繭の女

 街中に突如現れたその繭は、大人を丸ごと一人包み込んでしまうほどの大きさで、至るところから小さな火花のようなものを散らしている。


 「何だろう?中に何か・・・」


 「見てくれは・・・繭、だな」


 繭といえば、昆虫が身を覆う為に作る物で、その中で休眠し蛹の時期を過ごすものだ。となると、シン達の前にあるその大きな繭の中にも、何かが入っている可能性が高い。


 こんな街中でモンスター生まれるのはまずい。見つけてしまった以上、何らかの処置をしなければと、周りの目を気にし出す二人。


 しかし、どうやら彼らが考えをまとめるのを待ってくれる気はないようだった。繭を作っている繊維が何箇所か解けており、それがまるで爆弾に向かっていく導火線の火のように、チリチリと繭を解いていった。


 「おッおいおい!繭がッ・・・!!」


 「マズイぞ!こんな街中で戦闘なんてッ・・・!」


 思わず武器を手にする二人。いつモンスターが生まれてもいいように、即座に対処出来る準備を整える。間合いを開けて様子を見るシンとミア。すると、上の方で解けていった繭の繊維から、うっすらと中身が顔を覗かせた。


 遠距離武器のミアは、面倒事に頭を突っ込んだのはお前だと言わんばかりに、銃身でシンの背中を軽く小突いた。彼女に急かされるように、恐る恐る歩み寄るシン。


 時折パチパチと燃える勢いを増す繭の中にいたのは、人間の少女だった。


 「ッ!?ミア!繭の中に女の子がッ・・・!」


 「何ぃッ!?何で中に人が・・・」


 中身を二人の前に晒した繭は、そこから一気に燃え上がる。このままでは中身の少女も燃えてしまうと慌てたシンは、自分に火が燃え移ることも顧みず、空いた穴から腕を突っ込もうとした。


 だが不思議なことに、火は彼の身体に引火することはなく、それどころか熱ささえも感じない事に、シンの手は完全に止まってしまった。


 「・・・えっ!?」


 「何やってんだッ!!早くしねぇとッ・・・!」


 火の中に腕を入れたまま動かなくなるシンに痺れを切らし、自らも燃える繭の中へ腕を入れ、繭に寄りかかって眠る少女の身体を支えるように抱える。


 無我夢中で腕を伸ばしていた彼女は、繭が燃え尽き中にいた少女の無事を確認したところで、漸くその異変に気がついた。


 「ぁ・・・?熱く・・・ない?」


 「ミアもか?良かった・・・俺がおかしくなったんじゃなかったか・・・。けどこれは一体・・・」


 謎だらけの少女を芝生の上に下ろし、状況を整理しようと必死に頭を働かせる二人だったが、結局何一つ理屈的なものは思い浮かばなかった。


 ただ分かっているのは、繭の中にいた少女が生きている事と、その手には小さく燃えている鳥の羽のようなものが握られていたという事だけだった。


 それによく見ると、繭の中にいた時には分からなかったが、少女というような見た目ではなかった。かといって大人かと言われると難しいような見た目で、あれだけ燃えていたのにも関わらず、その純白のワンピースには焦げ一つついていなかった。


 「少女・・・?でもツバキよりも年上って感じがするな・・・」


 「それよりどうすんだ?このままにはしておけないだろ?」


 「宿に連れて帰ろう。最悪そこで面倒を見てもらえば・・・」


 二人が眠っていた女性をどうするか相談していると、その声で起きてしまったのか、繭の中から生まれた女性はゆっくりとその瞼を開けた。


 間に入り込む陽の光に苦戦しながらも、側に寄り添い会話をしているミアの姿を捉えると、突然怯えるように飛び起き、距離を取る。


 「あッ貴方達はッ・・・!一体何者ですか!?」


 咄嗟に銃口を女性に向けながら後退するミア。だが彼女に殺意などなく、その震える身体からはミア達とは別の何かに怯えているといった様子が伺える。


 まるで何処かから逃げ出したかのような。ミア達を追手か何かと勘違いしているといったようだった。すぐに銃口を下ろしたミアは、彼女の説得に取り掛かる。


 「待て、落ち着け!何も危害を加える気はない。何者か聞きたいのはこっちの方なんだ。アンタは突然現れた繭の中にいた。アタシら燃え出したその繭から、アンタを助けようとしただけだ」


 銃を手放し両手を上げるミア。その様子を見て、自分も敵意がないことを証明しなければと、シンもその手に握っていた短剣をしまい、同じく両手を上げる。


 息を荒立てて興奮した様子の女性は、ゆっくり二人の姿を眺めると、殺意や敵意といったものがないことを悟り、落ち着きを取り戻していった。


 「ごっ・・・御免なさい。私・・・その、覚えてないの。自分が何者とか、何でここにいるのとか・・・。ただ、怖い夢を見ていたような気がするだけで・・・私・・・」


 必死に自身の抱えている事情を説明しようとする女性だったが、何も彼女の事情に深入りする気の無かったミアは、記憶を失っている様子の彼女を宥め、何とか場所を変えたいと考えていた。


 「まぁこっちとしても、アンタに落ち着いてもらわないと話にならないからな・・・。一先ずアタシらが泊まってる宿屋があるんだ。そこまで一緒に行かないか?」


 彼女も、丁寧に接してくれようとするシンとミアに敵意や危害を加える様子がないことを知り、二人の後についていくことにした。


 面倒事は御免だと言っていた筈のミアだったが、起きたばかりで足元の覚束ない彼女の身体を支える気配りを見せる。何だかんだ言っていても、ミアの中には人助けをしようとする意思がある。


 暫くぶりに会ったミアのそんな姿を見て、変わっていないことを知りホッとするシン。少し後ろをついていき、バランスを崩す彼女を助けようと手を伸ばすシンだったが、ミアに触るなと変な目を向けられた。


 宿屋へ戻ってきたシン達は、受付に戻ったことを知らせて借りている部屋へと向かう。扉を開けると、意外に早く戻ってきたシン達に驚くツクヨだったが、すぐにその視線はミアが連れている女性の方へと向けられる。


 「おかえり。意外と早かったッ・・・え?誰だい?その子・・・?」


 ミアはまた一から説明するのが億劫だったのか、小さく溜息をつくと彼女をソファーの方へ連れていき、ゆっくりと彼女を座らせた。


 「シン、説明してやってくれ・・・」


 「あっ・・・あぁ、実は・・・」


 シンは彼女と出会った経緯をツクヨに話し、その後に本来の目的であった情報収集の結果を報告した。


 リナムルがそれなりに名の知れた街であり、珍しい木材を主体とした交易が行われており、商人の往来もそれなりにあるということ。


 そして、その酒場で商人の馬車に乗せてもらえるよう頼んだこと。それを話す中で、シンとミアはその待ち合わせの時間のことを思い出し、慌てた表情を見せた。


 「そうだよ!もうすぐリナムル行きの馬車が出る!早く出発の準備をしないと!」


 「アンタには悪いが、面倒を見れるのはここまでだ。今日一日分の宿泊代は出しておいてやるから、それまでに何とか自分のことを思い出すか、頼れる人をッ・・・」


 急ぎ出立の準備をするシンと、ツクヨを起こしに向かおうとするツクヨに続き、準備のためソファーを立つミアの袖を何かが引き止める。


 「あの・・・厚かましいようで大変恐縮なのですが・・・。私も連れていってもらえませんでしょうか?」


 彼女の突拍子もない言葉に、それを聞いていた一同は動きを止めて固まる。

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