守護の願いと自由への渇望

 シンの操縦するボード捌きは、グラン・ヴァーグでツバキに習っていた頃とは比べ物にならない上達ぶりだった。無論、まだ荒さは目立つが目標地点へ向かったり、ある程度の攻撃を避けるくらいのことなら、すっかりお手の物になっていた。


 「面白れぇ乗りモンだなコレ。ただのガスエンジンでは無いようだが?」


 つい先ほどまで気を失っていたのが嘘のようにボードを眺めている。荒々しい口調から何となく彼女の性格が伝わってくるようだった。こういった人種には覚えがある。


 「俺にも原理はよく分からないんだ。ただ、操縦者の魔力やスキルによって性能が変わるそうだ。造船技師のウィリアムさんのところに居たツバキっていう技師が手掛けた乗り物なんだ」


 造船技師のウィリアムという名前を出した途端に、シルヴィの表情が変わり目を輝かせていた。それ程、海を生業とする者達の間で彼の名は有名ということだろう。


 「ウィリアムのじぃさんか!俺らの船も見繕ってもらったことがあるぜぇ!だがじぃさんのところに、ツバキなんて技師いたかぁ?まぁ何にしろ、流石じぃさんの工房だぜ!腕利きの弟子が育ってんだなぁ!?」


 ウィリアムを知る人ですら、ツバキのことを知らないという事実。確かにこれでは知名度を上げるのに苦労しそうだ。何せゼロからのスタートになるのだから。


 だがそれもきっと、同じ道を歩んで来た者だからこそ、職人の道の険しさを知るには早過ぎると思ったウィリアムの配慮なのだろう。だからツバキの船や乗り物を世間に出すことに抵抗があったのだ。


 もしそれで死者でも出そうものなら、ツバキの将来を潰しかねない。それだけではなく、親役でもあり師匠でもあるウィリアムの名にも傷が付くだろう。しかし最も懸念すべきはそこではない。


 自分のせいでウィリアムの造船技師としての仕事が無くなることを、負い目に感じてしまい心を病んでしまうのが何よりも怖かったのだろう。


 自らが傷付くだけならまだ立ち上がれる。だが、育ての親で命の恩人で、ツバキに技術者としての道を教えてくれた人の人生を壊してしまったとあらば、とても背負い切れるものではないだろう。最悪の場合、自らの命を絶つかもしれない。


 それでも、その気持ちを知ってか知らずかツバキは前へと歩み出した。檻の中で守られる、何一つ不自由のない安定した人生に、ツバキは不自由を感じていたのだろう。


 守りたいウィリアムと、羽ばたいて生きたいツバキ。どちらの思いも正しく、至極真っ当な気持ちであることに変わりはない。正しくとも人の思いはすれ違い、ぶつかり合ってしまう。


 今のシンならば、その矛盾に気づき考えることが出来る。人の思う正しさが、その数だけ正義を生み出し、一つにすることは出来ない。聖都での争いがそうであったように。


 自分達の目的の為に、ツバキの自由を利用するようで気が引けるが、それでもシン達にはやらなければならない事がある。だからせめて、ツバキが羽ばたける後押しが出来たのなら・・・。


 「そうさ・・・新しい芽は育ってるんだ、きっと誰もが驚く技師になる人だよ」


 シルヴィにシンの言っている事の事情は分からない。だが彼女は、シンの言葉の裏にある感情を読み取ると、笑顔で彼に尋ねる。


 「へぇ、そいつぁ良いことを聞いた。それで・・・その技師の名は?」


 「ツバキって言うエンジニアさ!」


 二人を乗せたボードが囮船に近づいて来たその時、まだ距離のある海上にまで響き渡る何かの衝撃波が発せられた。ダメージこそなかったものの、まるで突風でも吹いたかのような衝撃と波が二人を襲った。


 あまりの衝撃波に操縦が出来なくなり、ふらふらとバランスを取るだけでも精一杯だった。落ち着きを取り戻した海上で一旦止まり、状況を確認するシンとシルヴィ。


 「いッ・・・今のはッ!?」


 「知るかッ!一体どこから・・・まッまさかッ!!」


 衝撃波の発生源を探して周囲を見渡すと、波と風が来る方角がある一点からやって来ることに気がつく二人。直ぐにその方面へ顔を向けると、そこには二人の目指していた囮船があり、まだその衝撃のせいか船が大きく揺れているのが見えた。


 「まさか・・・これほどの衝撃があの船から・・・?」


 「早く行けッ!急げッ!!」


 シルヴィの声で、急発進したボードの前方が大きく跳ね上がる。ボードの噴射の勢いにハンドルを振られるも、何とか体勢を持ち直し、衝撃波の発生源であろう囮船へと急行する。


 操縦するシンの後ろで、ジャラジャラと何かを取り出しているかのような音が聞こえて来る。狭いボードの上で、シルヴィは器用にバランスを保ちながら、両端に手斧の付いた鎖を準備すると、それをまるで棍棒を回すかの如くグルグルと回転させる。


 「誰か甲板に立っているぞッ!何かを掴んで燃やしている・・・?あ・・・あれはまさか・・・人かッ!?」


 「お前は操縦に専念してろッ!やむを得ねぇ・・・こっから投擲するッ!」


 鎖に手斧という道具を使って投擲するというシルヴィ。しかし、シンのWoFの知識にそんな道具を投擲するクラスの知識はなく、例えあったとしても、アサシンの投擲スキルでさえ届くかどうかという距離を果たして狙い撃てるのだろうか。


 「アンタのクラスは遠距離から攻撃出来るクラスなのかッ!?」


 波を立てて急行するボードの音に負けじと、大声でシルヴィのしようとしている事について尋ねると、彼女は海上戦に不慣れなシンに自分の戦い方を教授する。


 「海上で狙い撃つモンってぇのは、何も砲弾や銃弾だけじゃねぇ・・・。よく見ておきなッ!ひよっ子ッ!!」


 十分な回転と勢いを溜め込んだシルヴィが、移動するボードの上で思いっきりそれを投げ放つと、吹き荒ぶ潮風を切り裂きながら囮船へ飛んで行き、見事甲板に立つ一人の人物に当てて見せたのだ。

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