光と影のアンサンブル

「後悔か・・・。 どんなに最善の選択をしようと、人は後悔からは逃れられぬ。 だが、誰かが負うかもしれなかった後悔を、代わりに請け負うことは出来る」


シンのオーラとは相反し、シュトラールの周りには蛍火のような美しい光の粒子が漂い始める。


「私の目指す善人しかいない黄金郷では、彼らの負うべき後悔を私や、私の意志を継ぐ者達が請け負う。 それが、“力”を得た者の代償であり、負うべき責務なのだ。 それ故に人は、我々を崇めッ!敬いッ!自分もそうあろうと志、光の中を迷わず歩めるのだッ!」


シュトラールが拳を握りしめ、シンへと向ける。


「一時‬の感情でお前が阻むべきことではない・・・」


彼の言っていることは、人の上に立つ者としての理想であり、正しいことなのかもしれない。 こんな人物がシンの生きてきた人生にいたのならば、縋りたくなる気持ちも十分に理解できるだろう。


それでも・・・。


「あぁ、そうかも知れないな・・・。 だがな・・・、俺は正義の味方なんかじゃない。 アンタが多くの人々の為に命を賭けて戦うように、俺もアンタの切り捨てた少数の人の為に戦うんだよ・・・。 自分の志の為に、命を賭けて・・・」


この時シンは、人間が争いの歴史を繰り返す愚行を何故続けるのか、何故失敗から学ばないのか、少し理解できたような気がしていた。


世界に複数の正義が存在し、それらがぶつかり合うのは、互いに譲れぬ大志があるのも勿論のことだが、守らなければならない命や、守りたい命がそこにあり、それは自分の正義の元でなければ守れないからではないだろうか。


人は学んでこなかったのではなく、学んだとしても、そうする他なかったのだ。故に人の世界から正義が一つに集約することなど出来ない、それこそ機械のように意思を持たず統一された存在でない限り・・・。


聖都内において、悪と決めつける定義がよくわからなかった。 人に迷惑をかければ、ちょっとした悪事を働けば、無意識に人を傷つければ・・・。 シンのいた現実世界では、そんなことが当たり前のように溢れかえり、誰もそんなこと気にもとめず、ただ自分の世界を生きることで精いっぱいだったから。


だが、今の彼なら分かる。 自分の守りたい人々の為に、聖都で暮らす多くの人々の約束された安寧と秩序を、壊そうとしている。


今のシンこそが、彼らの言う“悪”なのだと・・・。


「ならばその身勝手な志を抱いたまま、ここで滅びるがいいッ!」


シュトラールが握った拳を開くと、シンの周りに無数の光の球体が現れ始める。 同時にシンは指の間に挟んだ、複数の投擲武器・チャクラムを、孔雀が尾を開くように両サイドへ投げる。


チャクラムとは、古代インドで用いられていた投擲武器で、日本でも忍者がにたような、真ん中に穴の空いた円盤で外側に刃が施されている、戦輪、飛輪、円月輪と呼ばれる投擲武器を使用している。


綺麗に回転する放たれたチャクラムが、辺りに灯る光を真っ二つに両断していき、その数を減らす中、シンはその場を逃れるように横へ飛び出す。


「ほう、まだ戦える手段を残していたか」


素早い動きでその場を飛び出すシン目掛けて、シュトラールは腕を横に振り抜き、残りの光の球体を剣の形に変え、回転させながら撃ち放つ。


空中で身を翻すシンが、素早い動きで腕と指を動かすと、先程投げ放ったチャクラムが軌道を変えて飛び回り、彼に向かって飛んでくる光の剣を斬り刻む。


「ワイヤーで繋いでいたのかッ!」


シュトラールの光を打ち消したシンは、着地すると同時に両腕を大きく広げて、彼目掛けて両腕を勢いよく交差させると、飛び交うチャクラムが一斉に彼の喉元へと集う。


迫り来る無数のチャクラムを前に、シュトラールは片足のつま先を上げ、地面を一度タップすると、地表から大きな光の根っこが彼の周りから伸び生え、鞭のようにしなりを効かせながら、チャクラムを叩き落とした。


「輝きの大樹リヒト・バウム


光の根はそのままシンを叩き潰さんと伸び、彼に向かって襲いかかる。 シンは迫り来る光の根を次々に躱しながら、取り出した刀で一本また一本と切断していく。


「植物ッ・・・!? 光で作り出せるのは武器だけじゃないのかッ!?」


「私の扱う光は、聖騎士の使う光とは違う。 彼らは元から持つ自分のクラスに応じた武器を光で作り出す」


リーベは狩人である為“光の矢”を、イデアールはランサーである為“光の槍”を、シャーフは戦いでこそ見せなかったものの、彼は恐らく“光の刀”を作り出せるのだろう。 そして、イデアールやシュトラールが出す光の球体は、基礎のスキルである為、誰もが扱えると言ったところだろう。


「さぁッどうしたッ!? これで終わりではないのだろう?アサシンッ!!」


光の根に加え、球体を発生させるシュトラールは、更に攻撃の手数を増やし、シンもまた片手で短剣を投げながら刀で応戦していく。


放った短剣、根に打ち落とされた短剣が無数に散らばると、シンは一度地面に伏せるのではないかというほど低く着地をする。


「繋影ッ・・・」


彼が小さく囁くと、地表に散らばった短剣の一本一本が、細い影の線でシンの影と繋がると、フィギュアスケートのスピンのように高速回転し、影を巻き取りながら短剣を集める。


短剣は回転ノコギリ宛らの刃となり、周囲のものを切り刻みながら光の根を刈り取ってシンを中心に集い、迫ってきたのを察すると、シンは回転に巻き込まれないよう跳躍する。


集まった短剣達は、互いに激しくぶつかり合い、乱雑に辺りへと飛び散っていく。


「根を絶やしたところで、私は止まらぬぞ?」


未だダメージを与えられていないシュトラールは、余裕の表情を見せる。


「刈り取るだけじゃ、根はまた生えてくるだろ・・・。 見せ場は、これからだ」


シンはあの一瞬で、集まった短剣にワイヤーを繋いで辺りに散りばめており、伸びたワイヤーはシュトラールの生成した光で、雨に濡れた蜘蛛の巣を連想させる美しい輝きを放っていた。


「またワイヤーか・・・、芸のない・・・ッ!?」


彼はそれまでに無かったある変化に気がつく。 それは、先程までシンが使っていたワイヤーよりも光を反射していたことだった。


「アンタを倒すのには、相応の覚悟が必要だと俺は思う。 だからアンタにも、俺の覚悟に見合う覚悟をして貰う」


そういうとシンは、自分の方へ飛んできた短剣を手にした刀で、擦るようにかすらせると、そこから発せられた火花がワイヤーに当たり、線の上を炎が駆け巡っていく。


「忘れたのかッ! お前が見抜いたのだぞッ!?」


シュトラールは銀の腕を翳し、ワイヤーを走り迫り来る炎を迎え撃つ。


空中で身体を回転させ、遠心力を付けるシンは手にした刀を、徐々に色濃く、地表に映す自らの影の中に投げ放つ。


彼の行動が何を指すのか、シュトラールが気づいた時には既に遅かった。 急ぎ自分の影を見るシュトラールだったが、既に刀は彼の顔の間際にまで迫っており、顎をカチ上げるように彼の顔を空へと跳ね上げた。


「くッ・・・!!」


シュトラールの足元に、壊れたマスクの残骸が散らばる。


「やっと素顔を見せたな・・・シュトラール」


燃え盛る炎と水銀の蒸発する煙の中、にやけるシンの顔に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるシュトラール。


「貴様ッ・・・、正気の沙汰とは思えんな・・・」


シンは、シュトラール自身が自らの毒を吸引しないように付けていたであろうマスクを破壊し、互いに蔓延する毒の蒸気の中で、漸くシュトラールの素顔を拝んだ。

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