灯(アカリ)

 「待て待て待てッ!何でそうなる?今知り合ったばかりの人間だぞ?それにアタシらとしても、得体の知れないアンタを連れて行く訳には・・・」


 すると彼女は、藁にもすがるような様子でミアを引き留め、その曇りのない綺麗な瞳に涙を浮かべて訴えかけた。


 「お願いです!知らない場所で一人にしないで下さい!今の私にあるのは、あなた方とのこの僅かな繋がりだけなのです・・・」


 「繋がりはこれからも出来ていくモンだ。何ならこの宿屋の主人にも事情は説明してやるし、ここがアンタの故郷かも知れないだろ?思いつきでそんなこと言うもんじゃない」


 「思いつきではありません!それにもしこの街が私の故郷というのなら、記憶に何らかの変化がある筈ではありませんか?きっと私は何処かからここへ“やって来た“のです」


 「だったとしてもだなッ・・・」


 ミアが言わんとしてることは、シンもツクヨも理解しているようだった。しかし、シンの中では彼女の姿が、このWoFの異変に巻き込まれ最初に訪れた街パルディアで出会った、街中から忌み嫌われていたアンデッドの少女“サラ“の面影を感じていた。


 最初の頃に心に決めていた気持ち。助けを求める人がいるのなら、手を差し伸べられる、寄り添うことのできる人間でありたいという思いが、シンの中で強く蘇り始めていた。


 偽善と言われることなのかも知れない。ミアのいう通り、得体の知れないものを受け入れるのは危険であるのも確かな事だ。


 だが彼のその気持ちは、嘗て彼が受けてきた仕打ちから生まれるものであり、一切の曇りのない純粋なものであり、損得感情でくるようなものではなかった。


 「ミアさん・・・でしたよね?貴方が思うほど、この世界の人は皆が皆、優しく接してくれる人ではないのです・・・。私の中にある、何かに対する怯えのような気持ち。それもおそらく・・・」


 ミアを引き留める手と反対の手を胸にあて、俯きながら涙をこぼす彼女の姿を見て、それまで何とか振り払おうとしていたミアの口も、流石に止まってしまった。


 本当は根の優しいミアの事だ。散々突き放すような言葉を言ってきたが、ここまで必死にせがんでくる彼女をどうしたものかと、困り顔で迷うミアの背中を押すようにシンが口を開く。


 「なぁ、いいんじゃないか?ミア。本人がそう願ってるんだ。彼女の記憶の手掛かりを掴むまでの間だけでも、一緒に旅しても」


 シンの出した助け舟に追い風を立てるように、ツクヨも迷うミアの気持ちを捲し立てる。


 「私もそう思うよ。ミアのいう通り、私達への危険を危惧することは大切な事だし、正しい事だとは思う。それに優しいミアの事だ。私達について来る事で降り掛かる火の粉に、彼女を巻き込みたくないんだろ?」


 シン達はただ自由奔放にWoFの世界を旅してる訳ではない。自分達を取り巻く異変の謎を追う中で、彼らはその対象である“黒いコートの者達“と接触する機会もあった。


 今後同じような事がないとも限らない。或いは何かの差金を向けられることもあるだろう。


 本来のWoFの世界とは異なった地域の事情やイベント、見知らぬNPCキャラや人物達との遭遇を考えると、か弱そうな彼女を連れていては守り切れるという自信も、今のミアにはなかったのかも知れない。


 「それは・・・」


 「ならいいじゃないか。ミアを含め、私達は彼女の助けになってあげたいと思い始めてるってことだろ?それに案外、にぎやかな旅になっていいかも知れないし・・・ね?」


 そう言ってツクヨは、シンの方を向いて一瞬だけ片目を瞑る。口下手なシンに変わり、ミアの気持ちを動かす後押しをしてくれるツクヨに、シンは頭が上がらなかった。


 軽く頷いて返事を返したシンは、みんなの事を心配してくれているミアへの配慮を忘れないように、ツクヨに習い言葉を選んだ。


 「ミアだけが気負う必要はない。みんなで乗り越えればいいんだ」


 暫く黙って二人の言葉を聞いていたミアが、まるで肩の荷を下ろすかのように溜息を吐く。


 「あのなぁ。気を使うならもうちょっと相手に分からないようにするモンだろ・・・。分かったよ、この子も連れて行こう」


 すっかり話し込んでしまった彼らは、酒場で乗せてもらえると話をこぎつけたリナムル行きの馬車の時間に遅れてしまった。


 ミア達は再度、リナムル行きの馬車を探す為、女性を連れて街へ繰り出すことにした。


 すると、女性は徐に口を開き、未だ聞けていなかったその名前を口にする。


 「そうだ。まだ私の名前、言っていませんでしたよね?」


 「何だ、もう思い出せたのか?」


 「いえ、あの・・・色々とあって言い出す機会を失ってしまって・・・。皆さんも聞いてかなかったですし・・・」


 「それは、てっきり記憶がないって言うから名前も忘れちまってるもんだとばかり・・・」


 「私、“アカリ“と言います。灯と書いてアカリです」


 「そうか、アカリか。よろしくな」


 アカリは特にミアに懐いているようだった。まるで姉を慕う妹のようについて周り、その側を離れなかった。


 「そう言えば、君の持っていたあの“燃える羽“は?」


 一緒に街を散策していたシンが、繭の中からアカリが姿を現した際に手にしていた、周りの繭や彼女の手を燃やすことのない、小さく燃える炎で出来た羽の事について問う。


 するとアカリは、思い出したかのようのその燃える羽を取り出すと、羽はいつの間にか卵へと姿を変えていたのだ。


 「あれ?これって・・・」


 「“卵“・・・だな。羽の他にも持ってたのか?」


 「いえ、確かに手に持っていた羽をしまっていたのですが・・・。それがいつの間にか卵に・・・」


 アカリの様子から、どうやら燃える羽はいつの間にか、卵へと変化していたようだった。彼女もその変化について身に覚えがないようで、羽についても彼女はただ温かかったからという理由で大事に抱えていただけなのだと言う。


 不思議な模様の入った赤い卵を三人で眺めていると、突然その卵に亀裂が入る。

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