国よりも大切な
「な・・・なにッ・・・!?」
シュトラールはイデアールの思わぬ一撃に、喫驚の表情を浮かべ、その身体には風穴が開けられており、彼の腕に成り代わっていた銀の腕も、ツクヨが切り落とした切断部位からなくなっている。
「やった・・・、致命傷だッ! イデアールッ、トドメを・・・」
シュトラールが銀の腕の能力を解いていることからシンは、遂に彼がスキルを使う程の体力も魔力も無くなったのではないかと思った。
彼がシン達と戦う前のことから考えれば、体力や魔力、スタミナ切れなどが起きているのが当然だろう。
シュトラール最大の敵、朝孝との戦いは彼にとっても出し惜しみなどできる相手ではなかったことが、負傷していた腕からも伺える。
その上で一度目のイデアールとの戦いで、片腕しか使えなかったシュトラールが、全くスキルを使わなかったとも考えづらく、シン達との戦いの中でも、光の剣などスキルを使っていた。
そして、二つ目のクラスに目覚めたツクヨによって、負傷していた腕を斬り落とされてから、自在に変形する銀の腕を使用している。
恐らくアレも、シュトラールのスキルを用いて動かしているか、或いは魔力を消費して動いているに違いない。
つまり、銀の腕を使用し始めてからシュトラールは光のスキル、銀の腕の両方に力を割いていたことになる。
そんなことをしていたのなら、いくら化け物じみた彼の強さであっても、スタミナ切れ、魔力切れ、体力の限界を迎えていなければおかしい。
皆で繋いできたバトンが、漸く実を結び始め、シュトラールを止める好機が訪れたのだと、イデアールへ発破をかけようとした。
「・・・シン、何か・・・掴めたか?」
イデアールの方を向いたシンは、彼の身に起きている出来事に言葉を失う。
彼の身体には、無数の光の剣や鎖が突き刺さっており、地面から突き出た光の鎖によって、何とか支えられて立っている状態であったのだ。
「イデアールッ!! そんな・・・相打ちにッ!?」
決死の思いで戦った彼の姿にしては、あまりにも酷い惨状に、彼ら二人の戦いとはいえ、思わず駆け寄るシンであったが、重症であるはずのイデアールの手は、シンのそんな思いと行動を制止させた。
動きを止めたシンは、彼の身体の周りで起きる変化に気がつく。
イデアールに突き刺さった無数の光の剣と鎖が、徐々にその光のベールを剥がしていくと、その下からは何と銀色をしたモノが、剣と鎖に成り代わっており、静かに赤い煙を上げ始めていた。
「これはッ・・・」
シュトラールは銀の腕をイデアールにかざした時、光の剣と鎖を生成し放つと共に、銀色のモノを彼に向かって飛ばしていたのだ。
シンは少し前に、全く同じ光景を目撃していることに気がつき、今のように赤い蒸気が出だしたのを境に、ツクヨが弱体化しだしたという光景を思い出す。
「シン、君に一つ伝えられる事がある・・・。 我々の使う光の武器は、高温ではないが“熱”を帯びている。 今・・・この状況になって初めて分かったが・・・、この銀色のモノ・・・熱いんだ」
イデアールの言葉から、シュトラールの使っているこの銀色のモノは、熱により気化することで煙を、蒸気を発生させている事が分かる。
シンにその事を伝えたイデアールが吐血し、目や耳からも彼の中を流れていたであろう赤い生命の液を垂れ流す。
「熱で・・・気化し・・・蒸気が毒・・・だッ・・・」
「イデアールッ!!」
彼が気絶すると、その身体に突き刺さった銀のモノは地面に溶け落ち、姿を消した。
まだ残留する蒸気が晴れるまで、イデアールには近づけない。
「ぐッ・・・、まだだッ! まだ、倒れるわけにはッ・・・!」
ボロボロのシュトラールの元へ銀色のモノが戻ってくると、彼の失われた腕を再び型取り、そしてイデアールの決死の一撃により開けられた風穴をも塞ぎ、失った身体の部位を作り出していく。
「はぁ・・・はぁ・・・、あと一人・・・」
彼の思いを受け取り、拳を握りしめ俯向くシンがゆっくりと口を開く。
「・・・水銀だ・・・」
シンが聞こえるか聞こえないかという、小さな声で漏らしたその単語を聞き漏らさなかったシュトラールが、一瞬だけ反応を示した。
「お前のその道具、武器は水銀だ。 熱により気化した蒸気を吸い込むことで、異常な出血をしてたのもその為・・・」
失われた身体の部位を水銀によって作り出し、代用し終えたシュトラールは、荒々しかった呼吸を落ち着かせる。
「・・・やはりお前達“外の者”は、放ってはおけぬな。 レベル帯に削ぐわぬ上位クラス・・・ダブルクラス、そして私の知らぬクラス・・・」
生成した部位を馴染ませるように、軽く身体を動かすシュトラールが首を鳴らすと、ゆっくりシンの方に視線を送る。
俯いていたシンが、彼に視線を返すように顔を上げて睨みつける。
「生き残りのアサシン・・・。 同じ陰を操る者が故に、私の多くを悟られてしまったな。 私の計画に関わらなければ見逃してやったやったものを・・・」
「俺も深入りするつもりはなかった・・・。 だが、何も事情を知らない俺に親切にしてくれた、身を守る術を教えてくれた人達が、殺されると知って放っておける程、俺は薄情じゃない・・・。 薄情に・・・なりたくないッ!」
シンは初めの街でサラと出会った時、心に誓ったことを思い出していた。
現実の世界で、人に裏切られ蔑まれ、履歴だけで彼の人間性を定められ爪弾きにされてきた、堕落して何もなかった彼の人生を、彼の拠り所であったゲームの中でまで繰り返したくない。
どちらにいても“死”がやってくるのなら、彼は地獄のような現実よりも、人として様々な事を学び感じてきたWoFでの“死”を選ぶ。
「・・・後悔したくない。 もう・・・自分にガッカリしたくないんだッ!」
シンの足元に映し出される影が濃さを増し、黒いオーラがゆっくりと彼の周りに立ち昇る。
「だから・・・俺は我儘に生きる。 この国がどうなるだとか、俺には関係ないッ! ただ・・・俺に優しくしてくれた人達には、いなくなって欲しくない・・・それだけだ・・・」
何も持たないシンに、見返りを求めるでもなく親切にしてくれ信用し、聖都を頼むとまで言われ期待されたら、それが例えこの国の政策で、誰もが守っている秩序であっても、彼には最早止まる理由などなかった。
彼は、ただ純粋に“必要”とされる事が、嬉しかったのだ。
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