最後の召喚
メアに渾身の一撃を与えたシン。
しかし、彼からはまだ生命エネルギーのような、命の鼓動を感じる。
「・・・何故だッ!? 心臓を貫いているのにッ!!」
握る刀に力を込めるが、手応えは依然変わらない。よもや外してしまったのか、そう思わざるを得なかった。
「お前・・・、シーフではないな・・・」
メアの声を聞いて、彼がまだ死んでいない、生きているのだと実感した。それと共に焦りと混乱がシンの頭を駆け巡る。
「ウルカノに飛ばされた時・・・お前は地面に当たって飛び跳ねたのではなかったのか・・・。器用な奴だ・・・」
メアは話しながら、身体を貫く刀を握ると、バチバチとしたエフェクトが、傷口に走る。
シンは咄嗟に、刀から手を離し、得体の知れないソレから距離を取る。
後ろから突き刺した刀は、刺さった部分から脆く崩れ落ちた。同じく、前に突き抜けた刀身も、彼が軽く曲げると簡単に折れてしまった。
「首の傷といい・・・、お前一体何をしたんだ!?」
アイテムによる回復や、召喚士のスキルとは思えない。それともシンが知らないだけで、そのようなスキルがあるのだろうか。いずれにせよ今のシンに計り知れるものではなかった。
「レイスが動かなかったのもおかしい。アレは物理的なもので拘束することなど不可能だからな・・・。つまり魔力や特殊なエネルギーによる攻撃を受けていた」
追い詰めていたと思っていたが、メアは至って冷静だった。これは、いっぱい食わされた者が手の打ちようがないことを悟り降参する時の反応か、まだ力を残しており、それによる逆転が見込める余裕がある者の反応。
恐らくメアの場合、後者に当てはまるだろう。
シン達が知り得る情報は、彼が召喚士であることからモンスターの召喚や使い魔の使役を行うこと。下級モンスターの召喚も予想できたし、彼が“ウルカノ”という上級モンスターのアンデッドデーモンの召喚も予測できた。
唯一驚かされたレイスの存在も、シンの機転により一度は突破する事ができた。
だが、レイスがメアの奥の手であるなら、今あんなに冷静ではいられないはずだろう。
「下位クラスの連中とは何人も戦ってきたから、ある程度スキルや装備品を見れば予測がつく」
メアはゆっくりとシンの方へと振り返る。
戦いの最中とは思えないメアの所作に、シンの額からは雫が流れ落ち、思わず固唾を飲んだ。
「つまり・・・あの女と同じく、お前のクラスも上位クラスだということだ・・・」
見透かすような鋭い目つきが、シンに刺さる。
戦いにおいて、相手に自分のクラスがバレていないというのは大きなアドバンテージになる。
現にメアも、自分の持ち得る知識と経験でシンのクラスをシーフと読んで戦ってきた。
シンはそれを逆手に取り、シーフらしい行と、メアの目が届かないところでアサシンのスキルを使い、彼を翻弄してきた。
それ故にシンの戦略も悉く上手くいっていたに過ぎない。
しかし彼は疑問を持ち始めた。
シーフのクラスでは凡そ切り抜けられる状況ではなかったはず、自分の思っていた予測に過ちがあるということを。
これで彼は、シンの行動一つひとつに対し慎重に対応してくる。
何か隠し玉を持つメアに、警戒されるのはシンにとって極めて不味い状況になってしまった。
問題はメアが、シンの使うスキルの特徴やクラスに気づいているかというところにある。
「煙で上手く誤魔化したようだが・・・、それも最早どうでもいい・・・」
ゆっくりと辺りを見渡しなが、メアは両腕を広げる。それと同時に、足元に巨大な魔法陣が描かれ始めた。
今までの規模とは比較にならないサイズの魔法陣に、シンはゾッとした。
今までの召喚を思い返すと、魔法陣の大きさに合ったモンスターが召喚されてきた。この規模からすると巨大な身体に、膨大な魔力を要していることは想像するに容易いことだった。
急ぎその場から離れようとするも、召喚の衝撃に巻き込まれ、遠くまで吹き飛ばされるシンの身体は、石碑を砕きながら徐々にその速度を落としていく。
煙が少しずつ晴れていくに連れ、召喚されたモンスターの全容が明らかになっていく。
獣の如き巨大な体格を有し、禍々しくうねる角が顔の横から正面に向かって生えている。身体は筋肉質で前足は大きく膨れ上がっており、体毛は凶悪さを体現したかのように赤黒く染まっている。鋭く発達した牙や爪は天をも切り裂けそうな程だった。
その巨大なモンスターは、獲物の匂いを嗅ぎつけ、シンを見つける。
「あ・・・あぁ・・・、あれは、ベヒモス・・・」
ベヒモスとは一般的に、旧約聖書などに神が創り出した陸に住む巨大な怪物として記されている。“完璧な獣”や“獣王”などとされることが多く、性格はいたって温厚だった。
しかし、その後の伝承やフィクションでは悪魔として言い伝えられることが多く、シンがこの巨大なモンスターに対して感じたイメージも、そういった創作物による影響が大きいだろう。
ベヒモスの足元にメアの姿はない。
召喚を終えた彼は、ベヒモスの背中に半身が一体化した状態でいた。強大な力故、直接魔力の供給をしているのだろう。
ただそのことから、完全にはベヒモスを使役できていないようだった。流石の彼でも魔力が足らずあのような状態になっている。本来ならば、今までのモンスター達のように、遠隔からの魔力供給で済むはずだ。
だがこれは幸か不幸か、ベヒモスの背中まで上りつめなければ、メアを直接叩くことが出来ないということでもある。
絶望的な状況だった。
既にシンには、戦闘開始時のような体力は残されておらず、ダメージも蓄積されている状態で、メアの最後の召喚であろうベヒモスを相手にするなど、到底できるはずがない。
そして煙が晴れた時、視界の奥で倒れるミアの姿がシンの目に飛び込んできた。
「ミ・・・、ミアッ! そんな・・・」
ミアの体力はなく、彼女の身体もアンデッド化の影響を受けているため、蘇生も回復も不可能な状態にある。
「これ程までに強く・・・なっていたのか・・・」
村の話を聞いた時から、ある程度歳月が過ぎており、レイスのような新たな能力の成長は予測できたが、こんな強力な召喚まで出来るようになっているのは、あまりにも早過ぎる。
「これは奴らに与えられた力じゃない・・・、俺はただ事が起きる前のあの頃に戻りたかった。その一心で身につけた力だ・・・俺の想いが形になった姿だ!」
メアの言葉に呼応するようにベヒモスが咆哮する。
「想いが・・・、形になった? ・・・お前の想いはそんなにも悍ましいものなのか? そんなにもドス黒いものなのかッ!?」
昔の村のことは知らない。そこにどんな人達がいて、どんな暮らしがあったかなどシンには知る由もない。
だがそんなシンでも、本当のメアがそんな人物ではないことぐらい、彼を慕うサラやウルカノを見ればわかることだった。
「お前の心は、奴らの力に侵食されている。
お前を慕う者達の想いが、そんなドス黒いものなはずがないッ!」
「黙れッ!! 俺はこの力で終止符を打つ!お前を倒し、村の者達を解放するッ!」
満身創痍の身体を奮い立たせる。
例え勝算がなくとも、希望の光がなくとも、サラとした約束遂げる為に、シンは何度でも立ち上がる。
勢いよく大地を蹴り、飛びかかるベヒモス。
シンはできる限りの力を捻り出すと、横へ飛び出し全速力で走りだす。
巨大なベヒモスの身体が宙を舞いながら飛んでくる。まるでスローモーションのようにシンには見えたが、その実いくら走ろうとも着地の衝撃から逃れられる範囲にまで到達できない。
限界を悟り、ベヒモスの着地の寸前にシンは大きく前へと飛び込んだ。その先にスキルで作った影の中へと飛び込み、吹き飛んでくる瓦礫の第一波をやり過ごす。
しかし、着地の衝撃はあまりに大きく、瓦礫や倒木は吹き飛び、大地は津波のように辺りへと押し寄せる。
スキルの効果時間を過ぎ、地表へと追い出されると、シンは身体を反転し、残りの小さな瓦礫や土塊を短剣で弾きながら、衝撃のなるべく外を目指す。
だがシンの努力も虚しく、土砂の波はあっという間にシンを飲み込み、押し流した。
巨大であることはそれだけでステータスだ。
これは現実世界でも同じことで、高身長であることや骨格そのものが大きいことは、スポーツにおいて、それだけで他の者との差を生む。
それは生まれながらにして与えられるもので、覆しようのない差であり平等ではないということを、叩きつけられているようでもある。
意識が朦朧とする中、何とか立ち上がろうとするシン目掛けて、ベヒモスは大きく前足を振り抜く。
咄嗟に武器を構え防御するも、その防御は意味をなさず、無情にも吹き飛ばされる。
「ダメだ・・・避けることさへ出来ない・・・」
まだ意識があるのが不思議なくらいだ。
これもアンデッド化による影響だろうか、痛みに鈍感になっているおかげで、首の皮一枚で何とか生きている。
だがこれ以上はもう。
「移動するだけでこれだ。・・・もう、諦めろ」
倒れるシンの元へゆっくりとベヒモスが歩いてくる。一歩歩くたびに地響きで辺りが揺れ、死への足音が近づいてくる。
ベヒモスは、その禍々しくうねった角で器用にシンを持ち上げると、上空へと放り投げ、前足を振り抜く。
防御する力も残っていないシンの身体は、轟音と共に宙を舞う。最早これまで、このまま地面に打ち付けられるかと思ったその時、シンの身体を受け止める何者かの姿がそこにあった。
「ぁ・・・なん・・・で・・・?」
瀕死のシンを受け止めたのはウルカノだった。地上からダンジョンを抜け、漸くたどり着いた。傍らにはサラもいる。
「シン! 大丈夫!?」
ウルカノはゆっくりシンの身体を地面に寝かせる。サラが心配そうにシンの顔を覗き込む。
「増援か? ・・・あ、あれは!アンデッドデーモン! 奴も召喚士なのか?」
メアはあれが本当の相棒である“ウルカノ”であるということを理解していないようだった。
呪いをかけられ、駒としての役割を受け入れた彼は徐々にその役割に染まり、ボスとしての“メア”へと変わっていったのだ。
それ故、大まかな村を救うという目的こそ残っているものの、記憶の一部が失われていっていた。
「お、お願い! ・・・シンを、助けて!」
サラはシンの胸に両手をかざすと、あの夜芽生えたスキルを使う。
「馬鹿めッ!トドメを刺すつもりか? そいつはアンデッド化しているんだぞ!」
メアの言う通り、シンはアンデッド化の影響で回復の一切を受け付けない身体になっている。
「ぐッ! ・・・あぁあぁぁッッ!」
案の定、シンは激しい苦しみ方をしている。
「まとめて吹き飛ばしてくれる」
ベヒモスが戦闘態勢に入る。
しかし、その前にはウルカノが立ちはだかっていた。
「ジャマ ハ サセナイ! メア!」
一瞬メアは、何故自分の名前を知っているのだと疑問に思ったが、村人達を救う目的を目の前にして、迷いはなかった。
「お前にベヒモスが止められるのか?」
笑みを浮かべるメアに、目の前にいる者がウルカノであることや、側にいる少女がサラであるという認識はなく、衝突は避けられなかった。
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