己が歩む道
和やかな雰囲気の中、ミアがその様子を見届けるとテントを静かに出ていこうとする。それに気がついたシャルロットがどこへ行くのか尋ねると、彼女は聖騎士の城だと答えた。
「最後に、挨拶くらいはしていかないとな・・・」
どこか遠い目をしたミアが発する声には、思いを伝えようとしても伝わることの無い物悲しさのようなものがあった。
毎日のようにミアが城へ通っているのを近くで見続けてきたシャルロットには、すぐに誰のことを言っているのかが分かった。例え彼女にミアの声が届いていなくとも、正気を取り戻した時には、自分がその思いを伝えておくと約束するシャルロット。
「ありがとう・・・」
静かな微笑みを残してミアはテントを後にする。
先にイデアールの元へと向かったシンを追うように、彼女はその足を運ぶ。城の敷地内は被害が少なく、騎士やギルドの者達は以前のような活動を再開できるように準備を進めている。
彼らと挨拶を交わしながら、リーベの部屋がある階へと登って来るミアの姿が、彼女の部屋の前にいる侍女の目に止まると深々と一礼し、中へ招き入れるようにドアノブを握り、ミアを部屋の中へと通してくれた。
言わずもながら侍女は、ミアが入るとそのまま自分は外に出て再び仕事に戻るとい流れが定着していた。
もうここに来ることも無いのだろうと思うと、少しセンチメンタルな気持ちになるミアはゆっくりと室内を歩き、その光景を身に焼き付けていく。窓は換気のためか空いており、外から来る心地いい風がカーテンと室内の植物の葉を揺らす。
小さく聞こえてくる、復興にあたっている騎士達の声だけが児玉し、日に日に遠退くその声からは、復興が聖騎士の城近隣から聖都の端の方へと順調に進んでいることが分かる。
室内を一通り歩き、リーベのいる部屋のドアをノックするミアは、中に入ると一声かけてからドアを開ける。そこにはいつもと変わらぬ様子で窓際に座るリーベの姿があった。窓から見える復興の作業が済んだ地域が増えていくのを、一点に見つめるその瞳は彼女にどんな想いを馳せらせ、何を感じさせているのだろう。
遂にこの日を迎えることになったミアは、自分が聖都ユスティーチを後にするまでに彼女の意識を取り戻させ、もう一度話したいという願いを達成するには至らなかった。そのことだけがミアの、聖都でやり残した最後の心残りであった。
いつものように机の周りに綺麗に並べられた椅子1つ拝借すると、リーベの横へと運んでいくミア。そして一緒に並びながら窓から外を眺めると、言霊を乗せた聖都の風が二人の髪を優しくなびかせる。
ミアは今日の出来事や街の再建具合、人々の様子などを語り始めると本題を最後に持ってきた。
「今日は、お別れを言いに来たんだ・・・。早ければ今晩には聖都を発つかもしれない。アーテムが庇ってくれたとはいえ、動乱に関わった余所者が国を旅立っていくのを見れば疑う者もいるかも知れないしな」
近々聖都を発つことを伝えたミアは暫くの間、余韻に浸っていた。二人の間にこれ以上の言葉はいらないかのように、静寂がミアの後髪を引かれる思いを落ち着かせる。
「それじゃ、アタシ・・・行くよ。聖都は再建へと向かっている、けど人々をまとめる人間がまだ必要だ。イデアールがシュトラールの代わりをしようと必死に踏ん張ってる。シャルロットが悲しさや辛い気持ちを押し殺して、人々を導こうと頑張っている。そこにアンタが加われば二人は救われる、人々もアンタの恩寵を受ければ安心する」
国の復興は順調に進んではいるものの、その反面現状の安全が確保されれば先の未来、聖都ユスティーチの行末がどうなるのかという不安が人々の心に蔓延していくことだろう。そうなった時に、イデアールとシャルロットだけでは、やはり心許ないと思われてしまうのも仕方のないことなのかも知れない。
「誰かから必要とされている・・・、それ以上に嬉しいことがあるか?アンタは一人じゃないんだ。だからさ・・・帰ってきてやんな、リーベ」
人々と接する機会が多く、シュトラールの信頼も厚かったリーベが復活となれば、聖都は今以上に活気に満ち、聖都の未来に光が当たることだろう。
ミアが立ち上がり、椅子を元のところへ戻そうと歩き始めた時、何かが聞こえてきた。それはちょっとした音で、ミアが歩く床を鳴らす音でさえ掻き消してしまうであろう小さな言葉が聞こえてきた。
「ミア・・・ありがとう。今度は私自身の足で歩いて行くわ・・・」
そのか細い声の主は、何と今まで意識すらあったかどうかも分からなかったリーベ本人だったのだ。呼吸をする音でも消えてしまいそうな彼女の声に、ミアは思わず動きと呼吸を止め、一言一句聞き漏らさぬよう彼女の声に耳を傾ける。
「誰かに頼らない・・・、私だけの道を・・・歩いて行く、歩いてみせるわ」
「リーベ、アンタ・・・意識が・・・ッ!」
彼女を送り出すようにリーベが意識を取り戻す。それはミアが諦めず彼女に語り続けたことで起きた奇跡なのかも知れない。
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