決死の抵抗
ウルカノは魔法でベヒモスの目の周りに、黒い靄を発生させ視界を奪う。ベヒモスは突然周りが見えなくなったことに驚き、前足を浮かせ、靄を振り払おうとする。
その隙にウルカノは、サラとシンを両腕に抱え、ベヒモスから距離をおく。
「気を・・・つけてね・・・」
サラがウルカノを気遣う。
ウルカノは力強く頷くと、勢いよくベヒモスの元へと戻っていった。
ベヒモスの巨大な前足がゆっくりと降りてくる。地面は大きく揺れ、瓦礫は吹き飛び、土は土砂の波となって辺りへ押し寄せる。
大地を蹴り、大きく飛翔するウルカノ。
ベヒモスの背中に一体化するメアを発見すると、接近戦へ持ち込もうとする。
大きく腕を引き、飛ぶ勢いに乗せ力任せに殴りに行くウルカノ。メアは厄介なことになったかのように、舌打ちしながらベヒモスへ合図を送る。
するとベヒモスの巨大な身体は左右に大きく揺れる。犬などの動物が身体に水をかぶってしまった時にする仕草を、この巨体がやるのだ。
頭部から背中にかけて生えている赤黒い鬣が大きく振られ、ウルカノの進行を妨げる。堪らず、一度背中に着地してから飛び上がる。
上からはメアの様子がはっきり捉えられる。メアは再びベヒモスに合図を送ったようで、その巨体が再度立ち上がる。
二体の魔物が目を合わせる。ベヒモスはまるで爆発音のような咆哮をエリア一帯に響き渡らせるとウルカノを威嚇し、右の前足を大きくウルカノ目掛けて振り抜く。
機敏な動きでベヒモスの一撃を避けるウルカノだったが、振り抜いた大きな前足の後を追うようにやってきた風に巻き込まれ態勢を崩してしまう。
そこへ左前足の第二撃目が襲いかかる。
振り抜かれた前足に張り付くように身体が押し付けられていまう。そのままの勢いで地面へと叩きつけられるウルカノ。
どうだと言わんばかりに雄叫びを上げるベヒモス。それを盛り立てるように雷が鳴り始め、至る所で落雷が発生する。
辺りは火の海となり燃え始める。
ウルカノは瓦礫を吹き飛ばしながら立ち上がると、負けじと咆哮する。
激しい戦闘を繰り広げる二体の魔物。
そんな傍らでシンは意識を取り戻す。
なんとサラの回復にシンは、万全とまではいかないが戦えるまでに復帰していたのだ。
「サラ・・・これは一体・・・?」
「わからない・・・、でもミアが作ってくれた薬が効いたみたいなの・・」
ミアとサラが和解できた夜の出来事のことを言っているのだろう。サラの“自分も何かの力になりたい”という想いが、彼女に力を与えたのかもしれない。
「何故、アンデッド化してる俺を回復出来るんだ・・・?」
シンは戦闘中、自身の体力の回復を試みた。しかし、彼が得たのは回復という形ではなく、ダメージによる衝撃と絶望だった。
だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。シンは起き上がるとサラにお願いをする。
「サラ、ミアも頼む」
「勿論よ・・・!」
サラはその為に来たのだと、力強く頷いてみせた。シンはサラに、ミアが倒れている場所を教えると、彼女は魔物達の戦いに巻き込まれないよう、迂回してミアの元へと向かった。
しかし、シンは見逃さなかった。
サラは強がって見せていたが、彼女の表情には疲労が見えた。恐らく戦闘の経験はおろか、ろくにスキルを使った経験がない彼女には負担が大きすぎるようだ。
果たしてミアをどこまで回復できるか、或いは回復出来るのかも分からない。それでも、彼女の力に頼らざるを得ない。きっとミアの身体もシンと同じく、サラのあの力以外の回復手段は受け付けないだろう。
そしてシンも再度戦場へと舞い戻る決意をする。
落雷による炎は、ベヒモスの攻撃や土砂の波によって粗方鎮火していた。しかし、戦況は依然として不利なまま。それどころかウルカノのダメージは蓄積されていく一方なのに対し、ベヒモスには殆どダメージはなく、動き回るだけで甚大な被害をもたらす。
ウルカノよりも更に小さいシンが一人加わった程度でどうこうなるとも思えない。
「すまない・・・、待たせたなウルカノ」
「マニアッテ ヨカッタ」
ボロボロの肉体を何とか起き上がらせるウルカノ。
「何故だ・・・? 何故、奴は復活できた?アンデッド化は治らない筈だ・・・。 回復などあり得ない・・・」
メアは今までに経験したことのない動揺を隠しきれない。アンデッド化に関してはメアの身体も彼等と同じ状態にある。戦闘中の回復手段はなく、戦闘終了後に体力が元に戻るといった現象を利用して今までやりくりしてきた。
そもそもメアの体力自体も、この境遇になる以前とは比べ物にならないほど高く成長している。これは黒いローブの男によって与えられた力の影響によるものが大きく、エリアのボスとしてのステータスに引き上げられたからだ。
それも正規の方法ではなく、異質な力による能力の引き上げだ。死のリスクに伴ったものだと言えるだろう。
「あの娘か・・・」
メアはサラに目をつけた。
彼女が現れてからシンにしていた回復行為に何か秘密がある。
「原理は分からんが、また回復されても面倒だ・・・。 回復手段を持つ者から始末しないとな・・・」
メアはベヒモスの標的をウルカノ達から、サラへと切り替えた。巨獣の身体がゆっくりと向きを変える。
「ウルカノ、何か勝算は掴めたか?」
ウルカノは俯きながら首を横に振る。
しかし、ベヒモスの背中に乗った時、メアの表情が変わるのを見たとシンに伝えた。何か接近されることを嫌がっているような、そんな素振りだったと。
「勝算ではないが、試す価値はありそうだな・・・。 敵の嫌がることをしてやろう、そこから道が開けるかもしれない」
ウルカノとシンは互いに頷くと、自分達に背を向けてサラの元へ向かおうとするベヒモス目掛けて進む。
「俺が行こう・・・!」
「ノレ!」
そういうと腕を差し出すウルカノ。その腕に乗り、ウルカノが飛翔する。
近くまで飛んでいき、メアを目視出来る位置まで来ると、ウルカノはシンをメアの元へ向かって思いっきり投げた。
音を殺し静かに、しかしそれは放たれた一矢のように鋭くメアを狙う。
だがシンの目論見は、彼に憑いて離れない炎に包まれた悪魔レイスによって察知されてしまう。
「何!?」
「二度も同じ手は食らわんさ」
メアは不敵に笑う。
「不意打ちはお前の専売特許だからな! レイスには姿を消して警戒させておいたんだ」
メアは余裕を見せると、レイスの姿をまたけしてしまう。その後、またしてもベヒモスの巨体は大きく揺れ、シンを振り落とそうとする。
咄嗟に刀を取り出し、メアに向かって投擲するシン。飛んでくる刀の方向に手をかざし、チープな盾の魔法で弾かれ、刀はベヒモスの背中にくるくると回りながら刺さる。
どうやらこの程度ではダメージにすらなっていない様子のベヒモス。
そこへ、既に頭上に回り込んでいたウルカノが、メアに向けて闇魔法を放つ。黒い靄でできた球体が三つ、メアに向かって飛んでいくが、一球目はメアが盾の魔法で軌道をずらすと足元に落とされる。
しかし二球目、三球目は、メアのそれぞれ左右に別れて飛んでいき、メアの後方辺りで着弾する。球体の軌道上には黒い靄が残り、視界を妨げる。
メアの死角から高速接近を仕掛けるウルカノ。それをうけとめるようにレイスが姿を現し、両腕をがっしりと掴む。力比べと言わんばかりに、互いに力を押し合い睨み合う。
振り落とされそうになるシンは、ベヒモスの体毛を掴みながら、別の短剣を自分の影の中へと投げる。
短剣は影を通り、ウルカノの影から現れ、メア目掛けて飛んでいく。メアはそれを
冷静に腕に受け、ガードすると、シンが首を貫いた時と同じように、バチバチとエフェクトを走らせると、短剣を腕から引き抜いて捨てる。
「レイス!」
メアが声を掛けると、レイスはウルカノの両腕を一気に跳ね除け、力強くウルカノを殴り飛ばし、メアの側から姿を消すと、ベヒモスにしがみつくシンの側に腕だけで現れ、シンを振り落とす。
シンとウルカノを撃退すると、ベヒモスは再びサラの元へと進み始める。しかし、ウルカノが既にベヒモスの進路上に立ち塞がっていた。
「サラ ニハ チカヅケ サセナイ!」
ウルカノがベヒモスの顔目掛けて両腕を伸ばすと、その大きな顔を覆い尽くす程の黒い靄が飲み込んでいく。
巨獣が視界を奪われ暴れ始めている隙に、飛翔し背中のメアを目指そうとした。だが、上空から見たベヒモスの背中に、メアの姿はなかった。
「!? ・・・ドコヘ キエタ・・・?」
辺りを見渡してもメアの姿は確認できなかった。嫌な予感がしてサラの方を見ると、メアは既にサラの元におり、その小さな首を握り持ち上げていた。
「小娘・・・、一体何をした? どうしたらアンデッド化した者を治さずに回復できる? ・・・その力があれば、或いは・・・」
メアはその少女の回復スキルを使えば、村の人々も元に戻せるのではないかと考えていた。
「サラ!」
ウルカノは反転し、一気に加速するとサラの元へと飛んだ。
「メア! サラ ヲ ハナセ!」
勢いよくメアに殴りかかろうとするウルカノを、地面から突如現れた大きな骨の手が掴み取る。
「サラ! ウルカノ!」
着地の衝撃から何とか起き上がるシン。二人の元へ向かおうとするが、ベヒモスが暴れることによって発生する瓦礫や土砂により妨げられてしまう。
ウルカノを捕まえた者が、その姿をゆっくりと現す。そして徐々に増す、その青い炎によって身を焼かれ始める。
炎と共に現れた反対の腕が、ゆっくりと後ろに下がり助走をつける。そして腕は真っ直ぐウルカノへ向かうと、彼の腹部を貫いた。
「ゔぅ・・・!!」
首を絞められ、声を上げられないサラがその瞬間を目の当たりにし、声にならない声と共に、涙が頬を伝う。
「オォ・・・、ヴォオオオオオッ!!」
ウルカノは、自分を貫くレイスの腕を掴むと、最期の力を振り絞り砕こうとする。
今までにない力に、痛みを表情に出すレイス。ミシミシと軋む骨にウルカノの指が食い込んでいき、そして砕けた。
「ギィィ・・・、ァアアアァッ!」
それは初めて聞くレイスの絶叫。
しかし、すぐ様新しい腕が炎の中から現れ、今度は両手で虫の息のウルカノを、握りながら炎で焼いていく。
ウルカノも力の限り耐える。彼は全力でレイスに自分を攻撃させる。
ウルカノは、自分に残された最後の役目を理解し、覚悟した。
それはメアを倒すことでも、ベヒモスを倒すことでもない。
メアに魔力を消費させることだった。
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