変化
グラテスという村を目指し動き出す一行だったが、いきなり出鼻を挫枯れてしまう。
「グラテス村? お客さん、知らないのかい?
あの村はしばらく前にモンスターの襲撃を受けて無くなっちまって、今は廃墟だよ」
馬車で向かおうと目的地を主人に告げると、グラテス村の現状について話してくれた。
シンとミアは顔を見合わせ、呆気にとられた。
グラテス村についての知識は2人にはなく、サラが地図で指し示してくれた事以外の情報はなかった。
「サラ、村がないってどういうことだ?」
声が出ない彼女に対して、思わず返ってくる事のない問いかけをしてしまった。
勿論、彼女からの返答はなく、ただ申し訳なさそうにうつむいていた。
「村は今、モンスターが住み着いちまってるから、近くまでしか送れないなぁ・・・」
主人のどうするんだ?という問いに、少し考えた後シンは返事を返す。
「近くまでで構いません、お願いします」
とりあえず行ってみないことには分からないので、一同はグラテス村付近へと向かうことにした。
みんな各々思うところや考えごとをしていたのだろうか、道中はとても静かなものだった。
「着いたぞ、 悪いがここまでだ」
主人の声にハッと我に帰る。
そしてシンとミアは、想像よりも早く着いたことに驚いた。
馬車から降りて辺りを見渡す。
しかし、いくら見渡そうにも村のようなものは見えず、道らしき道も見当たらない。
「ここは・・・?」
まるで遭難でもしたかの様な状況。
「本当に何も知らないんだな。 ちょっと地図貸してみな」
そういうと馬車の主人は、遭難者御一行に地図を渡すよう促す。
アイテム欄からワールドマップを取り出し、主人に渡すと、現在地の場所と周辺エリアについて簡単に教えてくれた。
パルディアの街から少し離れた、グラテスの村からはそこそこ離れた位置にいるようだった。
主人の話だと、これ以上は戦えない人達が進めないエリアに入ってしまうようで、以前グラテスの村がまだあった際は、ここから先も通れていたようだ。
しかし、村の襲撃の一件以来モンスターが横行し始め、通れなくなったという。
「ここから先の情報について何か知りませんか?」
クエストを受けた冒険者達が戻らないという事とモンスターの出現には、何か関係があるのではないかと考えていた。
「さぁ、分からねぇな。 ここを進めば廃墟の村がある、それぐらいかねぇ。 何せモンスターの襲撃の一件以来誰もここには来なくなったし、入ったら帰ってこないからな」
主人の言う通りだ。
入ったとしても情報を持ち帰る者がいないんじゃ、何も分からないのだから。
「・・・わかりました、ありがとうございます」
知りたければ進むしかないといったところだ。
馬車を見送り、一同はどうしたものかと少し悩んだ。
一度は依頼を受けると決心したものの、いざ壁を前にすると足がすくむ。
どのくらいの深さがあるか分からない沼に足を突っ込むようなものだ。
すると、サラがシンの袖を引きながらエリア内の方を指差した。
「サラは、この先を知ってるのか?」
彼女は頷いた。
そんなやり取りを見ていたミアが、とても大事で、それでいてとても奇妙なことに気がついた。
「なぁシン、おかしいと思わないか?」
「・・・?」
「何でサラは戻って来られるんだ?」
ミアの言うことは最もだった。
過去に何人も、この依頼を受けて戻らなかったというのに、サラだけはこうして街にまで戻って来ている。
彼等の案内だってサラはしたはず、一緒にエリアに入って道案内して・・・。
そして冒険者は戻らず、彼女だけが帰ってくる。
考えていく内に彼女への疑念が膨らむ。
「サラ、アンタ何か知ってるんじゃないか?」
ミアが聞くと彼女はうつむいてしまった。
「騙そうと・・・してる?」
その問いかけに対し彼女は急変し、首を大きく横に振った。
目に涙を浮かべながら必死に首を振る仕草に、シンの胸はギュッとした。
彼女を疑ったことに罪悪感を感じた。
自分も同じだったはずなのに・・・。
誰に何を言っても信じて貰えず、聞く耳すらたてて貰えず、誰にも相談出来ず打ち明けられない孤独。
「ミア、俺は行くよ」
その後に自分の思いの内を続けようとしたが、それでミアが断りずらい状況にしてしまうのではないかと思い、それ以上言うのをやめた。
元々シン自身が自分の過去とサラを重ねて、助けたいと思ったのが始まりだったので、自分の事情にミアを巻き込み、命の保証がないクエストをやらせたくはなかった。
「・・・それだけか?」
「え?」
彼女の予想外の反応に、思考が止まる。
「言いたい事はそれだけかと聞いているんだ」
少し呆れたような表情をしている。
「ぁ・・・あの」
シンは彼女の問いに答えようとしたが。
「巻き込みたくないってか?」
図星を突かれた。
彼が隠そうとしていた思いを、彼女は彼の仕草や言葉から察したのだろう。
「はぁ・・・、君は優しいな。 お人好しでもある」
彼女の和らいだ表情に、シンは驚いた。
出会った時から強気な発言や態度が目立っていたが、サラのクエストを受けた時から少し穏やかになったような気がした。
「心配するな、私も行くよ」
彼女が一緒に来てくれる事に、安堵した部分もあった。
「別に君が行くから着いて行くんじゃない。 私は私の意思で行くんだ」
シンとミアはお互いに頷いた。
「行こう、サラ道案内を頼む」
そういうとサラは頷き、歩き出した。
シンもその後を追う。
「・・・・・、私も変わらないとな・・・」
彼の心境の変化にミアも感化されつつあった。
数日前、パルディアでシンとミアが別れた後のこと。
ミアはその後、パルディアの街の西にいた。
そこで彼女はある場所へと向かっていた。
店内はアンティーク調の装飾が施されており、商品はどうやら調合や合成、装備の強化などに使う様々な素材が売られている店のようだ。
店の主らしき女性がレジの椅子に腰掛け煙草を蒸し、新聞の様なものを読んでいる。
調合素材を作っているのか、グツグツと何かを煮込んでいる音だけが店内に広がっていた。
そこへ来客を知らせるベルの音が、入り口のドアが開くのと一緒に聞こえてくる。
「いらっしゃ・・・、アンタ・・・」
挨拶をしかけた店主が新聞を少し下げ、客の方へと視線を送ると、彼女は目を細めた。
まるで会いたくない者に会うかのように。
「久しぶり」
ミアは気まずそうな表情をする。
「まだこの街に居たのか」
ミアと彼女は顔見知りのようだ。
しかし、あまり喜ばしい再会ではないようだった。
「アンタがここに帰ってきたってことは・・・、また人柱でも連れてきたのか?」
新聞を折り畳み立ち上がると、煙草を灰皿にグリグリと押し付ける。
「やめてよ、そんな言い方・・・」
後ろめたいことでもあるかのように、視線を他所へと逸らす。
「ここに来たのは別の理由なんだから・・・」
「わかってるよ、鍵は開けてあるから好きに使いな」
そう言うと彼女は、親指で後ろの店の扉を指した。
「ありがとう」
ミアが彼女の横を通り過ぎようと歩き出すと、彼女は手を伸ばし行く手を阻む。
「ん」
もう片方の手で何かを渡せというようにジェスチャーをする。
「無料じゃないんだ、前払いだよ」
「相変わらずね、いつもそれ以上に価値のある物渡してるつもりだけど?」
またかとため息をついた後、ミアの言い分を述べて仕方なさそうに笑うと、お金の入った袋を彼女の手の上に置いた。
「それとこれとは話が別だ、・・・オーケー入りな、また期待してるよ」
袋に入った金額を確認すると、悪い笑みを浮かべ先へと通してくれた。
扉の奥には廊下があり、その端に地下へと続く扉があった。
その扉から地下へ続く階段を降りた先には、調合や合成に使う様々な器具が置いてある、なかなかの広さのある作業部屋があった。
ミアが作業部屋に入ると、階段上から店主の女性が壁に寄りかかりながら話しかける。
「こんなこと続けても結果は同じだよ・・・」
哀れな者を見るような、それでいてミア自身のことを心配するように言う。
「今度は・・・今回は違うかもしれない、もうちょっと試してみないと」
作業をしながらミアは話す。
店主の女性は振り向きもしないで作業に取り掛かるミアに、ため息をつき戸を閉めて出て行った。
次の日の夜、ミアは店主の女性と話をしていた。
「はいコレ」
パンパンに詰まった袋を店主に渡す。
「ありがとう、助かるよ」
袋をミアから受け取り、肩に担ぐ。
「もう一つお願いしたいんだけど・・・」
「わかってるよ、いつものだろ?」
「うん、お願い。 それじゃその時まで作業場、借りさせてもらうから」
ミアは作業場へ戻り、店主は閉店後に店を後にした。
身元がバレないような格好にフードを深くかぶって出かけた店主は、一般のクエストが貼られているような店や場所を回って歩いた。
そして彼女がある店で見つけたのは、ボロボロのローブを羽織った子供だった。
依頼書を貼っていた子供に近づき、何やら会話を始めた。
「よう、坊主」
不意にかけられた声に、子供はビクッとした。
「頼みごとがあるんだ。 アンタにとっても悪い話じゃない、どうだ?聞いちゃくれないかい?」
少しの間その子は固まっていたが、状況が飲み込めたのか店主の方を向き頷いた。
店内でも比較的死角になるテーブル席へ案内するようウェイトレスに伝えると、子供について来いと手招きをした。
席に着くと彼女はコーヒーを頼み、子供にメニューを渡した。
「好きなもの頼んでいいよ」
子供はメニューを開いて暫く考えると、先程テーブルに向かう間に見た、同じくらいの子供が食べていたお子様ランチを指差した。
「飲み物も頼んでいいからな」
そう言われると子供は1度彼女の方に目をやるとまたメニューをめくりジュースの欄をじっくりと見て、アイスの乗っかったメロンジュースを指差した。
「注文は以上だ」
そうウェイトレスに伝えると、注文を繰り返した後、確認をとると一例してその場を後にした。
2人っきりになると、子供は下を向きじっとあいていた。
彼女は煙草を吸おうとするが、1度手を止め子供の方を見ると、吸うのを止めて大人しく待つことにした。
暫くすると料理が届いた。
「まぁ、話はメシが済んでからにしよう。 遠慮しなくていいからな」
子供は嬉しそうにガツガツと食べ始めた。
まるで久しぶりにまともな食事にありつけたかのようだった。
その姿を見て彼女の表情は少し優しい目になり、そして少し悲しげにもなった。
子供の食事が済むのを見ると、彼女は会話を始めた。
「美味かったか?」
子供は頷く。
「ちゃんと食うのは久々だったのか?」
少し下を向くと、ゆっくり頷いた。
「そうか・・・」
彼女はこの子供が、そういう境遇なのだろうと何となくわかっていたし、街の人からもあまり良く思われていないのも知っていた。
「頼みのことなんだがな、難しい話じゃない。 アンタの活動を街の東側でやってもらいたいんだ」
この子が街の一定区間内を数日毎に順々に回って依頼書を貼っているのを彼女はある人に聞いて知っていた。
「頼まれてくれるかい?」
子供はキョトンとした後に、あっさり承諾した。
もっと過酷なお願いでもされるのかと、心のどこかで思っていたのだろう、街の人が自分のことを良く思っていないのは、この子自身薄々気がついていた。
だからこそ街を出ていけくらいのことを言われるのではないかと、考えていたのかもしれない。
そんな心境で言い渡されたお願い事が、ただ活動の場を変えるだけというものだったので呆気にとられてしまったのだ。
「悪いね、ありがとよ」
このお願いが通ることは彼女にとって予定通りであった。
「話は終わりだ、おかわりとかデザートはもういいか?」
そういうと子供はメニューを出し、少し照れた様子でデザートを指差した。
本当は最初に頼みたかったのを、我慢でもしていたのだろう。
ラストオーダーを済ますと、この日はこれで解散した。
翌日、店主はミアのお願い事が完了したことを伝えた。
「なぁ、アンタが慎重になるのは分かる。 確実を求め慎重になるのは正しいことかもしれないよ。 でも、こんな事してたってきっと後悔しかしない」
店主はミアとの付き合いが長いからこそ、ミアの身を案じていた。
「・・・」
店主の言葉にミアは何も返さなかった。
「このまま足踏みしてたって状況は変わらないし何も分からない。 アンタ自身が変わるしかないんだ」
ミアは作業を止めて葛藤しているようだった。
「まぁ、アンタからは貰うもんは貰ったんだからこれ以上は言わないけどさ・・・」
「ありがと・・・ごめん、少し1人にして・・・」
やっと喋り出したミアの言葉、彼女自身もわかっているのだろうが、きっかけが中々見つからないのか。
店主は作業場の扉を閉めた。
数日後の夜、ミアは荷物をまとめて店の奥から出てきた。
「作業場ありがとう、連絡が入ったから行ってくるよ」
「今回で何か分かるといいな」
「・・・うん」
そう言い残すと、ミアは店を後にした。
そしてミアは、シンがボロボロのローブの子供を助けているのを確認すると、近くの宿屋で一夜を明かした。
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