ミア
ウルカノはサラを肩に乗せて走る。
しかし、どうやら目的地は墓地ではないことにサラは気がついた。
「墓地に・・・行くんじゃないの?」
サラはシン達を送り出した、墓地にある近道を行くものだと思っていた。そこでウルカノは教えてくれた。
メアが作ったボスエリアへの近道は一度使うと、中で起きている戦闘が終わるまで再出現しないのだと。なので行ったところで近道はないうえに、そもそもウルカノの身体ではあの通路を通ることはできない。
そこでウルカノは、サラに同行しながらボスエリアを目指せる正攻法を選んだのだ。時間は掛かってしまうが、道中のモンスターはウルカノなら難なく倒せる。
サラはウルカノの考えを理解し、二人は鉱山のダンジョンへと向かう。
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ミア 本名 御巫(みかなぎ) 燦渚(あきな)
彼女は幼少の頃、父親の浮気が原因で両親が離婚し、母親がミアの親権を取ることになる。これは母親の強い希望でもあり、父親もそれを拒むこともなかった。
母親は、まだ幼いミアを一生懸命育てた。
昼夜問わず働き、ちゃんと学校にも通わせてくれたし、常に明るく彼女を育てた。
辛い時や苦しい時もあったが、順調にミアも成長し高校生になると、卒業後の進路について問われた時、ミアは働いて苦労をかけた母親を手助けしたいと言ったが、母親はそれを拒んだ。
自分たちの都合で、子供の将来の幅を狭めたくない、やりたい事をやって幸せになってくれることが、何よりの恩返しだと母親はミアに笑って話した。
彼女もそんな母親の想いに答えるように勉強し、一流の大学へ進学した。それからも彼女はバイトをしながらも努力し続け、大手の会社へと就職すると一人暮らしを始めた。
彼女の成功に母親も泣いて喜んでくれた。
スタートこそ困難ではあったが、ミアの人生は順調に進んで行き、輝かしい未来が待っていると誰もが思った。
しかし、彼女の人生の歯車は、ここから大きく狂い出していく事となる。
ミアは新入社員の中でも、取り分け仕事が出来た。その上容姿も端麗だったため、役員達にも気に入られていた。
そのことが、同期や上司の女性達から大いに反感を買ってしまうことになる。
初めは、本人にも聞こえるような陰口から始まった。毎日のように同僚や上司から陰口を言われるようになり、次第に直接的な言い方をされることも増えていった。
その後は物への攻撃が始まる。
所有物がなくなっていたり捨てられていたりし、ロッカーに悪口を書いた張り紙が貼られていた。
仕事で使うパソコンのデータがいじられていたり、会議で使う資料などがなくなっていたりもした。
そんな日々が続いたが、勿論母親に言えるはずもなく、誰に相談することもなく、ただ我慢していた。いずれ飽きてやめるだろうと。
ある時、半ば強制的に参加させられた飲み会で、男性の役員から声を掛けられた。
君が社内で何か良くないことをされているのは知っている。私に気に入られれば守ってあげられるし、良い立場にもしてあげられる。
だから、わかっているだろ?と、ニヤケて言ってくるのだ。
ミアはそれを遠回しに断った。
会社でのイジメはその後もエスカレートし、上司から仕事を押し付けられ、夜中まで残業する毎日だった。
ミアは意を決して、そのことを役員に相談した。彼女だけでは手一杯で、会社としても非効率になってしまうだろうと思ったからだ。
しかし役員は、
「君の上司は君に任せた方が効率的だと思ったから任せているんじゃないか?現に君は期限までに仕上げてるじゃないか。君の上司は部下達の能力をしっかり把握していて素晴らしいじゃないか」
などと言い、飲み会でのことを根に持っているようだった。
誘いを断るからこういう事態になったんだぞと言わんばかりだった。ミアの上司にも、役員達の誘いを受け今の地位にいる人間が何人もいる。
身体を売り、地位を上げ、出る杭は打ち、邪魔をさせない。そんな縮図がここにはあった。
ミアは分からなくなっていた。
自分が今まで頑張ってきたのは、いい会社に就職していいお給料を貰って、母親に恩返しをして安定して暮らす。趣味の合う優しい人と出会い結婚し、子供が生まれて家族になる。
そんな、どこにでもある普通の人生を望んでいたはずなのに。どこで間違えてしまったのだろう。
ミアは会社に退職願を提出した。
暫くして彼女は今の会社を退職すると、再び就職活動を始める。ミアの経歴は、それだけを見れば輝かしいものだったので採用してくれる会社は多かった。
しかし、ミアはどこの会社に就職しようと長続きはしなかった。どこの会社も、変わらなかったのだ。場所と人が変わっただけで、社会で生きる人間達の欲は変わらず、形を変えて彼女を襲った。
そしてまたミアは会社を辞め、就職への意欲がなくなっていった。家にいることが多くなり、食事もろくに喉を通らず、夜は眠れぬ日々が続いた。
ミアは実家に帰ることを決めた。
母親には今の自分の状況を全て話そう、そして地元でもう一度立ち直ることができるかもしれない。
学生時代まで過ごした懐かしの家へと帰ってきた。母親はどんな顔で迎えるのだろう、少し不安もあったが、懐かしい街並みや家の雰囲気が彼女の心を穏やかにしていた。
インターホンを鳴らすミア。
しかし、何度鳴らしても母親は出てこない。近所の人がミアの姿を見ると、話しかけてくれた。
どうやら母親は今朝、病院へ連れていかれたらしい。何でも近頃の母は物忘れが激しくなり、おかしな行動をとるようになったのだという。
心配した近所の人が警察に連絡したのだ。
ミアはどこの病院かを聞くと、急ぎ母の元へと向かった。
病室で母親を見つけ声をかける。
「お母さん・・・」
しかし、帰ってきた返事にミアは衝撃を受けた。
「ごめんなさい・・・、どちら様だったかしら・・・?」
「何言ってるの・・・? 私よ、娘の燦渚よ」
ミアの母親は、娘のことを覚えていなかった。近くにいた看護師の女性が教えてくれたのだが、どうやら母親は認知症を患ってしまったらしい。
ミアは愕然とした。唯一信頼をおける、最も頼れる人が、自分を誰とも分からなくなってしまっていたことに。
どうしたらいいのか分からない。世の中から完全に孤立してしまったミア。行くあてもなくただ彷徨い、夜の誰もいなくなった公園でベンチに座ると、今後の事や今までのことを考えてしまい、子供のように声を出して泣いた。
何度か死ぬ事も考えたが、その度に母親の姿を思い出し、思い切ることができなかった。
多くは望まないし、幸せでなくてもいい。
ただ普通に生きたい・・・。
お願いだから、誰でもいい・・・助けてほしい。
気がつくとミアは、一人暮らしをいている家に帰ってきていた。会社に関わる物を片っ端から壊し、捨てた。
パソコンにあるデータを消していく途中、一通のメールが目に入った。
「ファンタジーの世界で新たな人生をおくりませんか?」
巷で人気のVRゲームの広告。
作り物の世界で送る人生に何の意味があるのかと、ミアはメールを消した。
後日、ミアの家にVRセットの宅配が届く。
何を思ってか、無意識に彼女はネットショップで買っていたのだった。
自分でも馬鹿げているとミアは分かっている。それでも手は動き、ゲームの準備をすると、キャラクターを作り、ファンタジーの世界へ入っていった。
そこで見る世界はとても綺麗で、街に生きる人々は本物のようによく喋り、優しく接してくれる。
ミアはすぐにその世界の虜になった。
綺麗で美しく、楽しい時間が永遠のようにゆったりと過ぎていく。その世界はまるで夢のようで、ずっと酔いしれていたいとさえ思う程だった。
現実の世界で忘れていた、楽しい時を体験し、小さな幸せでもあれば私は変われたのだろうかと思い、ヘッドセットの隙間から涙が溢れた。
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ミアは首を絞め上げられながらも、手元で拳銃に銃弾を込める。その銃弾は彼女の特製で、あまり見たことがない形をしていた。
弾丸の先端は八つの閉じた鉤爪状になっており、真ん中には空洞がある。
「これは・・・アンタみたいなデカブツ相手に・・・もってこいの弾だ・・・。 着弾時に・・・弾頭の鉤爪が開き・・・体内を剔りながら進む・・・」
弾のリロードを完了するミア。
アンデッドデーモンは依然、力を緩めず締め上げている。
「メア・・・、アタシはアンタが・・・羨ましいよ。 ・・・命を懸けてまで守りたい過去がある事が・・・、アタシの振り返る過去には・・・何も無い」
トリガーに指をかけ、銃口をアンデッドデーモンに向ける。
「だが! アタシが守りたいのは“今”だッ!・・・やっと手にした“今”なんだッ!」
体力はお互いに残り僅か。
どちらが先に事切れるかの勝負。
「過去を守りたいアンタとッ! 今を守りたいアタシッ!! どちらが未来まえに進めるか・・・、アタシだって懸けてやるよッ!この命をッ!!」
トリガーを引くミア。
銃口から発射された弾は、間も無くアンデッドデーモンに命中する。
銃弾は身体に入って行くと、弾頭に構えた鉤爪を開き、肉を裂きながら進む。まるで鋭く研ぎ澄まされた悪魔の牙で、身体の肉を貪るように食い破る。
それを休む暇なく一発二発と、込められた分を自らの想いと共に相手に撃ち込んでいく。
悪魔の弾丸が徐々にアンデッドデーモンの腹部を食い破り、次弾がそれを押し込んで行きながら光を求めて進む。
そしてそれが光に到達した時、アンデッドデーモンの上半身と下半身は、腹部を境に離れていった。
下半身は後ろに倒れ、上半身はそのまま地に落ちる。
ミアの腕も既に銃を撃つことさえできなくなっており、下へダラリとぶら下がっている。
ミアはその場に立ち尽くすように降ろされ、アンデッドデーモンの手は、力無くその身体から離れて落ちた。
意識を失ったまま暫く立ち尽くすミアだったが、徐々に態勢を保てなくなりグラグラと揺れ始め、膝からガクッと地につき、遂には倒れた。
それと同時に、ミアの体力はあるのか無いのか分からなくなった。
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