出発準備

 まだ振り返るほどの気力がないのか、そのまま窓の外を見ながら話すことに注力している様子のリーベ。椅子を戻し彼女の方へ歩いて行きその表情を伺うと、それまで何を見つめても濁った虚な瞳は光を取り戻し、心なしか肌の血色もよくなっているような気がした。


 「よかったよ・・・最後に話せて」


 彼女の思わぬ回復に、ミアが穏やかに話しかけると彼女の瞳はゆっくり声のする方へと向き、暫く頬の筋力を使っていなかったせいか、ぎこちない様子で口角を上げるリーベの姿から、彼女が決して生きることを諦めていないのだと感じ、ミアは最悪の結果にならずに済んで良かったと愁眉を開く。


 「今度は自分で立ち直れたんだ。誰かの為じゃない・・・自分の人生を歩いていきな。その為の仲間はアンタの帰りを待ってるよ」


 他人によって振り回されてきたリーベの人生。やっと見つけたと思っていた世界における自身の役割、聖騎士としてシュトラールの元、人々を導くという彼女のロール。それすらも失った彼女の精神的なダメージでは、心を病んでしまってもおかしくなかったが、それでも彼女はもう一度歩き始める道を選んでくれた。


 ミアの言葉に、首を縦に振る代わりにゆっくりと一度だけ瞬きをするリーベを、後ろから優しく包み込むように抱きしめるミア。


 「それじゃぁ・・・元気でね」


 彼女の腕の中、目を閉じてその温もりを感じるリーベは、自分を慕ってくれる騎士達や共にシュトラールの理想を実現するために尽力してきたイデアール達、仲間のことを思い出し、これから前に進むための原動力へと変える。


 ゆっくりと手を解き立ち上がるミアは、未来を生きる決意をしたリーベを見届けると、部屋を後にする。部屋の前で待っていた侍女にリーベが少しづつだが、話しが出来るようになったことを伝えると、驚いた様子で目を見開き、ミアに感謝の言葉を述べると急ぎ彼女の元へと向かった。


 廊下を歩き出したミアの後ろからは、先程の侍女がリーベの輝きを取り戻した瞳と立ち上がろうと動き出す懸命な姿に、喜びと安堵から泣き叫ぶ声が聞こえていた。






 リーベとの別れの挨拶を済ませたミアが、シンとイデアールがいるであろう玉座の間へ向かうと、既にツクヨとシャルロットもおり、今後のことについて話をしていた。


 「ミア、もういいのか?」


 彼女の到着に一早く気がついたシンが、声をかける。その声に一同がミアの方へ振り返ると、続けて彼女がどこへ行っていたか事情を知るシャルロットが、リーベの様子はどうだったのかと尋ねる。


 「リーベさんは・・・、どんな様子でしたか?」


 不安そうな表情でこちらを伺うシャルロットに、ミアは安心させるように彼女の問いに答える。


 「あぁ・・・もう大丈夫だ、言葉を話せるくらいにまで回復していたのには、私も驚いたがな。彼女は戻ってくるよ」


 ミアの言葉に驚いた表情を浮かべるイデアールとシャルロット。二人も城内で彼女の様子を見て、侍女から報告も受けており、尚且つ彼女の過去を知っているため回復は絶望的だと思っていたのだ。故に、思わぬ吉報が届いたことに驚き、そして安堵すると共に、復興後の傷ついた騎士達や不安に駆られる人々の心のケアに最も適任な彼女の復活が、イデアールにかけられる国の期待という名の荷を軽くさせた。


 「良かったです・・・本当に。良かった・・・」


 シャルロットも彼女が如何に聖都の人々から厚い信頼を得ているのかを知っているため、頼りになるリーベという存在の輝きにホッと胸を撫で下ろし、そして彼女が自分達を見捨てなかったことに感謝した。その様子を見ていたイデアールが彼女の肩に優しく手を添えて頷く。


 「さぁ、これで揃ったな。君が来る前に二人には話しておいたんだが、君達の次なる目的地であるグラン・ヴァーグ。そこに向かう馬車をこちらで用意した。出発は日が落ちた後の夜が良いだろう。やましい事があるわけではないが、なるべく万全を期した方が良いと思ってのことだ」


 イデアールの計らいにより、海に面した商業が盛んな港町グラン・ヴァーグへの足を得る事ができた。貿易で関わりのあった聖都ユスティーチは、グラン・ヴァーグからの商人達とも繋がりがあり、心当たりのある店や宿も手配してくれると言っているそうだ。


 「いつ出発するかは君達に任せる。準備が必要であるのなら物資もこちらで用意しよう。今一度装備やアイテムを確認して、出発の準備が整ったのなら俺に言ってくれ。・・・まぁ、物資を用意するとは言ったが、こちらも復興にお金がかかるものでな・・・。物によってはタダとは言えないが、値段の方は譲歩するよう言っておくよ」


 冗談混じりで言ってくれたが、聖都の受けた被害といのも馬鹿にならない上、シュトラールがいなくなったと知れ渡れば、聖都を狙う国が動き出してもおかしくはない。国を防衛するためにも同盟国への救援申請などで失うものもあっただろう。


 それでもシン達のために商人に頼み、馬車を手配してくれたイデアールの厚意に三人は感謝した。

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