閉ざされた退路
雌雄を決する二人の決闘は、アーテムに軍配が上がった。
緊迫していた状況から解き放たれたアーテムは、力んで止めていた呼吸を思い出したかのように再開する。
「はぁ・・・はぁ・・・・」
今にも途切れそうな呼吸と、瞑ったらそのまま目覚めることのないような目で、シャーフの方を振り返るアーテムは、倒れる彼の元まで近づく。
散々シャーフの奇妙な技に惑わされてきたが、今回ばかりは彼も起き上がることはなかった。
「アー・・・テム・・・」
「呆れたぜ・・・、まだやろうっていうのかッ・・・?」
傷口を下に向けたまま、うつ伏せで倒れているシャーフの身体から流れ出る赤黒いものは、止まることなく床に敷かれたものを染め上げていく。
「この傷だ・・・、流石に・・・もう・・・動けん・・・」
「そうか・・・、そりゃぁ・・・」
そう言いかけたアーテムの頭には突然、彼との思い出や、何故こんなことになってしまったのか、何故この結果に辿り着いてしまったのかという思いが駆け巡り・・・。
「・・・悪かった・・・、すまねぇッ・・・シャーフッ・・・」
アーテムの言う“悪かった”という言葉には、単純にこのような結果になってしまったこと対する意味も勿論あっただろう。
しかしそれ以上に彼の胸中を知った今、幼き頃の彼の気持ちに気付いてあげられなかったことや、手を差し伸べられなかったこと。
シュトラールに出逢い変わってしまったのだと決めつけ、彼と対立するような立場になってしまたことなど、彼の変化に気づけなかった後悔に対する謝罪の気持ちも込められていた。
「・・・何を・・・泣くことがある・・・」
目では見えていなかったが、この玉座の間には自分とアーテムしか居ないのを知る彼は、そこで鼻をすする音と声色だけでアーテムの感情を察したのだ
「なぁ・・・アーテム。 俺は今・・・凄く・・・スッキリしているんだ・・・」
意外な言葉だった。
彼の口から出たその反応は、アーテムの想像していたものとは違っていたからだ。
「騎士になり・・・お前と関わることが減って・・・、シャルロットやお前への気持ちが・・・違う何かに変わるようで・・・怖かった・・・」
自分にはない“力”を持つ二人が、シャーフは羨ましかった。
その思いに足を止めまいと剣術に勤しみ、朝孝の道場の誰よりも早く騎士になり、先に正義の実現を叶えようとしたが、彼を待っていたのは、人の内なる醜さや、善良な者が変わり果てていく姿だった。
そんな中、シュトラールと出逢い、再び本当の正義の実現を成すために立上った彼に立ち塞がったのは、同じ時を過ごしてきた筈の、朝孝の意志こそを本当の正義とするアーテムの組織、ルーフェン・ヴォルフだったのだ。
それに加えて、同じく騎士となったシャルロットは彼の行いを正そうと説得を試みてくる。
何故、自分だけが・・・
何も持たない自分だけが、光り輝く力を持つ二人に止められなければならないのか。
その思いが、彼が二人に対する気持ちを変えるようで怖かった。
「だが・・・お前に全て話せて・・・ぶつけられて・・・曝け出せて・・・。 俺の中の“悪”が・・・晴れたような気がするんだ・・・。 俺も聖都に暮らす人々と変わらない・・・正義に救いを求める・・・迷える羊だったんだな・・・」
「・・・シャーフ・・・」
どんなに強がろうと・・・
冷酷に無慈悲に正義を執行しようと・・・
彼の中にも“悪”はあり、
正義に救いを求めていた。
「俺は・・・後悔していない・・・。 お前達とは違って、明るい道は歩けなかったが・・・、正義を・・・光を目指して歩けたことを、無駄なものだったなんて思わない・・・だから・・・」
見るに堪えない弱々しい姿で、手探りの中アーテムを声のする方を探すシャーフ。
アーテムはそんな彼の手を握ると初めて、強さの象徴だった彼のか細く繊細な手をしていることを知る。
「・・・だからお前は、俺のことを“後悔”などと・・・思わないで・・・くれ・・・」
それをアーテムに伝えると、彼の命の灯火はそこで最期の火を灯した。
「シャーフ・・・ありがとうッ・・・。 ゆっくり休んでくれ」
もう伝わることのない彼の手を、力強く握るアーテム。
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聖都内にある、聖騎士の城内部。
城内を訪れた際に何度か襲われた空っぽの騎士は、脱出の際には殆ど見かけることはなく、居たとしてもやり過ごすことができるほど、すんなりと城を出ることができた。
シャルロットの救出を果たし、城を抜け出したミア達。
聖都内では依然、あちこちで戦火が上がっており、どこまで避難が出来ている状況なのか把握できない状態にあった。
「安全なところって・・・? どこまで行けばいいんだ・・・」
「リーベが言っていた・・・。 聖都の外に安全が確保できた場所があると、そこにウッツやエルゼもいる筈・・・。 まずはそこを目指そうッ!」
ミアはリーベとの戦いの中で、彼女が子供達を移動ポータルで救助してくれたことを思い出す。
その時の発言から聖都の外、或いは市街地であるのか、更にその外側になるのかは分からないが、ここよりは安全であるとナーゲルとツクヨに話した。
「それじゃぁ、聖都と市街地の境にある門までいきましょうッ! それに市街地にはアーテムさん達の師匠である先生の道場があるっス! 先生に合流できれば安全を確保できる筈ッ・・・!」
「道場・・・? そういえばシンもそこへ行っているんだったな。 なるほど、そこになら信頼できる戦力が集まってそうだ・・・」
聖都ユスティーチに入ってから、ルーフェン・ヴォルフの地下アジトで別れたシンとは、中々会うことが出来なかったが、そんな彼とアーテム達の師、それに朝孝はルーフェンヴォルフとの繋がりもあるため、彼らの組員が何人かいてもおかしくない。
「よしッ! それじゃその道場にッ・・・」
足を止めずに走り続ける彼らだったが、そんな彼らの目に不穏なものが映り込む。
「・・・? 門の方で戦火が上がっているようだが・・・」
「ここまで大した戦闘をせずに来れたことが寧ろ幸運だったっス・・・」
急ぎ聖都の門まで駆けつける一行。
そこには複数のモンスターを相手取る人影と、幾人もの、恐らく戦闘で倒れたであろう人達の姿が転がっていた。
「あぁッ! あれはッ・・・ファウストさんッ! ブルートさんッ!!」
モンスター達を抑え戦っていたのは、どうやらナーゲルの知る人物ということやその服装から、ルーフェン・ヴォルフの者であるのだとミアは悟る。
しかし、それよりも事態の悪さを知らせる情報が、一行の目に入る。
「・・・ッ!? 門がッ・・・閉じてるぞッ!」
「そんな・・・何でッ・・・!?」
ミア達の姿を視界に捉えると、ファウスト達が状況を語る。
「ナーゲルッ! 無事だったかッ! ・・・すまないが手を貸してくれッ・・・」
「人々の救助に当たり、門に来てみればこの通り・・・。 そして何故だかは知らんが、モンスターがここに集まってきているんだ。 騎士達と協力して相手をしていたが、思わぬ強さでな・・・。 それに数も増えてきて手に負えないッ・・・!」
何故退路である聖都の門が閉じられているのか。
これでは、救助した筈の人々ももしやモンスターに殺されてしまったのではないか。
「救助した人々はッ!? 彼らは一体どうやって・・・?」
「聖騎士隊の連中が、安全なところまで連れて行くと言って、人々を避難させたッ・・・」
ここでミアが思い出したのは、再びリーベの発言である。
彼女は、シュトラールが持たせてくれたという移動ポータルのアイテムを所持していた。
もしそれが、救助に当たっていた聖騎士隊の者達にも配られていたとしたならば、聖都の人々を救助することは可能だろう。
そしてもう一つ、恐ろしい予想がミアの脳内を駆け巡った。
聖都の門が閉じられているということは、救助に当たっている者達を聖都内に閉じ込めるつもりだったのか。
もっと言えば、騎士達は移動ポータルで脱出可能だが、人助けに尽力するルーフェン・ヴォルフの者達を閉じ込め、モンスターや毒によって一網打尽にする計画だったのではなか。
そんな、非人道的で最悪なシナリオが現実味を帯びる。
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