始まり

死に対しての恐怖というより、死に至る痛みに対しての恐怖だろう。


死ぬ時のことを想像する時、大半の人は苦しみの中の死を想像する者はいないだろう。


例えいても、死に至る痛みなど経験のしようもないのだから、そこまでは想定出来ない。


大きな怪我や、絶対絶命の危機に陥った時、死が頭を過るという人もいる。


まさに今、彼の中にはその事が過っていただろう。


足に矢を受けた痛みや、気の動転でパニック状態になってしまった。


「ぅぁぁぁああああああああぁぁぁっ!!」


痛い部分を手で押さえたいが、刺さった矢に触れる事が出来ない。


触れば更なる痛みが、抜けば出血が、無意識に身体が行動を制限する。


「落ち着け! 実際の様な痛みじゃないんだ、

とにかく息を整えろ!」


周りのモンスターを片付け、彼女は彼の腕を首の裏から反対の肩へかけると、少し離れたところまで避難してくれた。


「ハァ ハァ ハァ・・・・・?」


落ち着いてきたお陰か痛みが和らいできた。


「いいか? よく聞くんだ」


ゆっくりと床に彼を降ろすと、話を続けた。


「確かにゲームの時にはなかった痛みがここにはあるが、実際のソレとは痛さが違う。

ある程度緩和されて感じる。 これは、あたしらの“防御力”なんだろうさ」


ゲームには定番のステータスの防御力。


主に敵からのダメージを軽減するステータスであるが、彼らにはそれ以外にも痛覚に関係があるようだ。


「あたしだって最初は驚いたさ。パニック状態は本来の痛みを、もっと痛いものだと錯覚させてしまう。」


「ぁ・・・ありがとう、少し落ち着いた」


彼が落ち着いたのを確認すると、彼女は少し微笑み頷いた。


そして、アイテム欄から何かを取り出した。


「これをやる。 回復薬と鎮静剤だ。

鎮静剤は痛みを和らげる効果もある様だから、いくつか分けておこう」


彼は上体を起こし、床に置かれた回復薬を使う。すると、刺さっていた矢は消滅し痛みも消えた。


「動ける様になったら、残りも片付けるぞ」


彼女は一足先に前線へと向かった。


傷の消えた足を動かしてみる。

攻撃を受ける以前の様にしっかりと動く。


鎮静剤を使い、ゆっくりとその足で立ち上がると数回、床を蹴るように足の完治を確かめた。


「残りも少ない、これなら何とかなる」




複数いたモンスターも数えられるくらいに減った。


前線で戦い始めている彼女の元へ向う。


「・・・? これは!?」


痛みによる恐怖心を乗り越えた。彼の心が成長したように彼自身にも変化があった。


「投擲スキルだ・・・、使えるようになったら!」


投擲スキルはアイテムを投げて攻撃するスキル。

勿論、投擲用のアイテムや投げれる武器などが必要になる。

使用された物は消滅するので弓矢のように回収は出来ない。


彼は手にした短剣を持ち替え、モンスターのいる方へと投げた。


誰のものかわからない彼女は、少し驚いたが直ぐに状況を理解した。


「スキルが戻ったんだな」と言うと、彼女は勇ましい笑顔を浮かべた。


彼は前線へ向け、走りながらモンスターが落とした武器を拾っていく。


そして1発、2発と、鋭く放たれた武器が次々にモンスターを倒していく。


「こ・れ・で! ラストッ!!」


最後のモンスターの額に短剣が勢い良く刺さる。


首は跳ね飛び、構成されていたエリアが消えていった。






見知らぬ草原へ変わった景色。

ようやく安心出来る風を浴びる事ができ、身体の力が抜け、地面に寝そべった。


全力を出し切り、息を切らす彼に足音が近づく。


「まだ、名前を聞いてなかったな」と尋ねられると、寝そべる彼に手を差し伸べる。


息を整え、彼は応えた。

「俺はシン。 クラスはアサシンだ」


上体を起こすと、彼女の手を借り起き上がる。


「あたしはミアだ。クラスは・・・見ての通り、ガンスリンガーだ」


突然の出来事の連続で、意識して見てはいなかったが、部屋で襲われた時とは全く見た目が変わっていた。


そしてコートの内側や身体に銃が仕舞われている。


一言で言い表すのなら、中二病が憧れるカッコいい女性という印象だった。


「そういえばログアウトは・・・」と言いかけたが、彼女の言葉が割って入る。


「まだやめた方がいい」


疑問の顔を浮かべる彼に、彼女は助言する。


「ログアウトは出来るが、またさっきみたいな事になる。そうなった時、あんたのレベルが低いままだと痛い目を見るぞ」


1度言葉を切ると、少し脅すかのような口調に変わる。


「今度はさっきの比じゃない。現実で受ける攻撃は現実と同様の痛みだ。防御力なんてものはないからな」


あの痛みよりももっと痛い・・・。

想像するだけでゾッとする。


シンは、ふとした疑問を彼女に投げかける。


「あんなのが他にも現実世界にいるのか? 他の人間は襲わないのか?」


あんなモンスターに普通の人間が襲われればひとたまりもない。1体だけでも大事件になりそうだ。


「あたしに聞くな。 だが現実でモンスターに会ったのは初めてじゃない」


彼女はこんな経験を何度もしているのだろうか?


「それに奴らは、無差別に人間を襲っている訳でもなさそうだった」


それを聞いて(何故、俺なんだ)と思ったが、一つ心あたりがあった。


それは、WoFを遊んでいた時に起きた頭痛。

それにあのコートの人物は一体・・・。


「まぁ、何にしてもまずレベルを上げることだ。ゲームの時からレベルは下がったが、何故かクラスはそのままだしな」


またしても忘れていた当然の疑問。


シンのクラスであるアサシンも、彼女のクラスであるガンスリンガーも上位クラスなのだ。


誰しも始めは、冒険者で始まる。

その後、一定のレベルに達する事で、様々なクラスにつくことが出来る。


更にそのクラスで一定のレベルに達することで、より強力なクラスへとグレードアップすることが出来る。


それが上位クラス。

それまでの過程があるため、低レベルで上位クラスについていること自体、おかしなことなのだ。


「そういえば、アンタもゲーム中のバグでこんな事に?」


「あぁ、そうだ。 きっと私らのような連中は皆、あの現象に遭遇してるんだろうよ」


さぁ行くぞと言わんばかりに、彼女は歩き出した。


そんな彼女に、何処へ?っと尋ねると、はじまりの街【パルディア】と言った。



勿論、彼自身WoFをやってきた身であるので、最初の街やある程度の地名は覚えているつもりでいたが、パルディアという名前に心当たりがない。


本当に自分の知っているWoFの世界なのだろうか。


冒険の始まりはワクワクするものだろうが、彼にとってのこの始まりは、外見は同じでも中見の違う何かのようで、とてもワクワク出来るものではなかった。

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