灯る炎

ローブの男は、不気味なほど落ち着いた様子でこちらへと歩みを進める。


メアの額からは大粒の汗が流れる。


相手から向けられるプレッシャーに、身体からは危険信号を発せられるが、その瞳は死んではいなかった。


やるしかないという、決意を秘めた光が目に宿る。


ローブの男が、また一歩足を前に進めた時、床に魔法陣が出現し光を放つ。


その瞬間、魔法陣の中から頼もしく力強い、悪魔の腕が現れてローブの男の足を掴む。


そのまま大きく振りかぶると、メアとは逆の方へと投げ飛ばすと、壁を突き破りながら吹き飛んでいった。


魔法陣が広がり、もう片方の腕が出てきて、這い上がる様にその姿を現す。


「ウルカノ! 追撃を頼む!」


ウルカノはバネを縮める様に足を畳み、グッと力を込め、凄まじい勢いで飛んでいったローブの男を追いかけていった。


メアはサラを抱きかかえると、ローブの男が開けた大きな穴から、外へと出る。


「サラ! サラ!! しっかりしろ」


気を失っているサラの肩を叩き、必死に声をかけ続ける。


「おか・・・さん、おと・・・さん」


気を失う前の続きをみているのだろうか、苦しそうな表情を浮かべながら、必死に親を呼ぶサラの姿に、メアの心を痛めた。


サラはゆっくりとめを開いた。

目に映るメアの姿に、サラは涙を堪えきれずにいた。


「メア・・・、お母さんとお父さんが・・・」


震えながら一生懸命起きたことを伝えようとしてくるサラの言葉を、遮る様に話し出す。


「サラ! 逃げるんだ! マーサさんとハワードさんは俺が必ず助ける。 だから今は逃げるんだ!」


サラは泣きじゃくりながら、首を大きく横に振る。


「街道を通れば誰かいるかもしれない。 パルディアの街へ向かうんだ。 街まで行けばなんとかなる」


何を言われてもサラには受け入れられなかっただろう。


無理もない事だ、こんな小さな子が目の前で起きたこの惨状に耐えられるものだろうか。


サラの心に大きな傷が残ってしまう事だろう、無事に街までたどり着けたとしても生きていけるだろうか。


それでもメアは、サラに生きて欲しかった。


「サラ・・・、俺を信じてくれないか? お母さんとお父さんは必ず助ける、約束する」


落ち着いた声で、優しい表情でメアは彼女に訴えかける。


サラはこぼれ落ちる涙を拭うと、怖さや不安を押し殺す様に歯をくいしばると、メアの目を見て頷いた。


ちょうど同じ頃、村から少し離れたところで大きな音と共に土煙が上がる。


メアとサラは同時に音がした方角を見た。

土煙の中から姿を現したのは、大きく強靭な肉体をした悪魔、ウルカノの方だった。


信じられない光景に驚愕を隠しきれなかった。あれほどの巨体が高く打ち上げられる姿をメアは見たことがない。


その巨体はメア達の側の家屋に、まるで投石機から放たれる岩の塊かのように落ちた。


ありえない出来事を目の当たりに背筋が凍る。 しかし、サラを心配させまいと必死に恐怖の感情を押し殺すと、サラに村を出るよう伝える。


「サラ、走れ! 決して立ち止まるな!」


奴がいるであろう方角からは逆方向にサラを向けると、軽く背中を押した。


サラは1度だけこちらを振り返った。

その時の表情は、とても心に残るものだった。


胸が張り裂けそうな思いだった。


暗い世界に黒々とした煙を上げ猛々しく燃える村、そこに振り返りながら立つ1人の少女は、悲観の表情を浮かべ涙を流す。


それが、メアがサラを見た最後の姿だった。


しかし、その姿があったからこそ絶望の中でも立ち上がり、恐怖に立ち向かうための勇気をメアの心に残していってくれた。


メアは静かに立ち上がり、これから対峙する者の方へと振り向く。


その勇気に鼓舞されたように、飛ばされてきたウルカノも、瓦礫を押し退けて立ち上がる。


そして反対側からは、黒いローブの男がゆっくりと歩いて、こちらに近づいていた。


「あんたが、やったのか」


何もかも謎に包まれた人物に、言葉を投げかけることで、どんな反応をするか様子を見ようとする。


「そうだ」


たったのそれだけ。

なんと単純明快な回答だろうか。だが、その反応から冷酷で自分のした事になにも感じないのだということ、何かしらの目的の為には手段を選ばない無機質な感情の持ち主のように感じた。


そしてメアは、その目的について聞いた。


「何故こんなことを・・・」


辺りを見渡しながら、倒れている人や燃える家屋を再度、見に焼き付ける。


「お前が知る必要はない」


その返答に、メアの心からは恐怖という感情ではない、別のものが湧き上がった。


自分の家族や居場所を奪われた理由さえ、話す必要がないというこの男の態度に、胸の内が激しくざわめいた。


「だが、お前は使えそうだ」


思わぬ言葉が男の口から発せられ、一瞬脳の働きが止まった。


今、この男は何を言ったのかと。


「あの僅かな間に、トラップ式の高速召喚をやっていたのには驚かされた」


家の壁を吹き飛ばし、男が家に押し入ってきた時の話だろう。


メアは男から飛び退く時に、床に魔法陣を設置していた。 それは、魔法陣の上に何かが乗ると作動するトラップのようなものだ。


そして高速召喚は、通常の召喚よりも素早く召喚できるが、召喚された者の能力は著しく下がった状態で召喚されるというもの。


咄嗟の行動や陽動、トラップにしたりもする汎用性の高い召喚技術の1つ。


「だから、お前は利用してやる。 死んだ後で・・・だがな」


それだけを言うと男は、メアに向かって地を蹴り目にも止まらぬ速さで飛んできた。


メアはウルカノに目で合図を送ると、ウルカノもメアの前に向かって、男に引けを取らない速さで向かう。


しかし、やや男の方が速くメアの元にたどり着いてしまうと感じ、メアはロッドを構え両腕を前に伸ばすと、目を瞑り詠唱に入る。


間髪入れずにウルカノも、メアと男の間に割って入るように、闇属性の魔法を放つ。


炎とも水ともとれる黒い靄が、メアと男の間に現れ、見る見るうちに大きくなっていく。


そしてメアの放つ魔法は、靄ごと男を覆い尽くす半球状のバリアのようなものだった。


男は勢いを殺さぬまま空中で態勢を変えると、靄に包まれながらも内側からバリアに向かって蹴りを入れる。


男の蹴りは強く、折角張ったバリアだったが薄氷のように簡単に壊されてしまった。


バリアが破られたことで靄がそこら中に広がり始め、辺りが見えなくなる。


そこで男は初めて手を使った行動に出る。

両腕を左右に素早く広げると、男を中心に凄まじい突風が吹き荒れた。


目くらましをしている間に別の位置へ移動し、それぞれ迎撃態勢に入っていたメアとウルカノは、男の放つ突風によって後方へと吹き飛ばされてしまう。


まだ炎の残る家屋に打ち付けられるメア。

痛みに耐え目をゆっくり目を開けると、男は倒れるメアの前に立っていた。


男は静かにメアの方へ手をかざす。


攻撃される、避けなければと思うが身体がおもうように動かない。


男のかざす手が、まるで銃口のように思えるほどの圧力をかけてくる。


メアは咄嗟に顔を逸らし、両腕を交差させ防御の態勢をとったが、これでは到底何の役にも立たないのは分かりきっていた事だった。


しかし、男が何かするよりも速く、その行動は男の後方から現れたウルカノの1撃によって遮られる。


飛んでくるように急接近してきたウルカノは、右腕を大きく身体の左側へもってくると同時に腰の捻りも加え、風を切り裂くような手刀を男に向かって振り抜く。


その1撃は辺りに土煙を巻き上げるほどの1撃で、真横をジェット機が飛び去っていったような風圧をメアは感じた。


目を開けるがそこに男の姿はなく、命中した形跡もない。


なんと、それどころか男は振り抜いたウルカノの手の上に、こちらを向いて立っていた。


ウルカノはそれを振り払うと、男は後方へと飛び降りた。


メアは立ち上がると、ウルカノの横へ立ち、ロッドを構えると意を決した表情へと変わる。


「・・・全力でいくぞ!」


そういうとメアの周囲には、魔力のオーラのようなものが溢れ出る。


呼応するようにウルカノの身体からも、魔力が溢れ出る程力がみなぎっているのがわかる。


男はそんな隙だらけの2人を前にしても、何かしてくるわけでもなく、ただ突っ立っているだけだった。


だが、余裕を見せるだとか、慢心しているだとか、そういったものは感じない。


どこか2人の全力を試そうとしている雰囲気がある。


「なめやがって・・・!」


おそらく全力を出したとしても、あの男には敵わないであろうことは、メアに分かっていた。


しかし、一矢報いてやりたいと思う気持ちが2人を突き動かした。


魔力供給が十分になされた。


準備が整うと、メアはウルカノに合図を送る。 それを受け取るとウルカノは地面を蹴り上げ、凄まじい勢いで男へ向かっていく。


ウルカノは男目掛けて強烈な拳を放つ。


男は冷静にその拳を、右足の回し蹴りで受け流すと、拳は男の立つ位置の右下へと落とされ、爆発音と共に土煙を上げる。


地に落とされた拳に再度力を込め、右側へ大きく腕を振るったが、男の姿は既になく見失ってしまう。


透かさず、今度は反対の左側へと、左腕を素早く振るいながら後ろへ振り返る。


奥にメアが立っている。

辺りを隈なく見渡すも、男の姿はなく上空にも見当たらない。


戦闘中とは思えぬ空白の時間が、周囲一帯を包み込む。


しかし、そんな時間もつかの間、場面は一気に急変する。


突然、ウルカノは足のバランスを崩す。

足元にはそれまで全く姿も気配もなかったのに、突如として男が現れ、内側へ奇妙な曲がり方をしたウルカノの足へ、拳をそっと力を込めるでもなく添えていた。


ウルカノの左足は内側へ曲がり、折られていた。 身体の構造上あり得ない方へ曲がっていたのだ。


左へガクッと態勢を崩しながらも、足元にいる男を掴もうとするが、またしても姿を消してしまう。


このまま地上にいるのはまずいと思い、ウルカノは背中にグッと力を込める。


すると、背中からは大きな禍々しい羽根が生えてきた。その羽根を羽ばたかせ、上空へ飛び上がり、地上の様子を伺う。


だが、やはりというべきか期待する結果は得られず、状況としては地上にいる時と全く変わらなかった。


「ほう、飛べるじゃないか」


男の声はウルカノよりも更に上の上空から聞こえた。


ウルカノが上を向いた瞬間、男はくるくると回転しながら勢いをつけ、かかと落としをウルカノの頭上へと落とした。


その衝撃と威力に、ウルカノの身体もくるくると回りながら、隕石のように墜落する。


土煙が上がる中、何とか膝をつき立ち上がろうとするウルカノの前に、男は立ち尽くし見下ろしている。


「これで終わりか?」


手のひらを地につけ、力を込めて押そうとした時、その腕はウルカノの身体から離れていった。


打撃というよりも優れた名刀の1撃かと錯覚する程の男の蹴り技は、太く力に満ち溢れた筋肉質なウルカノの腕を、いともたやすく、そして恐ろしい程美しい切れ味で切断した。


態勢を崩し倒れるウルカノに、トドメを刺そうとしたのか、手を伸ばし屈もうとした。


突然、地面から黒い靄の蔦が、男を取り囲むように生え、凄まじい勢いで男に巻きついた。


もう片方の腕で起き上がり片膝をつくと、男目がけて残された腕を思い切り振り抜いた。


不意を突いた1撃、感触はあった。

攻撃は命中し、ようやく1撃与えることが出来た。


男は吹っ飛び、瓦礫の中へと消えていった。


男に1撃を入れると、ウルカノは力尽きたように、その場で倒れ込んでしまう。


メアは、思い出したかのように呼吸を再開する。緊迫する状況に、息をすることすら忘れていた。


だが、そんな静寂の間は直ぐにかき消されてしまう。


瓦礫に埋もれていたはずの男が、凄い音と共に瓦礫の中から飛び出し、メア目がけて飛んでくる。。


咄嗟にバリアの魔法で防ごうとするも、守りきれるはずもなく、簡単に打ち砕かれ、メアは態勢を崩し後ろへと弾かれてしまう。


間髪入れずに男はメアとの距離を縮めると、槍のように鋭い1撃で腹部を貫いた。


「うっ・・・!!」


腹の辺りからじわじわと、生暖かいものが広がる。 視界は霞み意識は朦朧としだす中、男は貫いた腕を引き抜いた。


メアは糸の切れた人形のように、生命力なく倒れた。 最早虫の息、辛うじて呼吸をするのがやっとの状態だった。


男は血に満ちる地面に倒れるメアを少しの間眺めると、そっと耳打ちするように身を屈めて言った。


「お前には、餌になってもらう」


消えゆく意識の中、男はメアの心臓の辺りに触れた。


しかし、何をしているのかわからない。


何をしているのか考えられない。


「あの娘も・・・使えるか」


メアが耳にした男の声はそれが最期だった。


メアの意識が途絶える間際、ウルカノは切断された自分の腕を男に投げる。


ウルカノが朽ちていく身体を奮い立たせ、最期の力で男に立ち向かっているのだ。


そんな姿を見て召喚士である自分が諦めるわけにはいかないと、強い生への執着を魅せる。


メアの身体からは、青い炎のような魔力のオーラがゆっくりと立ち登り始めた。


新たなスキルが使えるようになった。


最期の望みを賭け、そのスキルに今出せる全力を注ぎ込む。


ウルカノと男は激しい肉弾戦を繰り広げているが、それは一方的な戦いで、片腕しかないウルカノの攻撃は全て受け流され、空を切る。


対して男の攻撃は鋭く、そして重くウルカノに響いていた。


その時、男の足が止まる。


男が自分の足を見ると、青いオーラを身に纏ったメアの身体から、骸骨の腕だけが現れ、男の足を掴んでいた。


ウルカノは一瞬止まる男目掛けて、全力の拳を叩き込んだ。


恐らくダメージはないだろう、それでもメアとウルカノは男に一矢報いたのだ。


メアはトドメを指すまでもなく、骸骨の腕は崩れ落ち魔力のオーラは、その勢いを徐々に弱め霧散していった。


男はウルカノの残された腕を手刀で切り落とすと、膝から崩れ落ちるウルカノの胸に足の裏をトンと軽く当てると、積み木を倒すように軽く押して、その巨体を倒す。


その後、男は振り返ることもなく、戦いの傷跡を残す村を去っていく。


メアとウルカノの身体には悲惨な戦いの跡を残し、辺りには鮮血が広がる。 殆どの家屋が崩壊し、まだ残る村を焼く炎が、月の光も届かぬ村を明るく灯した。

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