安息を貴方に

レイスが、その炎を使えば使うほどメアの魔力供給を促進させることが出来た。


「レイスッ! ・・・もう、いい・・・」


メアの声に、炎の勢いを弱め握っていたウルカノの身体からてを離すと、その姿を消した。


魔力の消費が効いたのか、メアは息を乱し、額には汗が滲んでいた。


そんな彼に追い打ちをかけるように、ことは起きた。掴んでいたサラが、ゆっくりとメアの腕を掴む


「メア・・・もう、やめ・・・て・・・」


そう言いながらサラはメアに向かって回復のスキルを使った。しかし、それはシンを復活させたスキルとは違うようで、メアにダメージを与えるものだった。


ダメージ事態はそれ程大きくなかったため、メアを怯ませるだけの効果は得られなかったのだが、代わりに別のものが彼の中に入ってきた。


「さぁ、帰ろうサラ」

「うんッ!」


それはかつてのメアの記憶だった。

今は、コートの男達の駒として目的のために、余計な記憶がなくなり、純粋なボスNPCになりつつあったメア。


「ッ!?」


突然まぶたに浮かぶ情景に、メアはサラから手を離し、頭を抑え始めた。


「何だ・・・これはッ!? 誰かの・・・記憶・・・?」


メアが過去の記憶に困惑していると、そんな彼を突然、爆発したかのような勢いの風により吹き飛んだ。


メアの手を離れ、地面に崩れ落ちそうになる少女の身体を支える者の影がそこにあった。


「あんな酷いことをしたのに・・・。 あんなに酷いことを言ったというのに・・・。 それでもアンタは・・・、私を助けようとしてくれるのか・・・?」


自らの膝上に気を失ったサラの頭を置くと、優しく頭を撫で、そっと身体を地面に寝かせた。


「必ず、その行いに報いてみせるから・・・。約束だ・・・サラ」


吹き飛ばされたメアは、そのまま霧のように姿を消すと、ベヒモスの背中へと戻り、制御を失った巨獣に、再度魔力の供給を始める。


暴れまわっていたベヒモスは、メアによって制御されたのか、正気になり落ち着きを取り戻す。


ベヒモスによる障害を受けていたシンは、漸くサラの方へ意識を向けると、そこには見慣れた者の姿があった。


「あれは・・・! ミア!よかった、間に合ったんだな」


「この子に受けた恩は、必ず返す。・・・必ずだ」


サラの元からゆっくりと立ち上がるミア。

そして、瓦礫の山を越えてシンも合流を果たす。


「サラは一人で来たのか?」


当然、今まで意識のなかったミアには現状が全く理解できないでいた。


何故戦場にサラがいるのかも、目の前にいるこの巨大な魔物が何なのかも。シンは短く要点だけまとめてミアに現状を説明した。


「ウルカノ・・・、サラを守るために・・・」


真っ黒に焼け焦げた身体が、徐々に光の粒子へとなり、その身体を空へと返していく。


シンは膝をつき、消え逝くウルカノの

身体にそっと手を添える。


「ミア、作戦がある。 ウルカノは俺達に攻略の糸口を残してくれた・・・」


ウルカノが何故レイスの攻撃を受け続けていたのか、シンにはそれがただの時間稼ぎには思えなかった。何か意味のある抵抗。そしてウルカノを倒したメアからは、疲労の様子が見て取れた。


「俺がメアに接近戦を持ちかける。 ミアにはベヒモスの相手をして時間を稼いで欲しい」


「了解した。 まだデカ物相手に丁度いい弾が残ってる、任せておけ」


それを聞き、安心したようにシンはベヒモスの上にいるメアに向かって走り出した。


「くッ・・・! 余計なことに気を取られるな・・・。 俺は俺のなすべきことを果たすんだッ!」


メアは呼吸を整えると向かってくるシンへと目をやる。


「ベヒモス! そいつを近づけさせるなッ!」


ベヒモスはその巨大な前足で大地ごとシンを吹き飛ばす勢いで、攻撃を始める。再び戦場には瓦礫が舞い上がり、雨のように落ちてくる。


振り抜かれた攻撃による風に、身体が持っていかれる。ロープを付けた投擲武器をベヒモスの身体に刺しながら、巧みに空中で動きを取るシン。


その隙にミアは、アンデッドデーモンを倒した悪魔のような銃弾でベヒモスの前足を狙う。


対象に命中すると体内で花のように咲き、それぞれが別々の軌道で散らばっていき、致命的なダメージを与えることから、“デビルズ・ファング・フラワー(DF2)”と名付けられた。


DF2は、ベヒモスの前足に命中すると絶大な効果を上げた。如何に強大な生物でも外皮ではなく、内側からのダメージには耐えられなかったようで、直ぐにバランスを崩した。


想定外の攻撃を受けたメアに焦りが見え始める。ベヒモスに指示を出すと、巨獣は咆哮する。すると、辺りに雷鳴が鳴り始め、そこら中に雷が落ちる。


標的を一度シンからミアへと代えると、前足で大地を削りながら土砂を起こし、瓦礫をミア目掛けて投げつける。


飛んでくる瓦礫の雨を、素早い動きで足場に利用し避けていく。大きな瓦礫には銃弾を撃ち込み小さく砕くことで対応していく。それでも全てを捌ききることなど不可能だった。


ミアはある一つの銃を取り出し、そして唱え始める。


「四大元素が一つ、風の精よ。 我が身を護りたまえ」


シリンダーを開くと、ミアの身体から何かを吸い上げていく。その間も、ミアは飛んでくる瓦礫を捌いていくが、いくつかは避けきれず命中してしまう。しかし、致命的なものだけは避けていた。


シリンダーに、ミアから吸い上げたものが銃弾となり装弾されると、銃身を振りシリンダーを閉じる。


そしてミアは銃口を自分の腕に向けると、銃弾を撃ち込む。すると、ミアの身体の周りに風の衣が纏われ、飛んでくる瓦礫が衣に触れると、軌道が逸れ、ミアに当たらなくなった。


ミアは風の加護を見に受け、押し寄せる土砂や瓦礫を気にすることなく、DF2が撃ち込める位置まで突っ走っていく。


「さっきのといい、今のといい・・・何だアレは・・・? 風のようなものがあの女を守っているのか?」


メアは、ミアが使う不可解な能力に思う節があった。それというのも、ミアが使い始めた風の力は、魔法というには質が違う。


メアがシンに傷を負わされていた時に行っていた能力は、彼が長年村の人達を治すために行っていた人体の研究により、新たなクラスとして身についた能力であった。


そしてその研究過程で学んだ知識の中に、ミアの能力に酷似したクラスのスキルがあった。


「まさか・・・、あれは錬金術!? 上位クラス持ちだけでなく、ダブルクラスの者だったとでもいうのか・・・!?」


ダブルクラスとはその名の通り、クラスを二つ保有しているということ。ほとんどの場合が、メインで使うクラスと、それを補助するサブクラスで組むことが多く、剣士のクラスに魔術士のクラスを合わせれば、魔法剣といった複合スキルを使うこともできる。


それとは逆に、魔術士でありながらサブクラスにモンクといった近接戦のクラスを組み合わせることもでき、そういった真逆の組み合わせは、相手の意表を突くこともできる。


そしてメアが、ミアに対して導き出したクラスの答えが、メインクラスにガンスリンガー、サブクラスに錬金術師という組み合わせだ。


ミアが使う一風変わった銃弾というのも、錬金術によって作った代物であり、今まさに彼女を守る風の衣も、錬金術の知識で学ぶ四大元素の風の精霊による効果だろう。


ミアに気を取られている内に、シンはベヒモスの背後に回り、尻尾から背中を駆け上がる。


そしてメアを視野に捉えると、高く飛び上がり、投擲用の刀を取り出す。回転を加えながら全身の力を使い、その一投に全身全霊を込めて撃ち放つ。


メアの背後、上空から放たれた攻撃は風を切り突き進む。そしてそれを受け止めるように、レイスが姿を現す。


レイスが飛んできた刀を掴む。

しかし、シンの放った刀の勢いにレイスが押され始める。片手では抑えられず、両手で刀の勢いを受け止めるレイス。


その時、刀の飛んできた軌道と寸分違わぬ軌道でもう一つの刀が姿を現した。シンは二本の刀を投擲していたのだ。


そして二本目は、一本目の軌道を追従する形で飛んでいくため、レイスには二本目が見えていなかった。


一本目を受け止めるのに必死であったレイスの身体に、二本目の刀が突き刺さる。


「ギャァァァアアアッ!!」


今まで悉く防がれてきたシンの攻撃が漸くレイスに届いた。それというのも、以前まで万全の状態で現れていたレイスだが、メアの魔力消費に伴い、徐々に最大の力を出せない状態で召喚されていた。


それに加え、ウルカノの最期の抵抗により、メアの魔力を大きく減らすことができたため、シンの攻撃が通るようになってきていた。


「何ッ!? ここまで押されるとは・・・」


直ぐに異変を察すると、メアは直にレイスへ魔力を供給する。消えかけたレイスの身体は再び力を取り戻し、一本目の刀に片腕を破壊されながらも、何とか受けきることに成功した。


「仕留めきれなかったッ!? マズイッ!」


シンの身体はそのままレイスとメアの方へ向かって飛んでいく。レイスは片腕を失ったまま、シンを迎え撃とうとしている。


だが、レイスの失った腕は治さないのではなく、意図的にそのままの状態にしているようだった。


シンが近くまで来たところで、ベヒモスの背中からレイスの腕が生えてきて、飛んできたシンを捕まえる。


「ぅぐッ!」


メアはレイスに刺さった二本目の刀を抜き取ると、反対の手で刀身を撫でるように触る。バチバチしたエフェクトが、破損した刀身をみるみる内に治していく。


それを投げてレイスに渡すと、レイスはその刀でシンを突き刺し、ベヒモスの背中に串刺しにした。


「がはぁッ!」


あと少しのところで、シンは遂にレイスによって捉えられてしまった。


「俺は今まで思い過ごしをしていたようだ・・・。 お前の神出鬼没な現れ方、そして影を用いたスキル・・・。 お前も上位クラスだったのだな。 クラスは忍者かアサシンといったところか・・・」


見破られてしまった。

これでシンにはもう、メアを出し抜けるだけの材料がなくなってしまった。だがそれも、今となっては必要ないのかもしれない。


シンはウルカノの最期の勇姿を思い出していた。彼は死ぬ間際、メアの魔力を消費させシン達に活路を見出してくれた。


レイスを一度消滅の危機に追いやっただけで、果たしてどれだけの魔力を消費させられただろうか。


そして願わくば、この一撃で終わらせたかった。サラの回復はもう望めないだろう。それにメアもそれ程甘い者ではない。確実にここでトドメを刺してくる。


ミアに負担をかけてしまう申し訳なさと、自分のできる限界を知らしめられた。


「終わりだ・・・」


そういいかけた時、メアはある異変に気がついた。ミアを近づけさせまいと暴れている筈のベヒモスが、やけに大人しいということに。


「時間稼ぎは、十分だ」


ミアは静かに、銃槍に弾を込める。

それは今し方、ミア自身に使った銃と同じもので、あの時とは比べ物にならないほどの、風を線で表したかのような緑色の光を纏っている。


「何故だッと!? ベヒモスは何をッ・・・」


巨獣は前足の肉を食い破られ、前に突っ伏していた。


「馬鹿なッ・・・あり得ないッ!」


驚嘆を隠しきれないメア。

確かにシンとメアには、ベヒモスを倒す程の力はない。だが、行動を制限することなら出来た。機動力を削がれ、身体を支える前足を負傷させられたベヒモスは身動きが取れないでいたのだ。


「風の精霊シルフよ! 万物を切り裂く刃となれ!」


銃口から放たれた緑色に輝く銃弾は、通常の銃弾ならあり得ない軌道で曲がり、メア目掛けて飛んでいく。


「間違いないッ! 錬金術で作った弾だ。それも精霊の魔力でできた魔弾ッ!」


魔力を込めた弾は、いくつか分類されており、メアの知識上、銃から放たれたと同時に効果を発揮するもの、放たれてから徐々に形を変え効果を発揮するもの、着弾時に効果を発揮するものが知られている。


ミアの放った魔弾は、軌道こそ変えたものの、形や効果などに変化は見られない。


「まずい・・・、着弾式の魔弾だ・・・。あれじゃ防ぐこともできないぞッ・・・!!」


魔弾の接近に、メアの動揺は大きくなる。


「はッ・・・!?


メアは咄嗟に思いついた。

レイスに命令すると、近くで串刺しになっているシンから刀を引き抜くと、シンの身体を掴み、飛んでくる魔弾目掛けて投げたのだ。


「これで直撃は免れる。 残念だったなッ! お前の攻撃が仲間のトドメになるんだッ!」


「シンッ!」


メアの思わぬ行動に焦るミア。

撃ち放った本人だからこそ分かる。直撃すればタダでは済まないことを。


「お前が・・・、こうするだろうって・・・思ってたよ・・・」


「ッ!?」


重傷を与えていた筈のシンは、意識を保っていた。


シンの言葉に、メアは頭が真っ白になるほどの衝撃を受けた。故に、この後のことが全く想像できない。


ミアの放った魔弾は軌道を変えることなく、そのままシンに命中する。


しかし、何も起きない・・・。


「何が・・・どうなっている・・・?」


唖然としてシンを見つめるメア。

直後、メアの足元で強大な光が溢れ出す。


「何ィィィッ!!」


「お前が俺を投げてくれて助かった・・・、俺は巻き込まれずに済むからな・・・」


光は爆発するように溢れ出し、風の刃が縦横無尽に飛び散る。直撃したレイスは細切れになり消滅していった。


メアもベヒモスから切り離され、魔力供給を絶たれたベヒモスも徐々に光の粒子となり消滅していく。


そしてメアは、腹部から下を失い、風の刃で左腕を切り裂かれる。身体中に切り傷を負いながらゆっくりと地面へと落下していく。


魔弾はシンに命中した後、効果が発動する前に、シンの体内にできた影を通り、メアの影の中へと進む。そしてメアの影から飛び出したと同時に効果を発揮していたのだった。


「あぁ・・・そうだ、思い出した・・・。俺は村のみんなを助けるために・・・サラを助けるために・・・」


与えられていた役割から解放されたのか、漸く本来の自分の気持ちを取り戻したメア。

しかし、時は既に遅く、ダンジョンの研究室で会った男との約束を果たすことができなかったことを悟る。


ただ落下するだけのメアの身体を、風の精霊がそっと抱きしめる。そしてメアと目を合わせると、優しく微笑み一度だけ頷くと、彼を大地へ運んだ。


地に降りたメアの元に、サラを抱えたミアが近づく。意識を取り戻したサラをメアの元へ下ろすと、ミアはその場から離れた。


膝をつき、メアに寄り添うサラ。


「サラ・・・、ごめん。 俺には・・・何もできなかった・・・、ごめん・・・」


サラは首を横に振ると、メアの手を取り、そっと彼の胸に手を添える。


「もういいの・・・、ありがとう・・・メア。 ・・・おやすみなさい・・・」


メアの最期の体力を、サラは回復のスキルによって減らし、彼に安息を与えた。


暗い雲に覆われていたエリアは、シルフの風により晴れ、メアとサラを明るく照らしだす。




【Mission complete】




シンとミアの見る景色に、クエストの完了を知らせる演出が現れた。

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