いざ、セントラルへ

 部屋を後にし、アジトの様子を見て回る一行。話の通り、アジト内の電気は必要最低限に留められており、治療以外の機器はほとんど稼働していなかった。


 「まさかこれ程とは・・・。予備電源はどれくらい残っている?」


 「何とか怪我人の治療は間に合いそうだが、それ以上は・・・」


 「余裕は無いと言ったところか・・・」


 通路から覗いた治療室からは、痛々しい呻き声が聞こえてきた。白獅の話ではそれほど重大な事態には聞こえなかったが、その目で見てみると実際はとてもではないが、戦闘を行えるような態勢ではないのがすぐに分かった。


 「どうするんだ?白獅。この様子だと、他のアジトもマズイんじゃないか?」


 「確かにな・・・。我々を嗅ぎ回っていたのはこの為か。他のアジトの特定と、襲撃に合わせたのか事前に仕掛けていていたのか、その後手を塞がれてしまうとはな・・・」


 「他のアジトに連絡をとってみてはいかがでしょう?」

 「案外無事だったりしてな!」


 瑜那と宵命の言う通り、素直に確かめてみた方が思考を巡らせるよりも確かな結果が得られるだろう。だが、ここまで用意周到に仕掛けてきた相手が、何も罠を仕掛けずに次の手に移るだろうか。


 「いや、連絡手段は断たれていると思っていいだろう。間違いなく相手は我々の通信や電子機器による電磁気の発信源を特定する為の罠を仕掛けているに違いない」


 「俺らが通信手段を取れば、俺達の居場所が特定されるって訳か・・・。だがどうすんだ?このまま何もしねぇって訳にもいかねぇだろ。奴らも何かをしでかそうとして、俺達の動きを封じているんだろうしな・・・」


 今、彼らが身の安全を第一に考えるのであれば、この場に留まりアジトの復旧を待つのが得策だろう。


 しかし、それでは何故相手はアサシンギルドの動きを止めたのか。それは何かしら大きな動きを起こそうとしているからと、朱影は危惧している。


 大事な時に邪魔をされることを相手側も望んではいない。と、するならば相手もアサシンギルドと同じくらいの組織であると考えるべきだろう。彼らのいる今のアジトも、何処か遠からずのところから見張られている可能性が高い。


 「手は打つさ。足を使ってな・・・」


 「足・・・?」


 そう言って一行は、白獅に何処へ向かっているのか告げられぬまま、アジトの外へと出てきた。彼らの前に用意されていたのは、一台のワゴン車だった。


 「あぁ?何だこりゃぁ・・・」


 「さっき言ってた足だよ、あ・し。電気を使ったものは使えないから、わざわざ古い物を用意したんだ。アンティークといったか?これでイーストセントラルの電気施設の様子を見に行ってくれ」


 イーストセントラルとは、そのまま東の都心という意味で東京のことを指していた。慎の暮らす現在の日本では、東西南北それぞれにセントラルと呼ばれる大きな都市があり、日本全土を賄う電力が集中し各地へ供給されている。


 白獅がその内の一つである東京の施設を目指すように言ったのは、現在地から最も近く、最初にいたアジトや今のアジトを復旧させる為に必要な電力がそこにあるからだった。


 「イースト・・・?つまりここは東京に近いのか?」


 慎は未だにここが何処なのかさえ知らされておらず、白獅の提案する車での移動から、それほど遠くにまでは来ていないのだと悟った。


 「そうか、お前にはまだここが何処か言ってなかったな」


 白獅が慎に説明するよりも早く、朱影らは一足先に車へと乗り込んでいった。誰が運転するのか言い争いながら、結局誰も運転席へ乗ることはなかったが。


 「ここはお前達の地名で言うところの、千葉県の木更津というところらしい」


 想像した通り、それほど遠くへは来ていなかった。これなら高速道路を使えば一時間弱で到着できそうな距離だった。それを聞いて慎は少しだけホッとしていた。


 地名に詳しい訳ではないが、どこかで見た何かの番組やネットニュースで見たこと、聞いたことがあるものだったからだろう。全く知らない地名を挙げられるよりかは安心できた。


 急かされるように白獅に背を押され、慎も車へと乗り込もうとしたが扉は開かない。窓を開けて待っていた朱影らが、無言で運転席の方を指さしている。


 「まっ・・・待ってくれ!免許はあるが、俺ペーパーでッ・・・!」


 「自動だよ。それにアシストもついてるからいけるだろ」


 「そんな・・・。初めてと同じようなもんなんだぞ・・・?」


 それ以上言い訳は聞かないとばかりに窓は閉められた。慎に選択肢はなく、渋々運転席へと乗り込む。しかし、白獅は一向に車に乗る気配がない。


 皆が不思議そうな表情を浮かべ、代表して朱影が再び窓を開けて彼に聞いた。


 「おい、乗らねぇのか?」


 「今、我々は分断されている状態だ。少しでも戦力を分散させた方がいいだろう。俺が行ってしまっては、ここの守りが薄くなる」


 「じゃぁこいつもいらねぇだろ」


 そう言って親指の先を慎の方へ向ける朱影。確かに敵が何かをしようとしている真っ只中へ行くのだ。相応の戦力で向かった方がいいのではないかと、慎自身も思っていた。


 「彼にも少し経験してもらわなくてはな。今後戦力として数えていくのだから。それに・・・」


 「それに?」


 「あちらの世界での成長を活かすチャンスじゃないか。今のうちにその力を、身体に馴染ませておいた方がいい」


 話を聞いた朱影は、やや不服そうに納得し白獅の指示通り、慎を現地へ連れていくことを承諾した。


 白獅の言う、身体に馴染ませておいた方がいい“力“とは、WoFのキャラクターデータを自身に投影することだろう。


 慎が初めて現実世界でモンスターに襲われた時に助けてくれた、ミアのように。

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