再会

メアがアンデッド化を振りまく存在になっていると決まったわけではなかったが、傷心しているメアは、そう思わざるを得なかった。


エリア内でサラを見つけることはなかったが、これは考えようによっては結界の外にいるとも捉えられる。


メアはとりあえず村へ戻る事にした。


サラの安否、村が襲われて理由、アンデッド化する生き物、何一つ手掛かりを掴めぬまま様々な考えが頭の中を駆け巡るメアの心境を表したかのような空模様。


重たい身体を引きづるようにずるずると歩く草原には、この世のものとは思えぬ呻き声をあげるモンスターの声とメアの足音だけが聞こえていた。


村はメアが出て行った時と然程代わり映えはしなかった。強いて言えば、アンデッド化して起き上がった村人が闊歩しているくらいのものだった。


心と身体の疲労から生気を抜かれたように歩くメアと、命を失い操られるように目的もなく彷徨うアンデッドとなった彼らにどれほどの違いがあるだろう。


最早、命はあれど死んでいるのと変わらなかった。


しかし、メアが村を彷徨っていると以前には見つけることができなかったもの、そして忘れていたもう一つの存在に気がついた。


なんと帰ってきた村に、メアが気を失う前に

男との戦いで召喚した悪魔、ウルカノの姿があった。


身体は他の村人やエリア内のモンスターと同じくアンデッド化していたが、決定的に違うところがあった。


「メ・・・ア・・・ッ」

「ウルカノ・・・? 生きていたのか!?」


メアは走り回ってきた疲れも忘れ、ウルカノの元へ駆け寄る。


身体に触れて不思議な気持ちになった。

アンデッドになった生き物とは違う何か、身体は死んでいるのだろうが彼らにはなかった生命のようなものをウルカノから伝わってきた。


目を覚ましてから漸く触れた命を前に、目に込み上げてくるものがあった。


「生きていたんだな・・・」


だがおかしな点もある。

本来、術者であるメアが気を失ってしまえば、召喚の術式は崩れ、魔力の供給もなくなるので、召喚された者が姿を留めておくことは出来ないはず。


それなのにウルカノは召喚されたままだった。メアがどのくらい気を失っていたかもわからないのに。


「わからない・・・、死んだと思っていた。メアが倒れた後、私もすぐに気を失ってしまった」


ウルカノが自分の最期について話してくれた。


メアはウルカノに会えた喜びで忘れてしまっていた。


ウルカノが喋っている。


今までに意思疎通はできていたものの、会話というものをっしたことがなかった。寧ろメアは出来ないものだと思っていた。


「お前・・・言葉が、話せるのか?」

「目が覚めたらこうなっていた」


メアは自分のステータスを確認してみるも、ウルカノに魔力が送られている様子もなく、それどころか召喚が成されている様子もない。


これはウルカノが、メアとの繋がりもなしに一つの生命として独立しているということ以外に説明がつかない。


召喚された者が死んでアンデッド化した影響なのか、召喚士との繋がりが途絶えた後にアンデッドとして蘇った影響なのか、メアには想像がつかなかったし、読んできた書物にもその様な事例があったなど記録されていなかった。


「一体、何が起こったんだ・・・?」


だがこれは可能性だ。考えることが全て悪い方へと向いてしまう思考は、負の要素を引きつけてしまう。


現に今のメアは家族や村の人々、サラとの約束やアンデッド化のことなど、悪い方悪い方へと考えてしまい、衰弱してしまった。


そこへ現れたウルカノの存在は、それ自体嬉しい出来事だが、それ以上にメアの心を明るく照らした。


メアは村の外であったことをウルカノにも説明した。そして村の人から聞いたある話を思い出した。


「そうだ、確か村の近くに昔使われていた鉱山があったと聞いたことがある。 そこに何か村の人達を戻す為の手掛かりがあるかもしれない」


鉱山は村からそれほど距離はない。

鉱物はあるのかもしれないが、今はモンスターが住み着き、ダンジョンになっている。


「治す方法があると?」

「直接治す物はないかもしれないが、俺も冒険者の端くれだ、調合の知識もある。何か素材があれば・・・」


例えクラスが調合士や錬金術師でなくとも、初歩的な調合スキルであればクラス問わず獲得できる。


「ウルカノはここに残って村の様子を見ていてくれないか?」

「了解した」


ウルカノに村の人々のことを任せ、メアは鉱山へと向かった。


アンデッド化という状態異常がそもそも頻発するようなものではないので、この辺りでは店売りは勿論、報酬で手に入ることもない。


だが調合というスキルは、店にない品だったり、序盤では手に入らないものを生み出すなど、工夫次第で新たな道を切り開ける可能性がある。


戦闘による爽快なバトルを好む人もいれば、限られた物資や条件の中を工夫で乗り越えることを好む人もいる。


一つ気がかりなのは、果たしてダンジョンに入れるのかということ。 エリア全体が結界に覆われていたのだ、ダンジョンも入れなくなっている可能性もある。


しかし、光という希望へと向かうメアの意思は、先ほどまでの絶望の中のメアとは違い、心だけではなく身体もどこか軽やかになった気がしていた。


鉱山には外とは違うモンスターがいた。


「まだアンデッドかしていないようだな。 こいつらのドロップ品も集められるだけ集めておくか」


メアは各階層に湧くモンスターを倒しながら奥へと進む。アンデッドの状態になってしまっては、ドロップする物も変化してしまうだろう。そうなれば、元の状態で集められるはずのアイテムが手に入らなくなってしまうということ。


もしその中にアンデッド化を治すための素材があったのなら、数が絞られるだけでなく、運が悪ければ2度と手に入らないことを意味する。


鉱山の最深部と思われる所には、人工物がいくつかあった。 先人の者達が中継地点にしていたり物資の確保や整理のため置いていった物だろう。


「こいつは丁度いい、使わせてもらおう」


そこには調合に必要な物品や、ここで作業をしていたであろう人達のメモや書物もあった。


メアは鉱山で見つけたアイテムや、道中の敵からドロップした物、エリア内を散策した際に拾ったアイテムなどを使い、調合に没頭した。


メアの研究は長期にわたった。


その間、地上ではある出来事が起こるようになっていた。


メアが鉱山に向かい、数十日経った頃からだろうか。外から冒険者が来るようになった。


だがそれは助けに来たという訳でもなさそうだった。


冒険者はアンデッド化した村人を見るや否や攻撃を仕掛けてきたのである。ウルカノは村人を攻撃しようとする冒険者を制止するが、冒険者達の目は化け物を見るような目をしていてとても説得などできるものではなかった。


「な・・・なんでこんなところにアンデッドデーモンがいるんだよ!? 勝てるわけがない!」


「お前達が村を占拠するモンスターか!」


「なんなんだよっ!このクエスト!あいつ・・・俺らを騙したってことかよ・・・」


ウルカノは村を守るというメアとの約束のため、村人を襲う者達へ容赦はしなかった。


村でウルカノに敗れ生き絶える者や、逃げ帰る者など、数多の冒険者を撃退していたある日、冒険者一行の中にローブを被った子供の姿を見かけることがあった。


その子供は、何度か見るうちに怪我が増えていってるように伺えた。 どういうことかはウルカノには分からなかったが、子供を連れてくる冒険者達があまり良い扱いをしていなことだけは分かった。


ローブの子供はいつも戦いには参加せず、遠くで見ているだけだった。


ある時、ウルカノは冒険者一行を撃退すると、その子供の元へと近づいた。しかし子供はウルカノが近づくと、酷く怯えた様子で逃げて行ってしまった。


そんな日々が続く中、ある冒険者一行がローブの子供を引きずり、アンデッドが蠢く村の中へと投げ込んできた。


「俺らを騙しやがって! モンスターの餌にでもなりやがれっ!」


ウルカノは飛んできた子供の方へと向かった。 子供はピクリとも動かず倒れている。どこかへ去っていく冒険者に目もくれず、ウルカノは気になっていた子供の正体を見ようとした。


うつ伏せに倒れこむ子供のフードを、大きな指で摘むとゆっくり頭から剥がした。身体中が包帯で覆われており、それは首から上も例外ではなく、まるで皮膚を露出することを拒んでいるかのようだった。


身体を仰向けに起こすと、ウルカノは驚愕した。


全身を包帯で覆った子供は、この村でメアやマクブライド夫妻と同じ時を共に過ごし、そしてあの地獄のような出来事の中、唯一抜け出したはずの・・・サラだった。


ウルカノは激昂した。

怒りの咆哮を轟かせ、逃げて行った冒険者の後追い、かつてない程惨虐な行いを、冒険者に執行した。


村へ戻り、サラを安全な所へ連れて行くと、ウルカノはできる限りの看病を施した。


サラは目を覚ますとウルカノの姿に少し怯えたが、すぐに落ち着いた。


「サラ、私が分かるか? ・・・ウルカノだ、メアのウルカノだ」


サラはその瞳に涙を浮かべると、何度も頷きウルカノに抱きつき、声を出して泣いたのだが・・・。


「ぁ・・・あぁぁっ・・・ぁぁ!」


サラの口からは子供の声とはかけ離れた、喉を潰されたかのような聞くに耐えない呻き声で泣いたのだ。


「サラ!? ・・・すまない!」


ウルカノはサラの包帯を少し解くと、皮膚の様子を伺った。そしてサラの身体には村の人々と同じ変化が起きていた。サラもアンデッド化していたのだ。


サラは一頻り泣き終えると、ウルカノから離れる。


「また・・・く・・・る」


そう言い残すと、サラはウルカノの元を離れ村を出て行ってしまった。


この一件でウルカノは貴重な情報を得ることができた。サラはアンデッド化しているにも関わらず、ダステル村周辺のエリアを脱して街にまで行っているということだ。


サラだけが何故結界を通り抜け、出入りできているのか、そして外から来る者は結界を抜けてくることが出来るということ。それはきっとメアも知らないであろう情報としてウルカノは胸の中にしっかりと、この出来事を留めておくことにした。


そしてアンデッド化の治療の研究に没頭しているメアの元にも、ある客人が訪れていた。

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