心の行路
夜になると現れるクエストを貼る子供、そしてそのクエストを受けた者は、誰一人戻らないとう話を、店の常連から聞いた彼は、素朴で当然の疑問をおじさんに問いかけた。
「何で?」
何となく心の中では、わかっていたのかもしれない、“わからない”からだと。
だから何人もクエストを受けたのではないかと。
「さぁな、クエスト内容はわからねぇし、依頼書は読めねぇ文字だか絵だかが書いてあるだけだ」
グラスに残った酒を一気に飲み干すと、おじさんは勘定をカウンターに置いて立ち上がる。
「そろそろ帰らないと、かみさんがうるさくてな」
と、笑いながら店を出ていった。
“人に追いやられる”という光景を目の当たりにして、シンは昔のことを少し思い出していた。
得体の知れないクエストではあるが、もう少し首を突っ込んでみることにした。
「なぁ、マスター。 あの貼り紙、貰っていってもいい?」
先程、子供が店の掲示板に貼っていった依頼書の方を指差した。
「あぁ、構わないよ。 どうせ後で捨てるからな」
「ありがとう」
シンも勘定をカウンターに置いて席を立つと、掲示板から依頼書を剥がし、持っていった。
宿屋への帰路を辿りながら、依頼書を見てみた。
店で言われた通り、殆ど何が書いてあるのか分からなかったが、何となくだが“たすけて”と書いてある様にも見えた。
依頼書を眺めながら帰っていると、別の店のドアからさっきの子供が、押し飛ばされてきた。
持っていた依頼書が辺りに散らばる。
店の主人であろう男の怒号と共に、勢いよくドアが閉まった。
子供は膝を着いたまま、散らばった依頼書を集める。
見るに耐えない光景に、手を貸そうと足を踏み出すが、彼の耳に過去のトラウマを蘇らせる音が入ってくる。
何故あの子がここにいるのか、不幸を招く者だ、人が寄り付かなくなるから何処かへ行ってくれなど、所謂陰口といったものである。
シンは過去に受けた陰口で、精神的に追いやられてしまい、ヒソヒソ聴こえてくる声や他人の視線に敏感になってしまった。
故にあの子に向けられる陰口が、例え自分に向けられる陰口でなくても、身動きを取れなくさせる程だった。
「何で・・・こんなところまでリアルなんだよっ・・・!」
現実の嫌なものが無い世界、だからシンはゲームに没頭した。
勿論それだけがゲームをする理由ではなかったが、嫌なものがなければ彼でもこんなに世界に夢中になれるのだと知れたのだ。
彼がこの世界にきたのは、彼にとってのチャンスなんだと、シンは心のどこかで思った。
自分のことを誰も知らない世界で、彼は自分の受けた恐怖と孤独を、あの子を通じて対峙する。
あの時、シンは陰口を言われる当事者だった。
今は、陰口を言われる子を外から見ている第三者として。
自分の時は誰も助けてくれなかった、助けも呼べなかった、誰にも相談できなかった。
本当は助けて欲しかった。
ふと、彼の記憶に蘇ってきたものがあった。
「ウチのギルドに入りませんか?」
「大丈夫です! みんな優しいから手伝ってくれますよ!」
「よかったらコレ使って下さい、私のクラスでは使えないので」
WoFをやり始めた頃、声をかけてくれた顔も名前も知らないユーザーの人。
そして蘇る会話の中で、今のシンを突き動かす言葉、シンの心の内を初めて話した言葉。
「シンさんは、どうしてアサシンになったんですか?」
「影から人を助けるようなものに憧れてたんです。表立って人を助けるのは、なんか恥ずかしいし緊張しちゃって・・・。そういうの俺のキャラじゃないんですよね」
心臓の鼓動が聞こえてくる。
(ここで見て見ぬフリをしたら、きっと何も変わらない、変えられない・・・)
彼の中では葛藤が起きていた。
トラウマになる程の出来事なのだから、そう直ぐに決断出来るものではなかった。
誰も帰って来ないクエスト、死んだらどうなるかわからない、誰か強い人や適任者がやった方がいい、しょうがないじゃないか。
一度根付いた恐怖心は、彼を仕方ない、しょうがないと諦めさせようとする、同じ思いをしたくないが為の防衛本能。
通行人によって踏まれる依頼書を目に、彼の身体はようやく動き出した。
(やれることはやろう。考え始めたら動けなくなる。後悔しない為に!)
腰を下ろし依頼書を拾い出すシンの姿に、周りの住民もあの子も驚いた。
そしてあの子は驚いた後、少し間を空け、震え出した。
「俺じゃ解決出来ないかもしれない、けどやれる事はやりたいんだ」
拾い集めた依頼書を渡しながら彼は言った。
「クエスト・・・、受けるよ」
依頼書を受け取ると胸に抱きかかえ、うずくまり泣いていた。
「あっ・・・ えっと、ちょっとごめん!」
急に周りの視線を感じ、急ぎ子供を抱え上げると宿屋へ向かって走った。
宿へ着くと部屋の空きをカウンターで確認して、1泊分の料金を払うと部屋へ向かった。
「落ち着いたらクエストについて話そう。 今日はゆっくり休んでおいて」
そう言うと彼は装備品やバッグを置くと、椅子に腰かけた。
「そういえば名前を聞いてなかった。 俺はシン。 キミは?」
いつまでも名称がないというのも不便なものだ。シンは寝る前に名前くらい聞いておこうと思った。
「ぁ・・・ ぅ・・・」
まだ落ち着かないのだろうか。
言葉が出て来ないのか、聞こえなかっただけだろうか、シンは近づいて腰を下ろした。
明るいところで近づく事で、彼は初めて気がついた。
この子、素肌が見えない程に全身を包帯か何かで覆っていた。
それは顔にも巻いてあり、かろうじて目や口は出ている。
怪我や見られたくないものでもあるのだろうか、しかしそういった事情は本人が話すまでは触れない方がいいだろうと思い、彼は聴かなかった。
「大丈夫か? ゆっくりで構わないから」
彼が優しく肩を叩くと、子供は首を横に振った。
どういう意味で首を横に振ったのだろうか。
「ぁ・・・ ぁ・・・」
シンの頭に1つの答えが浮かんだ。
「もしかして・・・ 喋れないのか・・・?」
今度は首を縦に振った。
喋れないから手書きの依頼書を、こんなに沢山書いたのか。
しかし、これではクエストについて聞くことは不可能になったのではないかと、シンは不安になった。
すると子供は、バッグから1枚の写真を取り出し、裏に書いてある名前のところを指差した。
「さ・・・ら?」
子供は首を強く縦に何度か振った。
名前を聞いて漸くわかったもう一つの情報、この子は女の子だった。
「そうか、サラっていうんだな。 それじゃサラ、今日はもう遅いから休もう。俺はその辺で寝るからキミはベッドを使うといい」
少女は頷くとベッドに入った。
シンも少女が寝るのを待った後で眠ることにした。
翌朝、彼が目を覚ますとミアからメッセージが届いていて、この後合流しようという内容だった。
「ミアに相談し忘れてたな・・・」
朝食を取りにいき、部屋に戻ってくるとサラは起きていた。
2人は食事を済ませると、クエストの事について、YESとNOで答えられる質問や地図を使った目的地やルートについての質問をしていった。
そしてシンも、ミアという仲間と合流することをサラに伝えた。
クエストの目的地は、パルディアの南東の方にある“グラテス”という村であること。
まずはその村が見える丘の上にある拠点を目指すことになった。
宿屋を出るとミアが出迎えてくれたが、サラの姿を見ると表情が曇った。
「はぁ・・・、アタシも噂で聞いたことはある」
ミアはチラッと少女の方を見た。
「わかっているのか? 死ぬかもしれないんだぞ。 ゲームなら兎も角、こんな状態のアタシ等が死んだらどうなるか・・・。 リスポーンなんて期待できないだろ。 危険を冒すリスクは避けるべきだ」
彼女の言い分は最もだ。
そしてそれは正しい。
だが、シンの心はもう変わらなかった。
「分かってる、ミアは正しいよ」
下を向いて目を瞑る。
一呼吸置くと、彼は顔を上げて続けた。
「それでも俺、やるよ。
道理や常識は生きていく上で大事なものだと思う。 でもその道を歩んでいく中で俺は後悔しかしてこなかった。 こうなった今だからこそ、今度は心で歩んで行きたいんだ。
例えそれで死んだとしても、後悔の中で生きるよりずっと良い」
ミアは、初めて現実世界で慎シンを見かけた時のことを思い出した。
彼は、路地裏で襲われている人を見て、その場から逃げ出しているところだった。
彼の心の変化が見て取れる。
「変わったな、キミは」
ミアは彼の道理の正しさではなく心の正しさに、感化した。
「アタシも手伝うよ」
シンは安堵し、硬かった表情は緩んだ。
「内容を教えてくれるか?」
シンは、サラのことと今後の目的地について簡潔に話した。
話を聞き終えるとミアは、少女の方へ行きしゃがむと手を差し出した。
「よろしくね、サラ」
少女は恐る恐る手を差し出し、握手をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます