黒衣の舞台

自らの毒の蒸気を吸い込み、一瞬体勢を崩し蹌踉めくシュトラールを見逃さなかったシンは、一気に間合いを詰める。


シュトラールの視界からは、シンが迂回して横から仕掛けてくるのが見え、咄嗟に生成した光の剣でこれを薙ぎ払う。


剣は空を斬り、次は斬った方とは逆側にシンの気配を感じ取ったシュトラールは、手にした剣の向きを変え大きく振り抜く。


「くッ・・・! しまったッ!」


まんまとシンの使用する、視界を阻害するスキル【視影】に惑わされたシュトラールは、彼を見失い蒸気と毒気の二重苦でボヤけ、見づらくなっている視界の中、辺りを見渡すが見つけること叶わず。


もしやと思い下を確認するシュトラールであったが、そこにも彼の姿はなく、何処にも見当たらぬ彼の姿に冷や汗を流していると、突然横腹に衝撃が走る。


シュトラールの背後に回り込んでいた、シンによる回し蹴りが直撃した衝撃が彼を襲い、その後も立て続けに【視影】による残影に翻弄され、彼の攻撃をもらい続ける。


攻撃による痛みで我に帰ったシュトラールは、一枚の札を取り出しそれを放ると札は燃え、同時にシュトラールの髪がふわふわと無重力空間にあるかのように浮き始める。


彼のその変化から、シンの攻撃を紙一重で避け始めるシュトラール。


「ッ・・・!?」


シンの蹴りを避けたシュトラールが、かれの足を掴み取る。


「散々やってくれたな・・・」


シンのスキル【繋影】を受けていたシュトラールは、彼の影の性質を知っており、陰陽師の呪術を使い、彼の髪を束ねている水銀でできた筒に、シン本体の影に引きつけられる特性を付与することで、残影ではない本物のシンの動きを探知していた。


掴んだ腕を大きく上に振り上げ、そのままシンを地面へと叩きつけ、前方に放り投げると、飛んでいく彼を追撃するように光の剣が上空から降り注ぎ、撃墜する。


「おぉッ・・・、ぉぉぉおおおッ!」


地に落ちたシン目掛けて、無数の光の剣が雨のように降り注ぎ、見る見る内に土煙を大きくし、辺りへと撒き散らしていく。


「はぁ・・・はぁ・・・」


シュトラールの撒き散らした土煙により、辺りに広がっていた毒の蒸気は霧散していき、煙の中から現れるシンのシルエットを、シュトラールは呼吸を整えながらその動向を伺う。


覚束ない足で辛うじて立っているシンは、傷だらけの姿でその身を赤く染める。


「もう、終わりだ・・・。 お前に勝ち目は無い・・・」


彼自身も、自分の限界が見え始めていた。 それでも、ほんの少しの力を加えられただけで崩れてしまいそうなシンと見比べた時、どちらが優勢であるかは誰が見ても、一目瞭然だった。


毒の侵食により突然吐血するシンは、その衝撃だけでも倒れそうになるが、地にひれ伏すことを拒み、何とか踏みとどまるも、その朦朧とする意識は、あるのかないのか、もはや他人には確認のしようもない。


「・・・おわ・・・り? 時間がない・・・動きも読まれる・・・。 俺の思いは・・・届かなかった・・・」


ブツブツと言葉を吐き出す、シンのいたたまれない姿に、シュトラールが自身の実物の剣を取り出し、ゆっくりと歩み寄る。


無意識なのか、彼の接近を察したシンは、ふらふらと身体を彼の方へと向ける。


互いの剣が届く間合いにまでシュトラールが近づくと、彼は朦朧と眼前に立つ男へ向けて剣を上に構え、後はそれを振り下ろすだけで決着が着くだろう。


男は剣を構える彼に、自分も何かを握っているつもりなのだろうか、何も持たないその手で、剣を構える彼と同じ構えを取っている。


「哀れな・・・。 ただその想いだけで現世にしがみつくだけの亡者よ・・・。 今、楽にしてやる」




彼は、その剣を振り下ろす。


男は、その手を振り下ろす。




二人の間で振り下ろされたそれは、その目的を果たし相手の身体を斬ると、刻まれたその傷口から鮮血を吹き上げる。


「先生・・・俺は・・・」


シンが思い出していたのは、道場で行なっていた稽古の光景だった。




生徒の子供達がはしゃぎ、アーテムがそれを追いかけている中、シンと朝孝が外の明るさと、陽の光を屋根に浴び、薄い陰りを落とす静かな縁側から、賑やかなそんな光景を見ながら話している。


「そうですか、そんな理由でそのクラスに・・・」


シンは朝孝に、自分のクラスであるアサシンのことと、何故そのクラスを選んだのかという理由について話していた。


彼の話を聞いて、シンの人柄を読み取った朝孝は嬉しそうな表情を浮かべる。


「先生・・・? やっぱり、子供っぽいですかね」


当時の自分の思いに、恥ずかしくなったシンは、それを揉み消すかのように笑って誤魔化した。


「いいえ・・・、いい事じゃないですか。 私もあまり表立つのは好きな方ではないので、お気持ちはよく分かりますよ。 でも、少し変わった思いをお持ちだったのですね。 普通ならみんな正義の味方に憧れるものですが、貴方はそれを支える人に憧れたのですね」


直接人を助けるという行為よりも影から人を助ける、歌舞伎などで見られる“黒衣”と呼ばれる、主役や演者を助けたりする者の在り方に、シンは憧れを抱いていた。


自分は主役にはなれない。 けれど、誰かを助けその人を主役に出来るような人になりたい。 そういう思いが一番合いそうだと感じたのが、アサシンというクラスだった。


「それなら何も迷うことはありません。 誰かの為に成すことが、貴方自身の在り方を映す鏡のように、貴方の道を示してくれる筈です」


それを聞いたシンが朝孝の方を確かめるようにゆっくり向くと、彼は真っ直ぐな目でシンに語りかけた。


「だから、恐れないで・・・。 人の為に何かを成すことは、恥ずかしいことでも、おかしなことでもない、その姿勢は実に献身的で、人のあるべき姿なのですから・・・。 胸を張りなさい、シン。 貴方の過ごしてきた時は、決して無駄なんかではありません」


彼の言葉に、シンの中には安心や救い、そして吹っ切れにも決意とも取れる覚悟が宿ったのだった。

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