凍てつく氷の女王様
蟒蛇の起こした大波に向かって、荒れ狂う波を鎮め穏やかな足取りで海面を歩いて行く女が一人。彼女が一歩一歩足を前に進めると、ひんやりとした冷気の煙が立ち込め、たちまち海の表面が薄氷に変わり道を作り出して行く。
そしてその女は、渦中の蟒蛇の元を目指したった一人で海域を渡る。スユーフとダラーヒムが合流し、共にキングが降り立った位置へと向かう。それ程時を置かずして彼等はキングや、ジャウカーンの船団が集う地点へと到達し、見て来た光景を報告する。
「そんなこと海でやってんのは、“シャーロット“だけっしょ。まぁ〜邪魔しなけりゃこっちに手を出してくる事もないだろうけどぉ。・・・あぁ、あと無闇にあの女に近づかんでよ?どうなっても知らんからぁ〜」
シャーロット・デ・ベリー。
下手な海賊よりも冷酷で、邪魔する者に対して一切の容赦を見せない女海賊。その戦闘の最中に、例え一般人が紛れていようと攻撃の範囲内に居ればお構い無しに放つ。集中したら周りを一切気遣うことなく、まるで視界に入っていないのではないかと疑うほど、自身を優先する。
故に彼女は、海賊でありながらも部下は居らず、船で移動するということも珍しい。常に海を歩くか、彼女の能力で作られた乗り物に乗り海を渡ることが殆ど。そして運悪く彼女の側を通過しようものなら、たちまち氷漬けにされてしまい、二度と戻らぬと言われている。
「そ・・・そんな実力者が、まだ他に居たとは・・・」
「普段はこんなにチンタラしてねぇ〜からね。俺ちゃんやエイヴリーのおっさん、それに今回はまだ来てねぇけどチン・シーのお嬢等で速攻かけちゃうから。ついて来れる連中の方が少ねぇわな。それに・・・」
「それに・・・?」
「あの女はマイペースで、レースの順位なんてそんなに気にしちゃいねぇんだわな〜。よっぽど欲しい物とか、標的がいない限り急ぐこともねぇよ」
そんな人間が何故、このレースに参加しているのだろうと、スユーフとダラーヒムは思った。つまり、今回こんなに早めに追いつかれたということは、何かしらの目的があるからなのだろうか。
「つまり今回は、何か欲しい物があったという訳ですかぃ?」
「さぁ〜ねぇ・・・。誰もあの女の考えてることなんか知らねぇよ。・・・まぁ見た目は美人だし、寄ってくる男も多いみたいだけどねぇ〜」
雪のように真っ白な髪と、透き通るように美しい艶やかな白い肌。瞳は鍾乳洞に差し込む光を映し出す水面のように澄んだターコイズブルーをしており、それを見つめる男達はたちまち氷像にされたように動かなくなるのだという。
身を覆うほどの大きな薄手のストールを羽織り、隙間から覗かせる美しい肌は、男達の視線を吸い込むように釘付けにする。
「あのでっけぇ蟒蛇を退治するのに、協力してくれますかねぇ?」
「そりゃぁ〜・・・無理だな。ヴェインといいシャーロットといい、こうも協調性のねぇ奴らが先に追いついて来ちまうとはなぁ・・・。真面な奴が来るまで様子見した方がいいんじゃねぇのぉ?」
「そ・・・それを貴方が言いますか」
スユーフのツッコミに声を出して笑うキング。彼もまた、とても真面とは言い難い人物だが、状況や仲間のこととなれば、周囲のあらゆるものを利用しようとする冷静さを隠し持っている。
キングは口にしなかったが、彼の言う真面な人物の筆頭に上がるのは、間違いなくチン・シー海賊団のことだろう。彼女のところとは小さないざこざもなく、レースでの長い腐れ縁のようなところもあり、以前にもレイド戦で一時的な同盟を結び、困難を乗り越えて来ている。
エイヴリー海賊団はこの界隈で最も船員の多い大船団であるが、キングと同様に我欲が強いため、些細な騒動は日常茶飯事で起こしている間柄。だが、これまでのレイド戦を振り返れば、協力は避けられない事を二人とも理解しているはず。
故にキングは、エイヴリーの戦いを邪魔しないよう近づかず、且つ彼等に戦わせ蟒蛇を弱らせてもらい、隙あらば美味しいところを掻っ攫おうと目論んでいるようだった。
「さぁて、そろそろ俺等も波に備えっぞ!お前等も準備しとけよ?こんなんで死んだら、その称号は剥奪するんで!よろしくぅ〜ッ!」
軽くプレッシャーだけを残して通信を切るキング。それでも二人は不安がる事なく、毅然とした態度で大波を迎え撃つ準備を始める。
彼等より前方で、先に大波を迎えようとしているシャーロット。依然、臆する事なく薄氷の上を歩き、見上げれば首を痛えそうなほどの大波と対峙する。彼女は冷たい視線を大波に向けると、まるで苛立ちをぶつけるかのように、その能力を披露する。
「五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い・・・。私の歩む道で雑音を騒ぎ立てる俗物は貴様か?」
そう言ってシャーロットは立ち止まり、目の前にまで迫った大波へ片手を伸ばす。しかし、彼女はそのまま大波に飲み込まれてしまうだけだった。大波は何事もなかったかのように彼女を海水の中に取り込むと、勢いそのままに後方へ逃げたキング達の元へ向かって迫る。
すると、突然。シャーロットが飲まれたであろう周辺の波が急激に勢いを落とし、波の内側から氷漬けにされていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます