反撃のグレイス海賊団

 エリクの負傷は、ロッシュとの戦いの間に完治することは不可能。戦線復帰も戦闘終了後でないと難しいのだという。


 そもそも裁定者の能力を用いた治療・回復方法は、乱用出来るものでもないらしく、ダメージを分配し全体を回復しても怪我は完治する訳ではなく、体力の回復しか望めない。


 分かりやすく言うのであれば、腕を失うダメージを分配したところで腕は帰ってくることはなく、ただ止血され戦うだけの体力が回復するだけといったものだ。シン達の様にWoFのユーザーであるのならば、腕を失っても戦闘終了後、暫くすれば腕は帰ってくる。


 ただ、この世界の住人においてそれは必ずしも適用される訳でもないらしい。聖都ユスティーチにおいて、アーテムがその例に当たる。彼は幼馴染みであるシャーフとの戦闘において片腕を失うが、その後も腕は戻ることはなかった。


 つまり、彼らにとっての戦闘は常に、シン達ゲームユーザーで言うところの“イベント戦”であることになる。例外として、シン達が一番初めに出会した異変であるメアという男。


 彼はシン達との戦いで身体の多くを損傷したが、彼には二つの世界での常識が通用しないほどの力、アンデッドの能力が付与されていた他、WoFの世界に起きている異変について何か知っているであろう黒いローブの男の手助けがあったことで、元の身体を取り戻すことが出来た。


 しかし、今回のフォリーキャナルレースでは、あの時ほどの異変は感じることが出来ず、異変に関する情報も手に入っていない。唯一の手掛かりといえば、飛び入り参加のスポンサーが言っていた、異世界への転移アイテムのこと。


 その人物についても詳しく調べる必要があるが、今は先ず転移アイテムをこの世界の住人達の手に渡す訳にはいかない。もしその異世界というのがシン達の現実世界のことだとしたら、ロロネーやロッシュなどの極悪人は勿論、何をしでかすか分からないキングの一味にも渡す訳にはいかないだろう。


 シルヴィを回復させ終えた回復班は、負傷した船員及び、エリクの手当てへと戻る。そして戦線へ戻ってきたグレイスとシルヴィ、そしてシンは手分けをして戦線を押し返す算段を始める。


 「囮りを買って出てくれているルシアンをそのままにしておく訳にもいくまい・・・。シン、アンタの乗ってきたボードでルシアンの救援へ向かって欲しい」


 「あぁ、わかった。だが俺はそのルシアンという人物を知らない・・・」


 誰が味方で誰が敵か分からない者を送り込んでも、せっかくの不意打ちを活かせないばかりではなく、シンのアサシンというクラスの立ち回りも活かせない。


 少し考えた様子のグレイスは、現在までの戦況から囮りを引き受けているルシアンの船が敵船と遭遇し、何か現場に変化があったのか離れていく敵船を追わずに、戦線を離脱し続けていることが気になっているようだった。


 「あのボードは二人くらいなら乗れるんだろ?それならシルヴィを連れて行け。これで敵味方の区別は付けられるだろうよ」


 予想だにしていなかったグレイスの指示に、驚き慌てるシルヴィ。無理もない、助けられたとはいえ、シンとはほとんど初対面であるのと相違ない。それに違いを知らぬ間柄では、連携が取れるものも取れないだろう。


 「なッ・・・!姉さんッ!それじゃぁ誰が姉さんの護衛をするってんだぁッ!?」


 シルヴィの心配を鼻で笑い飛ばすグレイス。病み上がりの身とはいえ、仲間にそんな心配をされることが少し不甲斐なく感じたのだろうか。


 「誰にもの言ってんだぃッ!?アタシぁそんな柔な人間じゃぁ無いよッ!安心しな、二人には囮船に向かい状況の把握と、可能な限りの船員の救助を頼みたいのさ。・・・それに敵船の動きが妙だとは思わねぇかい?何で船を横につけるでもなく、近づいただけで進路を変えたんだ?それに砲撃もなかったっていうじゃないか。恐らく何かを囮船へ送り込むのが、その敵船の役割だった訳だ」


 単独行動の多い暗殺稼業をしているシンは、その行動のおかしい点に気付く。グレイスは“何か”を送り込んだと言っていたが、それは恐らく“何者か”だろう。しかし、大勢が移動するともなれば、その異変に誰かが気づいていてもおかしくない。


 ルシアンの乗る囮船に乗り込んだのは少数、或いは単独の何者かだ。だが軍や隊に真正面から単独で飛び込んでいけば、返り討ちにされることは間違いないだろう。


 「何かって・・・人か?だが大勢の中に単独で飛び込んでいくなんて自殺行為だろう。とっくに返り討ちにしているんじゃ・・・」


 「けど、ルシアンの乗った船はアタシらの船に合流するでもなく孤立している。つまりその乗り込んで来た何かによって戦況が変わったってこった・・・。それも良くない方向にだ。だから二人には可能な限りの救助を頼むのさ。もし戦況が最悪なことになってたら、その何かを相手にする必要はない・・・。ルシアンが生きていたら優先的に救助して欲しい・・・」


 状況が思わしくないであろうことが、何となく想像がつく。だからこそ最悪のケースが頭を過ぎる。囮船が動かないとうことは妨害を受けているということ。しかし、もし何方かの思惑が成就しているのなら、船は動き出すはず。恐らく、今まさに何かが起こっているのだろう。


 「アタシは大丈夫だから、二人は直ぐにシンの乗って来たボードで囮船の様子を見てくるんだ!・・・丁度敵さんはアンタ達の活躍のおかげで立ち往生さ。接近戦になるまでにはまだ時間がある。そうなった時の為に、準備を整えるんだ。いいねッ!?」


 「分かったぜ、姉さんッ!」

 「分かった」


 シンとシルヴィは、直ちにツバキの作ったボードに乗り込むと、一気にエンジンをかけて囮船へと突っ走って行った。


 「さぁ、アタシらもうかうかしてらんないよッ!狙撃手は砲撃の準備ッ!その他の者は接近戦に備え、各自持ち場に就きなッ!」


 グレイスの号令で船員達の士気が一気に上がる。他の者の指示でも士気は維持されていたが、船長という存在が彼らの心に大きな支えとして根付いているようで、グレイスの安否という不安の取り除かれた船員達は、より一層奮起した。

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