放ち穿つは体現せし神々の槍
「異変・・・? 何故そんなことを俺に・・・」
しかし、生死の覚悟を持って戦いに挑む今のイデアールに、シュトラールの心の内は届くはずもなく、シュトラールもまたそれでも構わないと思っていた。
情を持ってしまえば、彼が真に成長することなどあり得ない、現状のままただ誰かの言いなりに成り、満足させてしまうよりかは遥かにいい。
「・・・つまらない敗れ方をして欲しくないだけさ」
シュトラールが意味もなくそんな言葉をかけるはずがないと、彼には分かっていたが、それでも向かっていくしか方法がない。
分からないことに時間を費やしている程の余裕が、イデアールには無かったからだ。
イデアールは呼吸を整えると、手にした槍を回転させ、突進するための姿勢を取りながら矛先をシュトラールへ向ける。
「なれば、趣向を変えてお相手致す・・・!」
「期待するよ」
体勢をぐっと低くし、助走をつける足に重心を落とし込む。
腿の筋肉が出番とばかりに盛り上がり、脹脛が力を蓄え硬直していくのを感じる。
そして、ゆらりと身体を前に倒すイデアールの姿が、一瞬にしてその場から消え去ると、土煙が慌てて舞い上がり、遅れて彼の後を追い始める光景は、あまりにも現実離れしていた。
風が追いつけぬ程の神速でシュトラールの懐に入ったイデアールが、強烈な突きを彼の身体目掛けて撃ち放つ。
シュトラールが彼の穿ち放った突きを脇に挟み止めてみせると、顔を向き合わせた二人の口角が上がり、その場に止まったまま力比べの様に、腕を、足を、身体を、全身を震わせる。
遅れてやってきた風と土煙が、雹を交えた吹雪の様にイデアールの背中から男に向かって吹き荒び、その視界を狭める。
その僅かな隙を見逃さんと、受け止められた槍を持つ腕とは反対の腕を前へ持ってくるイデアール。
彼の身体で隠れていた反対の腕がその姿を現すと、その手には光が凝縮し実体化した、リーベの“光の矢”、シュトラールの“光の剣”と同じ代物、白く美しく光り輝くイデアールの“光の槍”が握られていた。
人一人分はあろうかという僅かな間隔で密着する二人の距離で、助走のないゼロ距離から放たれるイデアールの突きは、腰を軋ませる程の捻り、そして腕を前に突き出す運動量だけで放たれたにしては、先程の助走のついた突きと寸分違わぬ、或いはそれ以上の速度でシュトラールを狙う。
「光の槍ッ・・・! 実物の武器でないが故に、攻撃の瞬間までその存在を隠していたかッ・・・!」
放たれた光の槍を、男は銀の腕を盾の形に変えて受け止めると、激しい火花と重たい金属音を響かせる。
男は両の槍を同時に外側へと弾き、彼の間合いから抜け出す様にして飛び退く。
僅かに宙に浮いて離れていく男にイデアールは、弾かれた光の槍の方を器用に回し、投擲の持ち方に変えると、男が飛び退いた軌道上のやや手前目掛けて、光の槍を投げ放つ。
「輝く千の《タオゼント・》
イデアールの放った光の槍が地面に突き刺さると、それとは別の不規則に突き出す無数の光の槍が、シュトラールを追いかけるように襲いかかる。
「光の
流石のシュトラールも宙にいる状態では、これを捌ききることは不可能だと悟り、自らを囲い込む光の檻で包み込むと、シュトラールの入った光の球体に、無数の光の槍が突き刺さる。
「刺さった・・・。 だが、光に光が接触するとどうなるんだ・・・? ダメージは与えられているのだろうかッ!?」
二人の戦う様子を見ていたシンが、ぶつかり合う光の衝突に、どのような現象が起こるのかと疑問に思っていたが、その結果は直ぐにその目に映し出されることになる。
光の球体が上部からゆっくり剥がれていくと、中からイデアールに向かって銀の腕を伸ばすシュトラールの姿が現れる。
しかし、その目に入り込んできた彼の姿に、男は目を見開いて驚く。
彼もまた、男が無傷で出てくることは想像の範囲内だったのだろう。
彼は愛用の槍、グングニルと謳われる美しく精錬されたその槍を、彼が用いられる全ての力を込め、投擲する体勢を既に整えており、後はその射出される瞬間を待つだけであったのだ。
イデアールの込めたその力に、彼の周りには宙に浮かび上がる瓦礫と、黒い稲妻のような、目に見えるほどのエネルギーが集約されている。
「さぁ、今こそ神話を体現する時だぜッ! 相棒ッ!!」
身体中を巡る血管が浮かび上がる程に異様な表情で槍に語りかけるイデアールが、全身全霊を込めた、恐らく最後であろう渾身一投をシュトラールへ放った。
光を司る聖騎士の技とは思えぬ程、禍々しく込められたエネルギーは、最早その肉眼では捉えうことなど出来るはずもなく、放たれた軌道上の空間が歪んで見え、エネルギーの輪っかが稲妻を纏い、何重にもなってその軌道を美しく装飾する。
光の球体が剥がれ、外の景色を見たシュトラールには、彼が何かを投げる一瞬の光景しか映らず、その動作を見終わる前に、何かが身体を貫通していったという衝撃だけが、遅れてやってきたのだった。
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