双方の戦い

エリアは先ほどまでとは打って変わり、随分とモンスターが減った。倒しても倒しても湧いてきていたアンデッド達の勢いが急激に落ちた。


「行け!」


メアが合図を送ると、アンデッドデーモンはミアに向かって走り出す。


「その悪魔は・・・」


「あの時・・・、死際で手に入れた力、レイスだ。奴との戦いで自分の無力さを思い知らされた・・・。だが、全てが無駄だったわけではない。あの戦いで俺は成長したんだ。・・・奪われたモノに比べれば小さな見返りだがな」


シンの周りに黒い靄が現れ、再びモンスターが湧き出す。しかし、先程のような大群ではなく少数の小隊くらいの規模だった。


「だが何もかももう遅い。俺はどの道助からないんだからな・・・。お前達は十分条件を満たす相手だろう。これで終わらせるんだ・・・ッ!」


モンスター達が雄叫びを上げて、シンへと向かってくる。




アンデッドデーモンはあっという間にミアの元まで辿り着いた。そして直撃すればタダでは済まないであろう拳をミアへ振りかざす。


ミアは機動力に長ける二丁拳銃に武器を切り替え、次々に放たれる拳を紙一重でかわしながら、隙をみて銃弾を打ち込んでいく。


大したダメージにはなっていないものの、一方的な状況に堪らず距離を取るアンデッドデーモン。そして、ミアに向け手をかざす。


何かの予兆と察したミアも一度距離をあけ、敵の攻撃に備えリロードを済ませながら、相手の出方を伺う。


ミアの周囲に黒い靄が現れ、彼女を取り囲むようにその範囲を拡大していく。咄嗟に靄から逃れるように距離を取ろうとするも、逃げ道はなく、視界も聴覚も奪われ真っ暗な空間に引きずり込まれる。


「・・・幻覚かッ!」


ナイフを取り出し、腕を切りつけて幻覚を解こうと試みるミアだったが、幻覚から覚めることはなかった。


「ダメージ量が少ないのか・・・?」


今度はハンドガンを取り出すミア。

一度深呼吸をし、意を決したように躊躇いなく自らの腕を撃ち抜いた。すると靄は徐々に晴れていった。


しかし、元の戦場に戻ったミアの前にはすでにアンデッドデーモンの姿はなかった。


背後からの殺気に気づき、咄嗟に後ろを振り返る。既に拳はミアに向けて放たれているところだった。


ミアは振り返る勢いのまま、回し蹴りで拳の軌道をズラすと、ガラ空きになった身体にショットガンを撃ち込んだ。


流石のアンデッドデーモンも至近距離から放たれた散弾をもろに食らい、呻き声を上げながら一歩二歩と、傷口を抑えながら後退する。


ミアは空かさずショットガンをリロードすると、もう一発撃ち込むミア。しかし、今度はかざした手から現れた黒い靄によって銃弾は飲み込まれてしまう。


素早い動きでその場から離れようとするアンデッドデーモン。畳み掛けるようにショットガンのマガジンが切れるまで撃ち尽くすが、命中はせず、距離を取られてしまう。


アンデッドデーモンは距離を空けると、エリアに湧いたゾンビやスケルトンを掴み、次々にミアへ投げてきた。


暮石や木々の陰に飛び込むようにして移動していくミア。次々に飛んでくるモンスターがミアの隠れる暮石や木々を悉く粉砕していく。


そしてある一本の木の裏に隠れるミア。

今度はアンデッドデーモン自ら距離を詰めると、ミアの隠れる木へ向かう。


アンデッドデーモンは大きく両腕を広げると、木ごとミアを抱きしめるようにして、締め上げる。


「ぐッ・・・! あぁぁぁあぁぁぁッ!」


苦悶の表情を浮かべるミア。

一緒に締め上げられている木がミシミシと軋み、その形を歪めていく。




シンは、メアの周りを回るように石碑や木々の物陰に隠れて動きながら、始めに仕掛けたロープのトラップを、あちこちに張り巡らせる。


しかし、モンスター達の数が多くない分、多少の足止めは出来ても、あまり有効的ではなくなっている。


「無駄だ。最初の時のようなことをしようとしても同じ手には乗らないぞ」


メアもシンの動きを目で追っている、それと同時に背後に構えるレイスがメアの死角を守っていて隙がない。


近づいてくるスケルトンを倒しながら、落とした武器をメアに向かって投げるが、メアの背後にいるレイスによって弾かれてしまう。


近接による攻撃を試みようと、メアに近づくシン。その時、シンは足を掴まれた。それはメアの背後にいるはずのレイスの腕だった。


骨の腕に掴まれ転びそうになるが、咄嗟に手にしていた短剣を腕に投げ当てると、その姿を消した。


そのまま手をつき一回転するも、足が縺れて着地に失敗する。


「・・・?」


シンは掴まれた足に違和感を感じた。

本来なら失敗するようなことではなかったはずなのに、イメージ通りに足がついてこなかったのだ。


足の違和感に気を取られているうちに、ちかくにまで来ていたスケルトンが剣を振りかぶっていた。


急ぎ態勢を整え、バックステップで剣の間合いから外れようとするが、思った位置にまで到達出来なかった。直ぐ様避けることを諦め、回し蹴りで剣をはたき落としてから距離を取る。


「能力の低下か・・・?」


足の違和感はなくなっていた。

だが、レイスの腕に掴まれてからしばらくの間、アサシンの命とも言える機動力が、著しく低下していた。


メアは広角を上げる。

どうやらレイスに掴まれると、能力を低下させられるらしい。そして厄介なことに、能力の低下は近づかなくとも行えるようだっった。


「レイスの射程範囲内なら、身体の部位を好きな位置に出現させられるんだよ」


得意げにメアは、レイスの能力を説明した。

それだけ余裕があるということが伺える。


シンの横から拳が飛んでくる。

一瞬気づくのに遅れたシンはガードを弾かれ吹き飛ばされる。石碑にぶつかり勢いは止まるものの、いいダメージを貰ってしまった。


「少し・・・食らい過ぎたか」


今までに受けた分のダメージを回復しようと、自身に回復薬を使おうとする。しかしシンは、回復するどころかダメージを受ける。


「うッ! ぁぁああッ!?」


焼けるような音と共にシンの身体から湯気が立ち込める。


「ふふっ・・・・、ハハハハハッ!」


企てていた企みが、物の見事にハマったかのように笑い出すメア。


「同じだ、みんな同じヘマをする。 自分がアンデッド化していることを忘れたのか?」


シンは村の側の家屋で起きた出来事を思い出した。朝目覚めると、ミアがサラを押し倒し銃口を向けていたこと、そして自分達がアンデッド化していたことを。


「お前達はこの戦闘中、回復が一切出来ないんだ。そうとも知らず、大分食らってから回復しようとしたみたいだが・・・もう手遅れなんだよッ!」


戦いに集中し過ぎていて、自分がアンデッド化していることを忘れてしまっていたシン。メアの言う通り、かなり厳しい状況に立たされてしまった。


作戦を改めなければならない。暫く考えたシンが次にとった行動は、始めに仕掛けたロープのトラップや木々に、村で集めた布を括り付けることだった。


「何のマネだ。目隠しのつもりか?」


ロープに括り付けられた布によって、地面にいくつもの揺らめく影が出来上がった。シンがまだメアとの戦いで優位に立てる要因、それは彼がまだシンのクラスに気づいていないことにある。


しかし、もしクラスのことがバレれば影に警戒されてしまう。何とか悟られることなく戦闘を終われせたいところだ。


下準備が整ったシンは、次に煙玉をいくつか取り出すと、メアを中心として、広範囲に煙幕を焚く。


「どこから攻撃してこようが無駄だ。レイスの守りは鉄壁だぞ」


シンは投擲武器をメアに直接投げたり、影の中を通し変則的に投げたが、彼の言う通り、背後のレイスによって悉く弾かれてしまう。


だが、これならどこからともなく現れるレイスの腕による攻撃を受けずに済む。


そして、これもシンにとっての布石でもあった。


シーフやアサシンなどのクラスは、夜や霧などで見通しの悪いところでも見えるようになるパッシブスキルを保有しており、煙玉による煙幕の中でも、シンにはメアとレイスの動きが見えている。


そしてシンが狙ったのは、飛び交う武器を弾き、レイスがメアの元を離れる瞬間だった。


煙幕の中、シンは張り巡らされたロープに括り付けられる布が作り出す影と辺り一帯にある石碑や木々の影から、無数の影を伸ばし、レイスの影に繋ぐ。


このスキルは、繋ぐ影の数が多ければ多いほど拘束する力が増す。そのことは、このスキルに目覚めた時、無数に押し寄せるアンデッド達を繋ぎ合わせた時に確認済みだった。


影を繋ぎ合わせ、目標を拘束することから、シンはこのスキルを“繋影けいえい”と名付けた。


煙幕の中、一方的に見える状況下。

シンは手に持った短刀を逆手に持つと力強く握り締めると、投擲に力を集中させる。


極限まで溜めたその短刀を、メアに目掛けて撃ち放つ。それは宛らレーザービームのように素早く精密に、メアの首に再び突き刺さる。


「なッ・・・! なぜ・・・、レイ・・・ス・・・?」


後ろを振り向くメア。

そこには身動きが取れず、その場に留まるレイスの姿があった。


そして、そのレイスの背後から、青く燃え盛る炎を突き抜け、勢いよく飛び込んでくるシンが、握りしめた刀でメアの心臓を貫いた。





圧倒的な力で締め付けられるミア。

攻撃に耐えながらも、手元で銃に調合で作った特製の弾を込める。


パルディアの街でミアが作っていたのは、様々な敵に有効な弾の数々だった。そして、今まさに込めているのも、その作品の一つ。


「離せよッ・・・、バケモンがッ!」


ミアを締め上げるその太い腕に、同じ箇所に連続して銃弾を打ち込んでいく。銃弾が銃弾を押し上げ、アンデッドデーモンの腕を貫通し、ミアの身体に当たる。


だが、その代償に拘束から逃れることができた。むせ返るミア。


直ぐ様、前方に飛び込むように回転し、何か粉状の物を詰め込んだ袋を構えて、アンデッドデーモンの方向へ振り返る。


一つ、二つと袋をアンデッドデーモンに向けて投げる。そして直ぐ様ショットガンを装備する。


「吹き飛べッ!」


そういうとミアはショットガンのトリガーを引く。しかし、砲身から放たれたのは散弾ではなく、ドラゴンのブレスのように猛々しく燃え盛る炎だった。


ミアが特製のショットガンに詰めていたのは、マグネシウムのペレットと破片でできた弾だった。それを発砲すると、マグネシウムが砲身を通る際に空気中の酸素と激しい反応を起こすことで、火炎のような火花が散る。


そしてそのブレスは、アンデッドデーモンへと投げつけられた袋に引火すると、激しい爆発を起こした。


袋の中身は、村で掻き集めた酸化した鉄を粉状になるまで粉砕した物と、アルミニウムの粉末だった。


これはテルミット反応と呼ばれるもので、金属酸化物と金属アルミニウムの粉末を混合したものに点火することで、アルミニウムは金属酸化物を還元しながら熱を発する、その際に爆発が起こるというもの。


爆発はみるみるアンデッドデーモンを飲み込んで行く。だが、アンデッドデーモンは爆炎の中を突っ切ってミアの元へと飛んでくると、首を掴み上げた。


「ぐッ! ・・・まだ、やろうってのか・・・ッ!」


アンデッドデーモンも満身創痍だった。

ミアに撃ち抜かれた腕は、爆発を防ぐ盾にした際に使い物にならなくなっており、その身体は炎で焼かれている。


ミアの体力が徐々に減り、死へのカウントダウンを始める。






その頃、地上ではゲストとしてパーティに加入していたサラが、ミアの身に起きている事態に気づいていた。


「ミア! ・・・ミアが・・・死んじゃうッ・・・!」


ミアの危機に、墓地へと向かおうとするサラ。しかし、ウルカノがそれを制止する。二人にサラを守るように頼まれているウルカノはサラを戦場へ向かわせることはできない。


「サラ!」


「ミアは・・・、私を・・・助けてくれたのッ! お願いよ・・・ウルカノ・・・、私も力になりたいの! 見ているだけなんて・・・もう嫌なの!」


目に涙を浮かべながら訴えかけるサラに、ウルカノは何も言うことができなかった。


サラも村の崩壊をずっと見ていた。小さい彼女はただ怯えることしかできなかった。そして彼女を守るように父が、母が、メアが・・・。次々に失っていくのをただ見ていることしかできなかった。


サラは再び失おうとしている。それをまた見ていろだなんて、とてもウルカノには言えなかった。


「・・・ワカッタ。 デモ、オレモ イク」


「うん! 助けにいこう!」


サラは今までになく強い目をしていた。

そして二人は、シンとミア、そしてメアがいる戦場へと向かう。

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