月の虹光と狼の歌
壮絶な一撃が部屋に響き渡ると、一同は言葉を失っていた。
「お・・・終わったのか・・・?」
パチパチと床に散らばる小さな火の灯火が奏でるノクターンを聴きながら、ミアが口を開いた。
しかし、そんな余裕はないとアーテムが続けて声を張り上げる。
「ナーゲルッ!! 早くしねぇかッ!!」
「すッすみません!!」
彼のその声に、夢から覚めたかのような一同は、各々行動を起こす。
ミアは直ぐに銃を取り出すと、ナーゲルの周りにある衝撃波を撃ち抜いて消滅させる。
「ナーゲルッ!」
「助かるっス! ミアさん!」
シャルロットの元にたどり着けるだけの衝撃波を消滅させると、身を屈めながら彼女の元へ辿り着いたナーゲルは、彼女の身体を抱え上げると、衝撃波の檻から抜け出す。
「良かったッ・・・、シャルロットさん無事のようです! アーテムさんッ!」
「そうか・・・。 さぁ、もういけッ・・・、また後でな」
振り向かないアーテムにお礼を言うと、三人はシャルロットを連れ、その場を離れた。
徐々に離れていく彼らの走り去る足音を聞き、一先ず危機は去ったと胸をなでおろすアーテム。
玉座の間には、依然落雷のようなの強烈な一撃を食らい、動かないままのシャーフとアーテムだけとなる。
静寂のシャーフに歩み寄るアーテム。
すると、アーテムの腹部を冷たい物が貫く。
「・・・あぁ・・・?」
ゆっくりと顔を下に向けるアーテムの目には、己の身体を貫く刀が見える。
その事実を目の当たりにしてから、漸く自分の置かれている状況を理解し、徐々に痛みがやってくると、一度だけ大きく吐血した。
「ッな・・・!? 何故・・・」
「月輝流・朧月。 ・・・何故だって? あれだけ隙があれば何かするには十分だろ・・・」
アーテムの背後からスッと姿を現わすシャーフ。
そしてアーテムが見ていた動かぬシャーフは、煙となって消えていった。
「仲間の前では、強いお前でいさせてやったんだ・・・感謝しろよ」
「はっ・・・そうかい・・・。 まいったね・・・こりゃっ・・・」
あらゆる手段を以ってしても、ことごとく上回ってくるシャーフに、次の一手が思い浮かばず手詰まりとなるアーテム。
シャーフは、ただ立ち尽くすだけの彼の身体が唯一、支えとしていた刀を一気に引き抜くと、彼の身体は吊るされていた糸をプツンと切られたかのように、膝から崩れ落ちた。
やっとの思いで呼吸をしている彼の首に、慈悲も容赦もなく刃を添えるシャーフ。
「友として・・・一瞬の痛みも無いように送ってやる・・・。 これはお前への感謝と・・・今までの俺との決別の儀だ」
大そうな言葉を並べるシャーフであったが、アーテムには届いておらず、当の彼は仲間達のことを想っていた。
ナーゲル達は無事に城を抜け出して聖都を出られるだろうか、何とか送り出せて良かった。
イデアールを抑え、アーテムの聖都入りを成してくれたシンは無事だろうか、大した信頼関係は築けなかったが、彼には重たい役回りを任せてしまって悪いと思っている。
ファウストやブルート、クラレやナーゼは、聖都の人々を上手く救助できているだろうか。
シャルロットはアーテムのこの失態を怒るだろうか、結局シャーフのことを任せてしまった形になり、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
先生は・・・
先生はアーテムをどう思うだろうか。
ろくに教えを身につけることなく、話を聞かないアーテムに手を焼いていた。
そんな、先生は・・・
「・・・俺のために・・・泣いてくれるだろうか・・・」
アーテムの今にも消えてしまいそうな声に気がつくも、シャーフの決心に迷いはなく、刀を一度鞘に納めると、彼の得意とする抜刀術の構えを取り、一本一本、柄に指を絡める手に力が入る。
「さらばだ・・・アーテム・・・」
目を閉じ、鞘から放たれたシャーフの刀は、到底人の目に追える速度ではなく、風や音でさえその仕事を忘れ、遅れて巻き起こり聞こえ出す。
アーテムの首は、下へと垂れ下がっている。
だが、何かがおかしい。
シャーフはアーテムを見るが、とても首を切られたような跡が何処にもない。
よもや外したか、そう思ったシャーフは目を見開き刀を振り上げると、今度は縦に両断しにかかる。
一瞬、アーテムの身体が動く気配を感じると、次の瞬間にはアーテムは横へ回避していた。
「・・・アーテムッ・・・! 貴様ッ!!」
「諦める選択肢は、はなから俺にはねぇ・・・。 シュトラールと違う正義を追うと決めた時に・・・既に覚悟してたことだ・・・」
体勢を起こし、立ち上がったアーテムの姿に違和感がある。
回避が間に合わず、彼の右腕は先の一撃で斬り落とされていたのだ。
「決着をつけようぜ・・・シャーフッ!!」
左手に刀を構え、口に小太刀を咥えると、低い体勢を取るアーテム。
「手負の狼を狩るならば、それに相応しき名月をお前に送ろうッ!」
シャーフは月輝流・鏡月を使うと、玉座の間からアーテムを吹き飛ばした天満月の体勢を取る。
そのまま、死合い開始の合図を待つかのように意識を研ぎ澄ます二人。
外の騒動の揺れで、天井の瓦礫が落ちる。
そして瓦礫が床に落ちると同時に、相手に向かって全力で突き進む。
「月輝流・奥義ッ!
天満月と同じく、上下に別れた半月は、シャーフの振り下ろしの一撃と共に重なり、一つの満月を作り出すと、それは何とも美しい、月の光で出来た虹を放つ。
アーテムは突進の勢いそのままにシャーフの技に飛び込むと、刀を床に突き刺し、それを足場に高く飛び上がる。
そして飛び上がる際に足で舞い上げた、自らの切断された腕をシャーフ目掛けて、思い切り蹴ると、鮮血を撒き散らしながら飛んでいく腕は、その血でシャーフの目を染め上げ、視力を奪い、一瞬の隙を作る。
口に咥えて小太刀を左手に持ち、シャーフに向かって落ちていく。
「狼の《ヒュムネ・》
シャーフの後方に着地するアーテム。
そしてシャーフは、血飛沫を吹き上げ、手にした刀を力無く落とし、そのまま床へと倒れ込んだ。
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