初めて見るもの

 ピキピキと音を立てながら殻の欠片が落ちていく。アカリの手に収まる大きさから見て、魔物であることはないだろうが、その見たこともないような模様からは、何が生まれてくるのかなど想像もつかないだろう。


 「おいおいおい!生まれちまうぞ!?」


 「あっあぁぁあのあのあのっ・・・!私は一体どうすればばば・・・!?」


 「落ち着け!多分大きさから見てモンスターではないだろうけど、とりあえず中身が見えるまでは落とさないようにした方がいい」


 シンに言われた通り、落とさないようにアカリの手の上で卵が羽化する時を待つ。もし生まれてくるのが危険なものであれば、すぐに彼女を助けられるようミアは銃を握り、シンは彼女の身を確保する姿勢をとる。


 割れた卵の中からは光が漏れ出しているようだ。ただそれは、陽の光や電灯の光などではなく、アカリの持っていた羽と同じく炎による光だった。


 「熱くないのか!?アカリッ!」


 「えっえぇ、だだだ大丈夫ですぅぅ〜・・・!」


 通常の卵なら、生まれてくる段階で殻の中身が確認できるようなものだが、彼女の持つそれはある程度中を確認できる段階に入っても、その光のせいで姿形を見ることは出来なかった。


 そして、殻が占める面積が少なくなるにつれ、中からの光は強まっていった。


 「わわわ私大丈夫なんでしょうかぁ〜!?」


 「大丈夫ッ!何かあっても君の安全はこっちで保証するからッ!」


 シンが徐々に不安に駆られるアカリを少しでも勇気づけようと言葉をかけたところで、遂に彼女の手の上で残りの殻が散り、中身の光が姿を表す。


 強い光を放った後に収束していくと、アカリの手の上にいたのは、一羽のヒヨコのようなものだった。


 「ピィィィーーー!」


 「・・・・・」

 「・・・・えっと・・・ヒヨコ?」

 「何だよ・・・アタシはてっきりッ・・・」


 派手な演出の割には、出てきたのはおよそ卵から生まれるであろうと想定できる代表格とも言えるようなものだった。必死に身構えていたのが馬鹿らしく思えるほどの結果に、全身の力が緩む三人。


 そこへ先ほどの光を目にしたのか、街行く人々がざわつき始めてしまった。


 「何だなんだ?」

 「何・・・?今の光・・・」

 「鳥みたいな声、しなかったか?」


 周りの反応に慌てたミアは、一先ず人通りの少ないところへ向かおうと、二人へ提案する。見てくれはただのヒヨコでも、もし万が一何かの魔物のヒヨコなら、人に危害を与えるくらいのスキルを所持していてもおかしくない。


 「おっおい!」


 「あぁ、一旦何処か人の少ないところへ」


 「はっはい!」


 人目を避けるようにそそくさと移動を開始した三人は、街の暗い方へと逃げるように駆けていった。


 一先ず周りに人が来なさそうな路地裏へやってくると、アカリの手の上でぬくぬくと丸くなるヒヨコの正体について、彼女の知り得る情報とシンとミアのWoFでの知識を用いて話し合った。


 「とっ取り敢えずここまで来れば・・・大丈夫だろう」


 「あっあぁ、それに暴れる様子もなさそうだし・・・」


 息を整える二人と、アカリの差し出す受け皿のように広げた両手の中で、自らの羽毛を膨らませまるで暖を取っているかの様子のヒヨコ。アカリはそんなヒヨコのことを、愛くるしい様子で眺めていた。


 「何でしょう・・・この愛くるしい生き物は・・・。可愛らしくてこんなにも暖かい・・・」


 自らの手の上の生き物にうっとりするアカリの様子と言動から、まるでヒヨコを見たことがないような反応が窺える。ヒヨコを見たことがないにしろ、その姿から鳥類であることは容易に想像できそうなものなのだが、これにより彼女の記憶喪失が事実である可能性が増した。


 シンもミアも、特にアカリの言動を疑っていた訳ではなかったが、この街が自分の故郷ではないと分かっているかのような言動と行動。そして自分の名前を覚えているという事。


 記憶喪失に詳しいと言う訳ではなかったが、妙に都合のいい事は覚えているという胡散臭さは感じていた。


 「何だ、鳥も見たことないのか?」


 「とり・・・?」


 「そう。それで今アカリが手に持っているのがッ・・・!」


 ミアが鳥という大まか説明をしたので、補足としてアカリが手にしているのはその鳥の雛であるヒヨコなのだと付け加えようとしたところで、理由があって大まかな説明をしたミアに、シンは口を止められた。


 「それではあそこにいるのも?」


 そう言って顔を上げたアカリの視線の先には、民家の屋根に止まる雀にも似たWoF特有の鳥が何羽か止まっていた。


 「そうだな、あれも鳥だ」


 「ですが私の手の上にいる鳥とは、だいぶ色も大きさも違うようですが・・・」


 「まぁそういう種類もいるって事だな」


 「そうなのですね!」


 何故アカリの手の上にいるのがヒヨコであるのかを教えてやらないのか気になったシンは、こっそりミアの方へ周り小声で彼女に尋ねた。


 「何でヒヨコって言ってやらないんだ?どう見てもあれは・・・」


 するとミアは、シンの口を塞ぐように顔の前に手を出して言葉を遮る。


 「少し確認しておきたいことがあってな・・・。シンは疑問に思わなかったのか?」


 「・・・何を?」


 「私達について来ると言った時、このホルタートを始めから自分とは関係のない街であるかのような振る舞いと、記憶を失ってる割には名前を覚えていたりだとか・・・」


 「よく分からないが・・・そういうものじゃないのか?」


 「そうかも知れないが、僅かでも私達を利用しようとしている可能性を確かめる為にだ。ここは私に任せてくれ・・・」


 そう言ってアカリの元へと戻っていったミアは、その後も何も知らない様子のアカリに幾つか質問をしながら、周りの事を少しずつ教えていった。

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