後退と合流と発見と


 氷塊の迎撃を終えた彼らの船が、ジェットエンジンでも噴かしたかのように、物凄い勢いで海面を走る。それまでの船の動きとは、明らかに推進力が違う。船は荒れ狂う波もお構いなしに直進し、激しく弾みながらキングの船を追う。


 ジャウカーンの後退を横目に、水の力を利用し氷塊を迎撃していたトゥーマーンの部隊もまた、彼らに感化されるように移動を開始する。しかし、彼女等の船団にはキングやジャウカーンのように、船の勢いをつけこの荒波の中を駆け抜ける術を持たない。


 荒々しい彼等と違い、落ち着いた様子で事態を見守るトゥーマーン。彼女はジャウカーンの船団の移動による波の影響を考え、わざとタイミングを遅らせていた。ただでさえ前後左右に揺らされる船の上で、船員達に落ち着いて術を使わせるなど、途中で詠唱を妨害されかねないからだ。


 「全く迷惑な方々・・・。少しは他の者達への迷惑というものを考えて欲しいものですね。キング様は何故あのような者を部隊長に選んだのか、理解出来ません。キャラの部類も被ってますし・・・」


 「トゥーマーン様。術師達の準備が整いました」


 「ご苦労様です。仕事が早くて助かります。では、始めて下さい」


 トゥーマーンが使いの者に指示を出すと、術師達へ彼女から授かった言葉を伝える。船内で術の準備を整えていた部下の術師達が、一斉に詠唱に入ると暫くして船の外では動きが見られた。


 彼女等の船団が停滞している海域で、ボコボコと海面が揺れだし、まるで生き物のようにうねる水の柱を伸ばすと、後方へ向かって虹の架け橋のように弧を描いた水の道を作り出した。


 それはミアが、ロロネー海賊団との戦いの際に見せた、水の精霊ウンディーネによって作り出された水の道を連想させる。しかしトゥーマーンの術師達が作り上げたその道は、ミアの通って来た水の道とは違い、太く大きい一本の道だった。


 船はその水の道を登り始めると、一気に水流が加速しトゥーマーンの船をキング達の向かった海域へ向かって運んで行ったのだ。甲板で優雅に水で出来た豪勢な椅子に座るトゥーマーンは、片手の上で水球を作ると、中の水をぐるぐると回し始めた。どうやらそれが、水の道の水流を調整する装置のようだ。


 海面をジェットスキーのように駆けて行くジャウカーンの船団と、上空に大きく水の架け橋をかけ、優雅に且つ安定したバランスと速力で大波から退避するトゥーマーンの船団。


 そんな彼等よりも更に後方に位置していたスユーフ達は、前方から逃れるように後退して行く船団を見て、まだ少し遠くに見える大波から逃れた後に、後方で一度シー・ギャングを集結させるつもりなのかとキングの考えを読み、彼等の向かう後方、水の架け橋の到達地点を目指し移動を始める。


 他の部隊とは違い、マストに帆を張り風の力で船を移動させるスユーフの船団。急加速が可能であり、ある程度の小回りもこなせるジャウカーンの移動方法や、海面や天候に左右されず、独自のルートを開拓可能なトゥーマーンのような移動とは違い、一見地味に見えるスユーフの船団。


 だが、これが本来の船の移動方法の一つであり、正統派と言えるものだろう。やや機動力に欠ける彼等の船団だが、やはりそのまま普通の移動だけで終わるような、シー・ギャングではなかった。


 スユーフは自らマストの方へ向かい、甲板から上を見上げると帯刀している刀を握ると、彼の身の回りが一瞬静寂に包まれ、時間が止まったのかのように静まり返る。そして目にも留まらぬ速さで抜刀された彼の刀は、とても肉眼で確認できるようなものではなかった。


 まるでその場からピクリとも動いていないように見えるが、彼の放った剣技はマストの布に突風を吹き当てたのだ。僅かに船体を持ち上げ、彼の船はジャウカーンの船とまではいかないが、著しい加速を見せた。


 「お・・・お前達も・・・、遅れを取るな・・・」


 彼の見せた剣技は、一人で起こせるような風量を遥かに超えていた。当然、彼の部下に同じ芸当が出来る者はいないが、それを補うために複数人で一斉に抜刀を行い、風を押し当て後を追うように船体を僅かに浮かせ加速する。


 各船で速度にバラツキはあるものの、依然として先頭を走り先導するスユーフの船とその船団。初めに陣を敷いていた位置もあり、スユーフの船団はそれ程の移動距離を必要とせず、目的地を目指すこととなる。


 その途中で、最後尾にいた最後の四柱であるダラーヒムの船団の横を通過する。ある程度のことは、前方で起きていることや、キングに続きジャウカーンやトゥーマーンの行動を見ていれば察しがつくだろう。


 それでもスユーフは、すれ違い様にダラーヒムへ声をかけた。


 「て・・・撤退だ、ダラーヒム。一度キング様に合流する・・・」


 「おう!了解だぜ!わざわざありがとよ!」


 氷塊を迎撃し終えていたダラーヒムは、後方で新たな指示を待ちながらレイド戦の海域へ近づく他の海賊達を警戒していた。そしてスユーフの船団がこちらに向かってくるのを発見すると、そこで得た情報を彼等に渡す。


 無線を使っても良かったが、物凄い勢いで駆け抜けて行くキングとジャウカーンの船団を見て、変に気を逸させてしまうのもかえって危険と判断し、直接誰かの部隊に伝達しようとしていた。そしてそれは彼等にとって有益な情報ではあるが、然程優先する程でもないことだった。


 それというのも、恐らく蟒蛇か大波の方を見ていれば自ずと見えてくるものだった。


 「そういやぁ、待ってる間に海を歩いて行く女を見たぜ?」


 「海を・・・?海賊か?」


 「さぁ?俺は知らねぇが・・・」


 「分かった。ボ・・・ボスに伝えておく。お前も急げ」


 ダラーヒムが見かけたという、海を歩く女が居たという方向を見ると、他の海域であれだけ荒れていた波がひどく穏やかになっていた。その何者かもまた、未知なるクラスやスキルを携えて、レイド戦へと赴いたのだろう。

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