知恵と魔法

 薬品が収納されていた部屋の隣に通じていたのは、それを試す為の機材やスペースの設けられた実験室のような場所だった。


 薬品についての知識はなかったが、先程の部屋にあった書類や説明書に記載されていた、危険な事に関する事項を思い出したツバキは、持ち出した薬品を用いて調合を行った。


 「さて・・・どんな危険なモンが出来るのかねぇ」


 技師としてのクラススキルを用いたコーティング技術で、混ぜ合わせた薬品を容器に収納し、反応を止める。


 すると、廊下にいたはずのソウルリーパーが壁を通り抜け、ツバキのいる実験室に入り込んできた。


 突然背筋の凍りつくような気配を感じ、すぐにその存在を察したツバキは、息を殺して物陰に隠れる。


 何かを探すように彷徨うモンスターは、呻き声を漏らしながら部屋の中を彷徨う。その動きに合わせ、見つからないように移動するツバキだったが、床に転がっていたビーカーの破片を踏んでしまい、僅かながら音を立ててしまう。


 「ッ・・・!!」


 静まりかえる施設内で、その音を聞き逃すモンスターではなかった。音がしだすと同時に、それまでのゆったりとした動きとは違い、俊敏な動きでツバキの方を振り返る。


 そして、ツバキの隠れている物陰の方へ勢いよく飛んで行くと、覗き込むように机の下へ移動した。


 しかし、そこにツバキの姿はない。代わりに、床には水溜りになる程の水が、どこからか漏れ出していた。不思議そうにモンスターが物陰を探していると、どこからともなく金属製の入れ物が転がってきた。


 入れ物が転がって来るのを見送るモンスター。何処から来たのか、転がって来た方向へ視線を向ける。その間に水溜りへ向けて転がっていた入れ物が、床に溜まる大量の水に触れると、気体が漏れ出すようなシューッという音と共に、入れ物からガスが吹き出していた。


 「多少なり、俺にだって知識はあるんだぜ?」


 得意げな表情と共に、別の物陰に移動していたツバキは、強い衝撃で発火を起こす魔力を帯びた石のような物質を、勢いよくソウルリーパーのいる方へ投げる。


 同時に走り去るように廊下へ向かうツバキと、それを見つけたソウルリーパーも逃すまいと動き出す。が、彼の投げた物質がソウルリーパーの真下にある机に接触し、激しい火花を散らす。


 すると、転がって来た金属製の入れ物から吹き出したガスに引火し、小規模な爆発を起こしたのだ。


 それほど大きな爆発ではなかったとはいえ、ツバキが廊下に続く扉へ走り出すと、その爆風で背中を押され、扉ごと廊下へと吹き飛ばされていった。


 辛うじて大事には至らず、多少の怪我と痛み程度で済んだのは不幸中の幸いだった。うずくまる身体を起こし、立ち上がろうとするツバキは、身体に異常がないことを確認しながら動かす。


 「俺にはちと・・・荷が重い相手だな、こりゃぁ・・・」


 パラパラと崩れる音と共に煙を上げる実験室。煙で奥は見えない。あの爆発程度でモンスターを倒せるとは思っていない。あくまで時間稼ぎと、こちらを見失わせる為のものに過ぎない。


 今の内にモンスターとの距離を空け、安全に探索を進めようと重い身体に鞭を打ち、暗闇の廊下を進もうとするツバキだったが、やはりあの程度の爆発ではモンスターに大したダメージにはなっていなかったようだった。


 彼を追うように煙の中を突き抜けて来たソウルリーパーは、廊下に飛び出すとすぐにツバキを見つけ、雄叫びを上げて飛んでくる。


 「おいおいッ!嘘だろ?もう追って来たのかよッ・・・!」


 フラつく身体で走るも、瞬く間に距離を詰められたツバキ。そして、ソウルリーパーが大きく身体を捻り、鋭い爪で彼目掛けて攻撃を仕掛ける。


 とても避け切れる距離ではなく、そんな体力も残されていなかったツバキは、真面にその一撃を貰ってしまう。


 だが、ソウルリーパーの爪はツバキの身体を貫通し、通り抜けていった。


 「ぇ・・・?」


 一瞬、何が起こったのか分からなかったが、効果は遅れて彼の身体に襲い掛かってきた。ソウルリーパーの攻撃は、見た目上ツバキの身体を通り抜けただけのように見えるが、その実彼の身体から生命力を削り取っていたのだ。


 急激な疲労と倦怠感に、身体に力が入らなくなってしまったツバキは、そのまま廊下に倒れ込んでしまう。


 予想外の攻撃に戸惑うツバキに、畳み掛けるように次の攻撃を振おうとするモンスター。


 そこへ、真っ暗な廊下の先から強い光がソウルリーパーの身体を照らした。すると、まるで強酸でも浴びたかのように、ソウルリーパーの身体が、激しい溶解の音と共に煙を上げ始める。


 悲鳴を上げながら壁の中へと消えていくソウルリーパー。そして、何が起きたのか理解できずにいるツバキの元に、再び別のレインコートを身に纏った子供が現れたのだ。


 今度はオレンジ色のレインコート。これまでに見たことのない色であり、その子供はツバキの元へやってくると、膝をついて両手を彼に翳す。すると、生命力を奪われ動けなかったツバキの身体が、何事もなかったかのように回復した。


 「お前これ・・・魔法か?」


 ミア達の周りに回復魔法を得意とするクラスの者がいなかった為、新鮮な光景ではあったが、その光は間違いなく回復アイテムを使用した時や、現実世界でシンを助けたにぃなの回復魔法と同じものだった。


 「ダイジョウブ・・・?ダイジョウブ・・・?」


 顔は相変わらずフードの影で見えなかったが、声は男の子を連想とさせるやや低いものだった。


 「ぁ・・・あぁ、ありがとう。君達は一体・・・?」


 起き上がったツバキは少年に尋ねるが返事がなく、彼は暗闇から伸びていた光の方へと走り去って行ってしまった。


 そこでツバキは初めて気がついたのだが、彼を回復しに現れた少年と、ソウルリーパーに光を当てた何かは別ものだったのだ。


 光を発していたのが、物なのか人物なのかはへと分からないが、あの光はただの光ではない。モンスターにダメージを与えていたことから、何らかの魔力の込められた光であることは間違いない。


 その光といい、先程の少年といい、彼らは魔法を使えるのだろうか。それも、子供が扱うには十分過ぎるほどの効果を持っていた。


 回復魔法を覚えたてのヒーラーでは、ここまで即効性のある回復量は不可能なはず。攻撃スキルや能力向上のスキルと同じように、いきなり効果の強いスキルは扱えない。


 熟練度やレベルに応じて効果量が上がっていき、より精錬されたスキルへと成長していくもの。対象が子供であるツバキだったからとはいえ、動けなくなる程のダメージを瞬く間に回復してしまうということは、それなりに精錬されている証拠でもある。


 「なッ何者なんだ・・・アイツら・・・」


 初めは、このオルレラについて何か知っている子供達くらいにしか思っていなかったが、あの魔法を目にした今、どうやらオルレラで行われていたであろう研究はもっと根深いものだったようだと、ツバキの考えを改めさせた。

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