシャ3
体勢の辛さで幸樹は目を覚ました。
自分が現在なっている様子を認識して、幸樹は思った。
……どんな状態だ⁉
どうなっているかと簡潔に言えば、シェーのポーズだ。
ただ違うのは上下逆さまと言うのと、足が頭の上へきていること。そして、
……縛り方がエロいな!
亀甲縛りだっただろうか。前にSМ系な大人の本に載っていたのを見たことがある。あの時は現実に見ることは無いだろうと思っていたが、まさか自分が体験することになるとは。しかも病院着ではまたマニアック。人生何が起こるかわからない。
負の方向にある感動を幸樹は感じた。
だから、なのだろうか。気持ちが落ち着いて周囲を見渡すことが出来た。人間、残念なことがあると冷静になれるのだろうか。
見えた周りは寝室だ。しかも広大と思えるほどの。漫画で見る王室部屋のようだ。
けれども、だ。物が少ない。極端に無いと言っても良い。
キングサイズのベッドはある。しかしそれだけだ。
タンスもテーブルも椅子も。生活に必要であろう家具すらない。
あるのは先程見た中央にドンッと置かれたベッドだけ。
「……すぅ……すぅ……」
そのベッドから音が聞こえる。感じからして寝音のようだ。
ベッドなのだから当然かもしれないが、もしかしたら自分がこんな状態になっている原因を知っているかもしれない。と言うより、
……あれが、犯人なんじゃないか?
すぐそばに実行犯がいるかもしれないという緊張感が幸樹を襲う。
「…………どうするか」
幸樹は小さく。小さく呟く。寝ている相手に気付かれない様に。
もしも起き、そいつが化け物なら一巻の終わりだと思ったためだ。
「……すぅ……すぅ……」
よかった。寝ていた。そう安堵しつつ、幸樹は行動を開始する。
まず自分が動けるか、幸樹は確かめる。胴体はガッチリと縛られて解けそうにない。けれどもシェーの格好だからか腕への縛りはない。足の方も太股は縛られているが歩けないわけではなさそうだ。
どうしてこんな中途半端な締め方なのか幸樹にはわからない。が、考えるのは後にして次に物音をたてずに幸樹は立ち上がる。
少し歩き、障害の有無を確かめる。違和感はあるがやはり歩行には問題なさそうだ。
そのまま音を極力出さず、幸樹は扉へと向かう。だが、
「――――ぁ……さん……」
ベッドと扉の中間。そこで声がした。
方向は後方。向きと聞こえた場所からしてベッドだろう。
それから声は発せられた。すぐさまに幸樹は後ろを振り返る。
遅いかもしれないが今後の対処をとるために。見た背後では、誰も居ない。
気のせいか。そう思った時、
「――――あ……さん」
今度はハッキリ聞こえた。
場所も顔を向けているためにベッドと確かに分かった。
……どうする……。
寝ているならばこのまま扉から部屋の外へ行けば良い。しかし、こちらだけが顔を知られているのは後々不利になるかもしれない。その考えから、逃げられる時間を犠牲に、幸樹はベッドに近づく。
「ごくりっ……」
思わず生唾を幸樹は飲み込んでしまう。
……鬼が出るか蛇が出るか。
自分で向かっておいてそう思うのは何か違う気もするが、そんなことはどうでもいい。
問題なのはどのような人物がいるか、なのだ。
ベッドの上が見えるところまで幸樹は来た。
しかし相手はシーツで全身を覆い被せていたために見ることが出来なかった。
それはいけない、と思いつつ、幸樹はシーツへと手を伸ばしてしまう。
捲れば起きてしまうかもしれない。逃げずにベッドまで来ることだけでも危うかった。それなのにそれ以上の危険を冒す必要はない。無いのだが、
……毒を食らわば皿まで!
シーツの端を掴み、幸樹は思い切りめくり上げる。
「……すぅー……」
髪は銀髪で身長ほどもあるだろう。顔は小さい。目・口・鼻のバランスも整っている。身体も小さいの美少女がいた。だが、
……貧弱そうだな。
と思えるものだ。腕は細く骨と皮しかないのではないかと心配になる程。足は腕よりは肉はあるのだが、それでも歳の平均は下回っている太さだ。
胴体はゆったりした服なのでわからないが、それでも認識出来る部分はあった。それが一番『貧』なのだ。
……ペッタンコだなぁ。
胸が、貧相なのだ。残念過ぎる程に。
けれども年齢にしてみれば相応なのかもしれない。身長が小柄で顔も幼いかもしれないが、見た通りなら小学生高学年ほどであろうか。それならばこの貧相さも理解できる。
最近の小学生は発育が良いらしいと、生命礼賛! 生命礼賛! うるさいクラスメイトから耳にタコが出来る程聞かされてきた。
しかし彼はこうも言っていた。
『ですが! それは外国の食文化で上がっただけであり、本来ならば低身長、低発育が良いのです!』
関係ない記憶だった。と言うよりも小学生で彼に繋がっただけで、関係する様な事を言っていた覚えはない。
『ですが発育するなと言うわけではないわけで。ただ自分が言いたいのは、健康に育って下さればそれでいいわけで。それには高身長・高発育である必要性は無いのだと、自分は世界中に言いたいのでありまして――』
……勝手に人の脳内で演説を開始するな……!
自分の心で話続ける彼に幸樹は一蹴する。
彼の怨念と思える熱意は人の脳でも独自活動が展開できるらしい。恐怖だ。
以後彼との距離を考えないとならない。
そんなことよりも、と変わった思考を幸樹は元に戻す。
もしもこの子が小学生の歳で、ベッドに居る人間が犯人なら、
……この子が、あれを?
そう。小学生で女の子である彼女が自分にしたのだ。亀甲縛りを。
想像しがたいな、が主な感想だった。
もし犯人ならば理由がわからないし、違うならどうして近くに置いておいたのか理解できない。もしかしたらロリコ――じゃなく、クラスメイトの彼なら分かるかもしれないが、
『呼んだ?』
いません。と心で幸樹は否定する。
と、面倒なのと心を乗っ取られそうで怖いので頼りたくないのだ。
「おか……あ……さん」
「!」
突然、少女が声を発したので幸樹は驚いてしまった。
起きたのだろうか。そう思い、少女の顔を見る。
すると彼女は可愛らしい顔を歪め、その頬に涙を伝わせていた。
「……っ」
見た事実に、無関係な自分でも心が苦しくなる。
よく見てみれば彼女の頬には複数の濡れた線があった。きっと途中であった声も同じように母を呼ぶもので、涙も一緒に流していたのだろう。
……それだけお母さんが恋しいってことか。
離れた場所にいるのか、それとも……。
悪い方向に考えが進んでいく。その時、
「うーん……」
寝返りをうつ少女。広いベッドの端で寝ていた彼女はうった返りで落ちそうになる。
「おっ、と!」
ギリギリのところで幸樹は少女を受け止めた。そこで受けた手と腕に柔らかさを感じた。
痩せすぎていると思えた彼女だが、触ってみればやはり女の子。良い匂いでそして、柔らかい。いつまでも触っていても良いくらいだ。
だがいつまでもこの状態ではいられない。なので元に戻そうと抱き上げる。
……軽いな。
持ち上げられるか心配だったが、ここは見た目通りだった。
ちゃんと食べているのか、と心配が変わる。それほどまでに軽いのだ。
けれどもこの子の歳ならば丁度良いのだろうか。分からない。
『呼んだでしょ?』
「……呼んでない……っ!」
とうとう口に出して幻聴に否定を入れてしまった。ただ彼の怨念もしつこいから仕方がないだろう。自分は悪くない。
そんなことより早く少女をベッドに戻して部屋の外へ逃げなければ。と幸樹は自らに行動の催促をした。
よくあるパターンだと、この状態で親族や使用人に見られるが定番であるからだ。しかしそんな面白いが使い古されたイベントが起きるはずがない。
「お嬢様。昼食をお持ちしましたよ」
「……………………」
ノックも無く入って来た相手に、幸樹は嫌な汗をかきながらゆっくり顔を向ける。
入り口にカートと共にいたのはザ・メイドだった。
黒い服の上からフリルが付いた白いエプロン姿。スカートの丈は膝よりも下で、髪にはカチューシャが乗せられており、それより先には黒で艶のある長い髪が腰まで伸びている。
記憶にある古い由緒あるメイドのそれだった。
纏っている女性は二十代前半のようだが雰囲気からか緩いものは感じられない。印象としては『緩い』の真逆と言って良い。会ったことはないが場数をこなした戦士と同じだ。
そんな人間が由緒のあるメイド服を着て、今の幸樹を見ていた。身体を亀甲縛りで拘束して彼女が仕えている少女を抱き上げている、自分を。
「………………」
何も言わず。表情も変えず。ただ、凛と。
……ある種の恐怖だな!
隙を見せたら殺される。幸樹はそう感じさせられた。
「………………」
こちらも黙り、動くことが出来ない。
もしも少女を置いてしまったら直後に殺されると思ったからだ。
……人質ってわけじゃないよな!
動けないのはメイドが原因なのだ。また殺されるのは誰だって嫌なものだ。好き好んでその状態になろう人間がいるはずがない。だから自分が悪いわけではない。
けれどもこのままでいるのも良くない。
後から人が入って来て、今度は感情が豊かで叫ぶ人間かも知れないからだ。
「せーんぱい。どうしたんですか? 入り口に立ち止ま……キャ―――ッ! 体を自らに束縛した変態がお嬢様の体を持ち上げて堪能しているぅううううううううう!」
自分で縛ったわけではない、と否定する間もなく新たに入って来たメイドは叫んだ。
もうツッコミ所が多すぎて幸樹は顔をヒクつかせるしかなかった。
先程から危惧したそばから現実になっていること。なぜか自分の印象と現状が悪化の一途をたどっていること。
そして少女の体を堪能していると言う冤罪が発生している――が、これはしても良いと思ったので半分正解、と言うところだろう。
とそんなことを考えている場合ではなく、
「さらば!」
幸樹は脱兎の如く、逃げた。
逃げ道はメイド二人の隣を通ったのだが、あの怖いメイドは何もしてこなかった。
廊下に出て左へ。幸樹は駆ける。
遠ざかる後ろで、
「せんぱい! ロリコンドМ変態が逃げちゃいますよ!」
「…………」
「ん? せんぱい?」
「…………」
「あれ? せんぱい、もしかして気絶、してる?」
「…………」
「せんぱい、せんぱ――――いっ! あのロリコンドМ鬼畜変態め……。よくもっ!」
なんだか勝手な決めつけで自分への恨みが発生したのだが、気のせいだろうか。
全部のセリフが聞こえたわけではないが、あの陽気なメイドがこちらを酷く蔑称したことは分かった。彼女のことは覚えておくことにした。悪い意味で。
怖いメイドの声は聞こえなかったがそれがより怖い。無言で追われているのではと想像されてしまう。走る音は聞こえないがそれがまた恐怖を増進させる。
だから後ろを振り向けず、幸樹は前に進む。
廊下は先が遠く、天上が高い。走っても本当に進んでいるのかと疑問に思うほどだ。
また、端端には高級そうな壺や花瓶などの調度品が飾られている。一つ一つが父親の年収に匹敵しそうな神々しさだ。割らない様にしなければ。
「まてやぁあああああ! ロリコンドМ鬼畜変態クズ野郎――――――っ!」
「言いがかりが酷くなってないか⁉」
後ろから陽気なメイドの叫びがしたので幸樹は振り返りながら怒鳴る。
しかしそこで幸樹は振り返ったことを後悔した。
なぜなら、
ガンッ! ガシャッ! バッ! ガンッ! ゴンッ! バギャン!
追って来るメイドがモップを振り回すので、いくつもの調度品を割っているからだ。
「おまっ! 落ち着け! 割ってる落としてる!」
「大丈夫。アンタのせいにするから!」
「確かにお前にとっては大丈夫だな!」
迫ってくる彼女を、陽気、と思ったが実際はゲスだった。
現時点で父親の生涯年収分割っているのではなかろうか。
ただそこを気にしても仕方がないため、
……どう逃げるか。
道はしばらく真っ直ぐだ。部屋はいくつかあるが入ったら逃げ道はない。窓はあるだろうがなぜか服装が患者着なのでガラスで切ってしまうだろう。それに、
「……すぅ……」
未だ自分の腕の中で寝る彼女を守れないだろうからするべきではない。
「ん?」
ここで幸樹は気付いた。自分が、今でも少女を抱いて走っていることに。
「いつまでヒメ様のお体を堪能する気!」
「いや、これは……」
これについて、幸樹は何も言うことは出来なかった。
しかしメイドだと言うのになんという忠誠心だろうか。
幸樹は追って来るメイドをゲスと言ったことを、悪いな、と思う。もっと彼女にあった言い方があるのかもしれないのだろうとも。
するとモップを未だに振り回すメイドは、
「私だってそこまで体を密着させたことないのに!」
「そんなの知るか!」
ゲスではなかったが、レズではあったようだった。
けれども言われた通り、いつまでも持っている訳にもいかないだろう。
……捨てるか。
流石にそれは非道だろうか。
ならばあのうるさいメイドにパスをするという手も無くは無い。だが、
「お嬢様の太股は触らかさと弾力が調度良い。ほっぺたと二の腕はマシュマロみたいで食べてしまいたいほど。お腹は餅のようでかぶりつきたく、髪は絹のように柔らかく纏いたいです。そんなヒメ様を……ずっと触りやがりやがって……。私も、触る。取り戻したヒメ様を介抱の名目で触りまくる……!」
自分は助かるが少女の貞操が無事ではすまないであろうから、幸樹は渡すことは出来なかった。勝手に連れ出しておいてその仕打ちは酷だろう。
仕方がないので持ち続けてメイドをまけたならばどこかに放置すればいいと、幸樹は予定をたてる。
ならば、と幸樹はスピードを上げる。
前を向いての加速なので後ろの様子は分からない。が、メイドの声が少しずつ遠くなるので引き離してはいるのだろう。
このままで行けば曲がり角までに随分と引き離さるはずだ。まくのも時間の問題だろう。
すると少し離れた場所にあるドアが開いた。
「お~い、アメー、うるさいよぉ?」
そこからは間延びしした声と共に男性が現れた。
メイドの次は執事かと思ったが違った。
出て来たのはほっそりとした体躯にジャージ、だろうか。それにしては作りが凝った服を上下着て、ワンポイントとして頭に女性モノの下着を被った変態だった。
……ここには変人しかいないのか⁉
軍人とレズのメイドの次は変態である。そう思うのは当然だろう。
「ムーマさん、そいつ捕まえて! ヒメ様を連れ去り先輩を辱め壺とか割りまくったクソ野郎なんだよ! 捕まえられたらご褒美上げますから!
あと何、人のパンツ被ってんだ! あとでぶっ飛ばす!」
「了解! そしてありがとぉう!」
白でフリフリが付いて可愛らしいな、と幸樹は感想を持った。
中身は結構女の子なんだ、とも。
しかしすぐに現状の危険にどうでもいい考えを幸樹は捨てる。
前には変態。後ろには変態メイド。
……変態サンドイッチか!
どうでも良い考えを捨て切れてなかったようだ。
けれども幅が広い廊下だが抜けられるか、それが問題だった。
いくら目の前の相手が変態で痩躯だとしても男だ。抜けることが出来るかは五分だろう。
構えをとっている男性。幸樹はそれを見据える。
……見た目はギャグだよな……。
こちらがいくら真剣でも相手は女性下着を被った変態。しかも、
「捕まえたらご褒美。ついでに罰でぶっ飛ばし。二重のご褒美!
これは是非とも達成しないとねぇ!」
「出来なかったらムーマさんがコツコツやっている十万ピースのジグソーパズル、全部バラバラにしますからね!」
「捕まえたらご褒美にプラスしてお願いします!」
真剣味が前後どちらも足りない。
こんな冗談ばかりの相手に捕まるわけがない。だから、
……行く!
行った。
男性の直前までまっすぐ走り寸前でターン。どのように通るのかを予測させぬための行動だ。これで通ると思った。だが、
「これでご褒美~」
男性を過ぎ去った後で、それは聞こえた。
「え?」
幸樹が自らの疑問の声を聞くよりも先に、体に異変が起きた。
走った勢いのまま前のめりに倒れ始めたのだ。
足を前に出そうにも出せず。手を着こうにもいつの間にか後ろにあった。それよりも、
……女の子はどこに⁉
このままでは潰してしまうと思ったが、自分の手中にはいなくなっていた。
「ケガはないようだねぇ。ヒメちゃんは」
声がして振り返る。
目の端のギリギリで見えた中に、男性に抱かれた少女がいた。
……あぁ、よかった。
安心し、直後に幸樹は前面から床に激突した。
「ぐっご!」
痛みと腹部の圧迫により汚い呻きを幸樹はあげてしまう。
そしてしばらく痛みに悶えている間に、レズメイドは追いついて、
「何ヒメ様をお姫様抱っこしてやがんだ変態野郎!」
変態男性の側頭部に飛び蹴りを入れた。
「どういたしまして!」
感謝を入れるのは変人だからだろうか。
いや、今はそんなことを思っている場合ではなく、
「まー、ムーマさんへの罰は後にして」
悪いニヤけをして近づいてくるアメと呼ばれたメイド。
対して自分はなぜか動けない状態。
……ああ、これは……。
終わったな、と思う前にアメが悪い笑顔を更に輝かせて言葉を繋げた。
「こいつをどうしようかなー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます