続く者の光に


 シンがイデアールのいる聖騎士の城に向かうと、ミアとツクヨは一旦彼とは別行動になった。ツクヨはシュトラールとの死闘の後、シャルロットと一度も会っていなかったため、ミアから話は聞いていたものの彼女の様子が気になっていた。


 シャルロットの言動や行動は人懐っこく、どこか子供っぽいところがあり、まるで自分の娘かのように放っておけない印象を与えるため、彼女がちゃんと周りをまとめ指示を出せているのか、被害にあった者達への配慮ある行動がとれているか、心配で仕方がなかった。


 ミアに連れられ、聖都の街中に設けられた救援キャンプへと辿り着くと、彼女がいるであろうテントの前で一度止まるとミアが振り返り、ツクヨに入るぞと一声かけた。まるでミアは、二人の再会に対する反応を楽しみにでもしているようだった。


 少し広角を上げたミアが、テントの入り口にかかる布をめくる。外見からは想像していなかった広さのあるテント内では、自分の家屋がどうなっているのか確認をしに来ている人々や、物資の配給を受け取りに来た人で、騒がしくごった返していた。


 漸く一部の地区で一般の開放が許可されたため、そこに住んでいた人達や近隣に住む人が、まだ開放されていない地区の様子や自宅の様子を確認しに来るのは当然だろう。


 「ミアさん、お疲れ様です。今日も復興作業ですか?」


 シャルロットや聖騎士達と作業を共にしていたため、すっかり顔馴染みになった者達は彼女を“姉さん”と呼ぶまでの仲になっていたことに、ツクヨは驚いた。それと言うのも、瓦礫などの撤去作業が一通り終わり、日夜睡眠時間を削りながら働いてくれた騎士達へ、街で酒場を営んでいた人や、商業で飲食に関わるものを取引していた商人達から、差し入れとして酒やご飯が振る舞われたことがあったのだという。


 その時、酒を煽りミアに絡んだ騎士達が次々に伸されたことから、彼女は彼らの間で怒らせたら命があるか分からないなどと噂が広まり、シャルロットから任せられた指示をミアが引き受け、現場の指揮を取ると彼女の指示には誰もが素直に従っていたという。


 「いや、今日は違うんだ。・・・シャルロットは手が離せない感じか?」


 辺りを見渡し、人混みの向こう側で事務に追われるシャルロットの姿を見つける。それを見て間が悪かったかと思ったミアは、また改めて来ようとしたが話しかけてきた聖騎士が引き止める。


 「あっ・・・、待ってください。シャルロットさんもお二人を心配されておりました。もう時期、用事が済むと思いますので、もう少し待ってて頂けますか?私から彼女に伝えておきます」


 「そうか。それならここで待たせて貰うよ」


 そう言うと二人は、空いている椅子に腰掛け彼女の仕事に区切りがつくのを待つことにした。待ち時間はそれ程長くはならず、その時は直ぐにやって来ると、さっきの聖騎士が戻って来て二人をシャルロットの元へと案内した。


 仕切りで区切られた箇所に向かうと、そこには休息を取っている彼女の姿があった。ミアが肘でツクヨを突くと、ミアは数歩下がり反応を伺う。


 「・・・シャルロット・・・?」


 聴き馴染みのある声に彼女が振り返る。そしてその目は徐々に大きく見開かれ、久方ぶりに映り込むツクヨの姿に彼女は安堵していた。


 「ツクヨさん・・・!?良かった、無事だったんですね。傷の方はもう大丈夫なんですか?」


 落ち着いた様子で話す彼女に、ツクヨは一瞬言葉を失う。彼はてっきり泣きつかれ、感動的な再会になるものだとばかり思っていたのだ。彼の知る今までのシャルロットなら間違いなくそうなっていただろう。


 「あ・・・あぁ、傷はもう大丈夫。身体の方はまだ本調子じゃないけど・・・ていうか、あれ?いつもの君じゃない・・・?」


 呆気にとられ困惑するツクヨの反応を見て、思わず吹き出すミア。彼はミアとシャルロットの顔を交互に見ると、一体どういうことなのかという表情を浮かべる。


 それもその筈。聖都に動乱が起こる以前のシャルロットとは違い、今の彼女は師匠である朝孝の死や、シュトラールの彼女に対する裏切りとも取れる行為、そしてそれについて行ってしまったシャーフに打ちのめされ、アーテムは自ら全てを背負い国際指名手配されたという、様々な出来事が一片にやって来て、それを乗り越えたのだ。


 悲しい気持ちもあっただろう、シュトラールに対し怒りも覚えたあだろう。シャーフの目を覚まさせるために聖騎士となったが、結局自分の力では何も変えることが出来なかったという無力感を味わい、彼らにかかろうとしていた疑いや罪を背負い、一人で責任を果たそうとしたアーテムに相談もされなかった、別れも言えなかった、感謝を伝えることさえも出来なかった。


 いろいろな感情に押し潰されそうになる中、イデアールが彼女にかけた言葉が心に鞭を打ち、立ち上がる強さをくれた。


 「シャルロット・・・。人々は今、支えとしていた絶対的な正義の象徴である王を失い、悲しみ・動揺し・今後の事が見えず不安になっている事だろう。聖騎士は常に正しく彼らを守り、導かねばならない。皆、気持ちが沈み不安定になっているのは同じだ。だが、ここが残された俺達の真価が問われる時だ。シュトラール王という存在がいなくとも、人々を守り・安心させ・新たな光へと導いていける事を証明しなければ、聖都は失われてしまう・・・。お前の師、朝孝殿の意志は未来へと繋いでいかなければならない。王の自らに対する徹底した正義の心、力を持ったのなら弱き者のために尽くす精神を忘れてはならない。アーテムの残してくれた、立ち直るための機会を無駄にしてはならない」


 目覚めたシャルロットは、残された者の背負わなければならないモノの多さに足が竦み、全てを投げ出したいとさえ思った。それでもイデアールは真っ暗な道を進んでいく。このまま何もしなければ、そこで本当の意味で何もかも失うと思ったら、シャルロットの足は自然と立ち上がり、彼と共に真っ暗な道を歩き始めていた。


 後に続く者達の、道標になるために。


 「来い、シャルロット。正しくある事、正しい正義の道を歩くのは己の為でもあるんだ」


 そんなイデアールとのやり取りを思い出したシャルロットは、もう以前のように泣いたりしない。今の彼女は聖騎士をまとめ、騎士隊に指示を出し、人々を安心させ導く、責任のある立場にある。そのことが彼女を新たなステージへと引き上げたのだ。


 「以前までの私とは違いますよ、ツクヨさん。いろんな思いを背負っているんですから、我が儘なんて言っていられません。貴方が寝ている間に、私は大人になったんです!」


 ツクヨの問いに、凛々しく笑って答える彼女の表情からシャルロットの覚悟と決意が伝わり、ツクヨも彼女の成長に笑顔で返した。


 「そっか・・・。じゃぁもう大丈夫だな」


 「はい、大丈夫です!」

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