運命に否定された人生
「リーベ・・・?」
変わり果てた彼女の様子から、思わず自分の見ている光景が夢幻なのではないかと、声が漏れるミア。
しかし、そんなミアを更に惑わせるように、声を掛けたその人影は彼女の声に一切の反応を示してはくれなかった。
石のように重く固まっていた足を動かし、自分の中に生まれる疑念や不安を払拭するように頭を左右に振り、心に深い傷を残し心身ともに衰弱しているであろうリーベに、情けない姿を見せまいと、普段の男勝りなミアに戻り、テーブルに備えられていた椅子を一つ手にし、窓辺にいるリーベの横に置いた。
ガタンと乱雑に置いた椅子に座り、窓から外の様子を観ているリーベの隣に座ると、彼女と同じく窓から外の光景をその瞳に映すミア。
「よう、久しぶりだな・・・。 安心したよ、生きていたようで何よりだ」
声をかけるミアだったが、依然リーベは反応を示すことなく、ただただ外の光景を観ているのかいないのか分からない、その瞳に映しているだけだった。
復興作業にあたる人達の声が、動乱で損壊した痛ましい聖都に、小さくも力強い生命の息吹を奏でているようだった。
「アンタがどういった経緯で聖騎士になったのかは分からないし、今のアンタが何に心を痛めているのかも私には分からない。 ・・・だが、今ここには、もうアンタから何かを奪おうなんて奴はいないよ」
ミアは、リーベとの戦いの後、辛うじて意識を保っていたリーベが口にしていた言葉を思い出していた。
それは彼女が、奪われる人生を歩んできたということだった。 ミアには彼女の過去を知ることが出来ないが、それでもミアとリーベの間には、“平坦な人生を誰かに変えられた”という共通点があった。
だからこそミアは、本来敵であった筈のリーベに、現実世界で全てを失った自分とその姿が重なり、情が生まれていたのだ。
「シュトラールはアンタを救ってくれたのかもしれないが、アンタを自分の道へと誘い、導くことしかしてこなかった・・・。 アタシも失ったからこそ分かることだが、自分の足で立って歩かなきゃ自分のためにならなかったんだ」
ミアとリーベの人生において違ったこととは、救いの手を差し伸べる者が居たかいなかったかの違いだ。
リーベは過去に故郷を追い出された際に貴族の男に助けられた経験と、その男に裏切られ捨てられた時にシュトラールと出逢い、聖都へと誘われ聖騎士として導かれる人生を歩んできた。
それに引き替えミアは、会社の同期や上司に蹴落とされ社会に溶け込めず、最愛の母に忘れ去られる中、誰に助けられることもなくWoFの世界へ来ることとなったため、自らの意思で立ち上がり歩みを進める他なかった。
故にミアはゼロからの立ち直り方を自分の力で身につけたが、リーベは三度目にして初めて自らの足で立ち上がらなければならない。
加えて、過去に経験した二度の消失が、彼女の傷を更に深いものへとしたことが、容易に想像出来る。
自分の人生を三度に渡り否定されたのだ、一度や二度でも人によっては立ち直れないほど、大きな傷となるのだから無理もない。
だからイデアールは、もしかしたら彼女は自ら命を断ってしまってもおかしくないと思っていたのだろう。
「だがリーベ・・・、アンタの周りにはアンタの再起を望む者や、助けてくれる仲間もいる。 一人じゃない以上に心強いことはないだろう。 アンタが奪われてきた人間なら・・・アタシの言ってること、分かるんじゃないか?」
ゆっくりリーベの方へ顔を向けるミアは、声が届いているかどうかも分からない彼女に励ましの言葉をかけると、椅子から立ち上がり、リーベの頭にそっと手を乗せる。
「今度は・・・自分の足で立ち上がらなきゃな。 そして、今度は誰に縋るでもなく、自分で決めて自分で歩いて行くんだ・・・」
そういうと、反応を示すことのなかったリーベの目から涙が伝うのが見え、少し驚いた表情を見せるも、すぐに口角を上げた優しい顔に変わると、そっと指でそれを拭ったミア。
「リーベ・・・。 また、来るから・・・」
それだけ言い残し、ミアは彼女の元から離れ椅子を戻すと、極力音を立てないように部屋のドアノブを回すと、扉を閉める際に一度だけチラッとリーベの姿を確認し、部屋を後にした。
廊下でリーベの部屋の前でまつ侍女が、ドアノブがガチャリと回る音に驚くと、中からミアが姿を表す。
「・・・ッ! リーベ様は・・・」
心配そうな顔で彼女の様子を聞いてくる侍女。
「ん・・・、大丈夫。 いずれ良くなるよ」
ミアの言葉に思わず顔を覆い、泣き崩れる侍女の必死に抑えながらも漏れる声が、静かな廊下の一か所だけに優しく響いた。
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