裁定者の力

 何はともあれ彼の助けは、今のグレイス軍にとって力になる。グレイスはシンのクラスの特徴や、スキルを事前に知っているため、連携も取りやすい。


 「よしッ!先ずはシルヴィを回復させるよ!アンタ達、準備しなッ!」


 グレイスの号令に、活気のある返事で答える回復班の者達。そそくさと移動を始め、何かの儀式かのようにシルヴィを寝かせているベットを取り囲み、術の準備を始める。


 その場にいる回復班の船員達が持ち場につき、準備を完了させたのを見ると、グレイスは少し開けたスペースへと移動しダンスのポーズを取ると、動きを止め目を閉じて呼吸を整える。


 そしてここぞと見極めたところで開眼し、彼女のクラススキルであるダンスを踊り始めた。軽快なステップと、靴底に何か入れているのだろうか、小気味の良いタップ音を響かせる。


 途中、これもスキルの影響なのだろうか、グレイスの衣類が徐々にその姿を変え、フラメンコを想像させる真っ赤なドレスへと変貌した。彼女のダンスを呆気に取られた様子で見守るシンは、次第に自身の身に起きるある変化に気がつく。


 「こ・・・これはッ!」


 身体の底から漲る様な力と、何物をも通さぬかの様な鋼の守り。身体は軽く、魔力が身体の隅々にまで満ち溢れるかの様な感覚がシンの身を包む。


 よく見れば彼だけではない。グレイスを含め、周囲にいる全ての者にシンと同じような現象が訪れている。しかし、彼らにはこれが一体なんなのか分かっているのだろう。一切同様することなく、回復班の者達はシルヴィの周りでスキルを使い続ける。


 すると、彼女の容態は凄まじい勢いで回復していき、傷は初めから受けていないものの様に綺麗に治り、肌や表情も正常な温かみのあるものへと回復していくと、まるで眠りから覚めるかの様にシルヴィが目を覚ます。


 「ぅ・・・ここは?」


 あっという間に意識を取り戻したシルヴィを見て、シンは驚きを隠せなかった。いくら戦闘中ではないといえ、ここまで早く戦線復帰することが可能なのかと。彼のその疑問に答えたのは、ダンスを終えたグレイス本人だった。


 「驚いたかい?これがアタシの力さ。まぁ回復自体はアタシの力じゃないんだだけどね・・・」


 ダンサーのクラスにも、多少なりとも回復や自然治癒力を高める効果を付与するものはある。そしてグレイスの持つもう一つの特殊なクラスである裁定者。これに関しては多くの情報はなく、今の間にそのスキルを使っていたのかも分からない。


 「どういうことだ?一体どうやってこんなに早く彼女の傷を癒せたんだ?」


 「アンタも感じただろ?身体が軽くなって力が溢れて来る感覚を。あれはダンサーのスキル、踊りによって得られる付与効果さ」


 ダンサーのスキルは、元々サポート色の強い分類で、相手の能力を下げる、所謂“デバフ”と呼ばれるものから、味方に付与効果を与える“バフ”を多く扱うことができる。


 「アタシは踊りで、シルヴィの治療にあたる回復班に回復の力を増加させる“バフ”をかけたのさ。通常よりも圧倒的に治療速度が速かったのはそのためさね。そしてもう一つ、アタシがシルヴィに施したことがある」


 彼女のいうもう一つの施しこそ、この異常な回復の仕掛けであり、シンも見たことのないスキルであることは間違いない。恐らく裁定者の何らかの能力に関係しているのだろう。


「以前アンタにも話した、アタシのもう一つのクラス、裁定者の力によって回復班とシルヴィの生命力、身体の状態を平等に分け合うことで全員負傷することになるが、ダメージは浅くなる。そこにバフを乗せた回復をしたというわけさ」


 「そんなことが出来るのか・・・!?」


 細かな条件はあるのだろうが、これならグレイスが致命的な負傷をしない限り、どんな重傷でも治せるということ。これなら負傷したツバキを治して貰えるかも知れない。


 シンがグレイスの元へ訪れた目的は彼女を助ける為だったが、その思いが功を奏し彼ら自身の目的にも通じる結果となり、尚更ここでグレイスを失う訳にはいかなくなった。


 ベッドから起き上がり、まだ少し朧げな意識を立て直すシルヴィ。そして彼女の戦線復帰が可能となった今、漸くグレイスの反撃が始まる。

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