第1話  楽園のシシャ1

 日差しは緩く、日で温められた空気が風によりゆったりと流れる。

そんなお散歩日和に、胸のリボンがワンポイントのパジャマ姿でヒメは未だ部屋にいた。

 睡眠をとるわけでも、読書にふけるわけでもない。

 ヒメはただ天上の模様がいくつあるのかを数えていた。

 白い天井にあるそれは無作為に付けられた傷のようなモノ。点や線となっているもの。良く見れば生物に見えなくもないもの。それらが無数に天井を賑やかにしていた。

 それをヒメは眺め、端から数を数えていた。昨日の夜中から。

 途中、繋がっているのか離れているのか分からない模様があり、それの判断に集中して数を忘れてしまったのが長期戦になった理由だ。あの時は一つと数えてしまったが本当は繋がっているのか離れているのか、どちらなのだろうか。


 ……ん? 次、いくつだっけ?


 関係のないことに意識が行ってしまったためにヒメは数を忘れてしまった。


「あー! もういい!」


 自分で勝手に始めて自分の集中力が無いせいで止めるのはどうかと思ったが、単なる暇潰しなのでそこまで気にはしない。また夜にでもやればいい。時間はあるのだ。

 だけど、とヒメはベッドで寝返りをうちながら考える。

 止めたのは良いがやることが無くなってしまった。ハッキリ言えば暇、なのだ。

 やった方がいいものならある。けれどもそれは同時にやっても仕方ないものでもあるのだ。なら違うことをするに決まっている。

 だがその違うことがない。

 やりたいことは全てやってしまった。やりたくないことも。どちらも幾度も行った。

 正直、飽き飽きしている。それがヒメの心情だ。

 ヒメは何かないかと周りを見渡す。

 が、あるのは昨日脱ぎ捨てた衣服だけ。読みっぱなしだった本も放置していた室内遊具も片付けられている。

 何かするには部屋の外から持ってこなければならない。

 現実を知ってヒメがとる行動は、


「一、二、三、四――」


 天井の模様を数えることだった。

 どんなことでも前向きに行えると思えたが、やはり現実は厳しかった。けれども止めたことをすぐに再開するのだって労力のいること。前向きな行動を取れることは良いことだ。

 弁明を心でしながら数を数えるなんて器用な事をヒメはする。

 数えるのは三度目なので序盤は集中しなくてもいけるのだ。無駄な成長ではある。


「二六、二七、二八……」


 もうすぐ三十番台になろうとした時、


『あとは、頼んだよ』


 頭に声が響いた。


「⁉」


 瞬間にヒメは起き上がる。そして周りを見回す。

 しかし部屋には人影どころか生き物の気配すらない。

 気のせいか、と思った時、ドサッと外に大きなモノが落ちた音がした。

 ヒメは慌ててベッドから下り、窓から外を見る。

 見えるのは白く凹凸のない壁。均等間隔に植えられた木々。青々しく生い茂る芝生。閉じこもっていたヒメの目に突き刺さる燦燦と輝く日差し。

 そして見たことのない衣装を纏った男性。


 ……誰⁉ どこから⁉


 ここには一般の人間は入れない。この場所にいることも不可能。


「………………」


 いきなりのことで硬直していたヒメ。その間も男性は動かなかった。

彼は芝生の上に死んでしまったかの如く、ピクリともしない。


「死…………」


 思わず単語を口に出してしまう。そんなことは本当にありえない。ありえるはずがない。けれども、未だに動かない、無傷の男性を見ては『死』と言う単語が頭を駆け巡る。

 ヒメは確かめるため、窓から外に飛び出した。

 男性に近寄り、胸に耳を当てる。大丈夫。心臓の音はする。

 今度は手で呼気を確かめ、これもしていた。生きていたのだ。


「……ふぅ……」


 当たり前の事だったが、思わぬ事態のために緊張していた。

が、ヒメは息を吐き、胸を撫でおろす。

 男性は浅い呼吸をしながら、眠っている様だった。

 着ている服装を見れば、薄い青一色の上下を彼は着ているだけだった。


 ……いったいどこの……。


 やはり見たことが無い衣服。他国の物でも昔の作りでもないのは確かだ。世界中や過去の衣服は文献で見ている。大半は覚えていないが見れば、こんなのあったな、となる。

しかしこの衣装にはそれが一切ない。

まず、作りが簡素過ぎる。こんな服装をしていた時代も国もない。

ならば彼の着ている物はいったいなんなのだろうか。そう疑問に思った時、


「あー……かったりー」

「⁉」


 少し離れた所から声が聞こえた。

今はまだ建物で見えないが兵士だろう。

 丁度良かった。兵士たちに男性の事を頼もう。それで良いだろう。

 ヒメは放置しておくことを頼むとして、窓から部屋の中に戻ろうとする。けれども頭の中であの声が思い出される。また響いたわけではない。引っかかり、想起されたのだ。


 ……いったい、何を頼むって言うの?


 疑問に思ってもヒメに答える者はいない。

 ふと、後ろを振り返る。

 当然だが男性は未だに起きず、芝生の上で気持ち良く眠っている。

 このまま兵士に見つかれば起こされて事情を聞かれるか、黙って壁の外へ突き出されるだろう。そうなれば二度と会うことはないだろう。


『あとは、頼んだよ』


 再び思い出される、あの言葉。

 声が響いてから男性は落ちて来た。これは偶然なのだろうか。それとも――。


「…………」


 どうしようか、とヒメは悩む。

 このまま放置して兵士に任せるか。もしくは、言葉通りにするか。


 ……どうしよう……。

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