孤立

人が外に出て横たわっている光景が、異様な空気を漂わせる。


家屋は燃え尽き黒い炭に変わり果て、村に元の形を保っている物が見当たらない。


地に付す村の人々の悲観の涙のような雨が、村を覆っていた狂気の炎を鎮め、雨粒の降り注ぐ音だけが村にこだまする。


事態の元凶であった男の姿は既になく、それと対峙していたメアの身体からは、戦いで負ったはず傷がなくなっていた。


「・・・」


冷たく降り注ぐ雨がメアの思考を、冷静にし落ち着かせる。


自分でも驚くほど静かな気持ちで目覚めるメアは、村の様子から事態を察したが、不可解な事が1つある。


死に至る程の傷を受けたはずだったが、メアの身体からは傷がなくなっている。


「何故・・・俺は生きているんだ」


熱いものが目に込み上げてくる。

メアはサラとの約束を思い出していた。


家族を救うと約束しておきながら、叶えることのできなかった自分の不甲斐なさに、力の無さに、メアの頬を雨の雫か何かが頬をつたう。


メアは立ち上がりマクブライド家があった場所へと歩みを進めるが、その足取りは重く悲壮感に満ちていた。


帰ったところで決して明るい結末などあり得ぬと分かっているからだ。それでもせめて家族の元へと足を動かす。


家屋は既に原型を留めておらず、メアが村に帰って来た時よりも崩壊が進んでいた。


あの時、マーサさんがサラを庇っていた時の映像が蘇る。


真っ黒に燃え尽きた家屋を進み、記憶の場所へ向かう。


そこには煤を被り、あの時のまま姿を変えずその場にあり続けていた。


「・・・っ! マーサさん・・・」


ゆっくりと歩み寄るメア。

床の上を崩れそうな音を立てながら歩き、マーサさんに近づくと、静かに膝を折る。


蹲るその身体に触れようとした時、予想だにしない出来事がおきた。


見間違いかもしれない、だが確実にメアの瞳には何かが動いたように見えた。


それがマーサさんなのか、または別の何かなのか・・・。


「うぅ・・・っ」


その声は明らかに、今メアが触れている人の声だった。 聞き間違えようのない、家族の声。


「マーサさん!?」


何か違和感を感じつつも、目の前の可能性に縋りたくなる。


雨がこぼれ落ちる家屋の中、真っ黒に焼け焦げた部屋で蹲るマーサさんの肩をガッシリと掴む。


身体を仰向けにしようとマーサさんを起こそうとすると、突然その身体は呻き声を上げながら動き出した。


「あああぁぁぁっ!」


目に瞳は映らず白目を向き、まるで獣のように開かれる口には牙を覗かせ、皮膚は灰色に変色していた。


その異常な状態をメアは知っていた。


「ア・・・アンデッド」


マーサさんはアンデッドとして、変わり果てた姿で動き出した。


「そんな・・・、どうして」


怪しく光を放つ眼光に呻き声を上げる彼女に、尻餅をつきずりずりと距離を取ろうとするメア。


「そうだ、他の人は!?」


マーサさん1人だけがアンデッドになっているとは考えづらい。 メアは直ぐに家を出ると村の中へと飛び出していった。


辺りを見渡すと、比較的近くにいる村人は微かではあるが動きを見せ、遠くに見える村人には動きはない。


何か条件のようなものだろうか、それかやられた時間に関係しているのだろうか。周囲を確認しながら村を走り回ると、徐々に村人たちが動き出す。


「あぁ・・・、み・・・みんな!」


彼女の時と同じだった。村の皆も同じく呻き声を上げ、アンデッドの姿へと変わり果てていく。


メアは1度村から離れる事にした。


村に起きている異変も気になるところだが、メアには1つ気がかりな事があった。


それは、サラの安否である。


あの時、確かにサラは村を出て行ったが、正直なところサラが村にたどり着ける程の時間稼ぎができたとも思えないし、仮にサラが村までたどり着き誰かに助けを求めたとしても、見逃すような相手だったろうか。


それに対峙したからこそわかる事だが、あの男に渡り合える程の実力者がパルディアの街にいるだろうか。


それどころか、この世界にあの男以上の実力者が何人いるだろう。


実際のところメアとの戦闘であの男はスキルを使ったのだろうか。素の状態の格闘戦だけで、手も足も出なかったのだから。


村の人のことは現状、状況が分からない上に解決策が思い浮かばない。それなら、まだ可能性がわずかでもあるサラの安否の確認をした方がいいとメアは考えた。


自分だけが助かってしまった事や、村の人を置いて逃げるような罪悪感が、メアの身体にしがみ付く怨霊のようにまとわりついて、足取りが重くなる。


苦しい気持ちを抑え、サラが無事である事を祈りながら哀愁の雨の中、ぬかるんだ道を力一杯走った。


道中、襲いくるモンスターに目もくれずひたすらに街へ向かう。 その間、いろんな思想が頭の中を駆け巡っていた。


サラが無事だったとしても合わせる顔がない。約束も守れず自分だけのこのこと現れて、きっと恨まれてしまうのだろう。


それに無事じゃなかったとしたら・・・。

そんな結末を目の当たりにして、このまま生きていくことができるだろうか。


サラが無事でも無事じゃなくてもメアにとって心に重たい陰を落とすかもしれない。


そんなメアの心境を写したような雨空の中、ダステル村周辺エリアからパルディア周辺エリアへの境界辺りにまで来たところで、異変は起きた。


遠目からだが、エリアの境目に結界のようなものが見える。


近づいてその結界に触れてみると、より濃く見えるようになりまるで壁のようにメアの行く手を阻んでいた。


「なんだ・・・、これは?見たこともない。もしかして出られない・・・のか?」


他に抜けられるところはないかと、手をつきながら外周を回ってみることにした。


しかし、ゆけど行けども結界は続き、どうやらダステル村エリアはこの結界によって囲われてしまっているのかもしれない。


「あの男の仕業か・・・、だが何故?」


エリアごと鳥かごのように囲い何が目的なのか。誰かを出さないためか、外部からの干渉を避けるためなのか。


内部から外に出さない為だとしたら、それは恐らくサラのことか、村から逃げ出した者、或いは生き残りを閉じ込めておくため。


外部からの干渉を避ける為だとしたら、何があの男にとって不都合なことなのだろうか。


あれほどの者が、個人を特定されるような証拠を残すとも思えないし、例え冒険者や援軍を呼ばれたところで、あの男が倒される絵が思い浮かばない。


と、するとやはり内部の者を出さない為だろうか。 それならサラが結界内にいる可能性がある。


「サラ・・・、この中にいるのか?」


出られないのなら今やるべきことは、サラが結界の中にまだいるかもしれないという可能性を探ること。


エリアはそこまで広いというわけではないから、何十日とかかるものでもないだろう。


サラは戦えないのにこんなところにいて大丈夫だろうか。 自分が何日気を失っていたか分からないのがメアの不安を煽る。


何日もこの中を子供が逃げ回れるとは考えづらい、探すなら早くしなければ。


メアは視界に入る範囲を虱潰しに回りながら、来た道を戻る事にした。


その途中、メアはあり得ない光景を目撃する。


ダステル村周辺エリアから出ようと走るメアを追うように向かってきていたモンスターが、なんとアンデッド化していたのだ。


「なんだ!? 何が起きてる!?」


身体を腐敗させ、奇声を上げているモンスター達、一体何が原因でこんな事になっているのか。


まるで村で起きていた出来事を見ているようだった。


だが、おかしな点がいくつかある。

それは、メアがエリアの境目に向かっている間に出会ったモンスター達は通常の状態、つまりアンデッドではなかったのだ。


そしてもう一つ村での出来事と違うところは、村人は死んでいた、或いは瀕死の状態からアンデッド化していたのに対し、このモンスター達は生きていたということ。


エリア内にいる生き物達の間に、アンデッド化する速度に違いがあるのは何故だろう。


エリア一面がアンデッドになる何かで満ちているのか、村を中心に広がっているものなのか。


考察をしている途中でメアは、ハッと気がついた。 じぶんの身体はどうなっているのかという事が不意に頭の中をよぎった。


直ぐに自分の手や腕、足や身体を確認してみる。だが、身体は色白くはあれど腐敗などの異変は見当たらず、考え事ができていること、そして喋れていることからも、とてもアンデッド化しているようには思えない。


村人やモンスター達はアンデッド化しているが、メアだけが正気を保ちアンデッド化していない。


「俺だけアンデッドにならないのは何故だか?」


他の者と違うところがあるとするのなら、メアは冒険者であることぐらいだろう。


結界の中で起きている不気味な出来事に恐怖を感じたが、それよりまずできる事を1つずつしていくことが先決であると、わからない事を考えるのは後にしてサラを探す事にした。




何日経っただろうか。

ひたすらエリアの中を、モンスターの避けながら歩き回ったが、サラを見つけるには至らなかった。


そして歩き回る内に、心も身体も衰弱したメアの中にある憶測が生まれた。


歩き回り、新しく足を踏み入れる範囲にいたモンスター達はアンデッド化していなかった。


そして再び通った範囲のモンスター達はアンデッドになっている。


「俺・・・なのか・・・」


今にも途絶えてしまいそうな生気のない声が、メアの口から溢れる。


メアの通った後の生き物がアンデッド化している。


つまり、メア自身がアンデッド化を振りまいているという可能性に行き着いてしまったのだった。

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