初陣
麻倉 慎 26歳、フリーター。
彼の人生が狂い始めたのは、高校に通い始めた頃からだった。
中学の頃から、親友とまではいかないがよく遊んでいた友人が、同じ高校へと進学した。
新しい環境へと変わる時、人は今の自分を変えたいと思うものだ。
慎の友人もその中の1人だった。
しかし、その変化は慎にとって喜ばしくない方向へと向いてしまう。
スマホの普及は便利であると同時に、学生にとって行動力を必要とする世の中へと変わった。
進学が決まると学生達は、ネットを通じて進学先のグループSNSへ入り、事前に自己紹介や趣味の話など交流を取ることで、入学してからの友人関係や立ち位置、キャラなどの確立を行うのだ。
慎はこういった事が苦手で、進学先が決まってもどうにかなると思い、グループには入らなかった。
慎の友人は入学してから悪いグループと連む様になり、幅を利かせるようになった。
そのグループで友人は、ちょっとした話題作りの為に慎の悪口を言っていた。
そのことで慎はそのグループから、からかわれる様になる。
その行為は休み時間や授業中にも行われ、いい笑い者になった。
それから1学期を終える事もなく、慎は学校をやめてしまう。
別の学校に行こうにも、歳の違いからまた同じ目に合うと思い、彼は高校へ行くのを諦めた。
働こうと思うものの、中卒という経歴が邪魔をして中々働き口が見つからなかった。
何もしないよりは、アルバイトをしようと思い、いくつかの職場で働いてみるも、人は彼の経歴を馬鹿にし、ミスをすると中卒だからと嘲笑ったのだ。
人から馬鹿にされ生きる事に、彼の心は壊れていった。
部屋に籠る様になった彼が出会ったのがWoFである。
ゲームの中の世界は、誰も彼を笑う事もなく邪魔をされることもなかった。
それどころか、何処の誰かも、顔も性格も知らないゲームの中のユーザー達は、彼にとても親切にしてくれた。
見た目も経歴もない、0からのスタートの世界は、彼に生きる楽しみを与えた。
目の前で起きたあり得ない出来事に驚愕しながら、脳を介さない発言が出る。
「ぁ・・・あの、これは一体・・・?」
何も考えることが出来ず、ただ浮かんだ言葉が口から出る。
「ん〜、あんまり話してる余裕ないんだよね。 とりあえずさ、スマホ拾ってWoFにログインしてくれる?」
彼女はそう言うと銃のリロードを始めた。
言われるままスマホを拾い、WoFのログイン画面を開く。
「・・・ログイン、します。」
そう言ってログインする。
すると画面から光が溢れ出し、慎や辺りの景色までも光に飲み込まれていく。
Now loading.....
視界の端にデジタルの文字で表示されている。
音は無く、とても静かだ。
暫くすると、徐々に風景が形成されていく。
「・・・?」
以前ログアウトした場所ではない。
どこかのダンジョンだろうか?
開けた場所ではあるが、どこかの洞窟のように思える。
「さぁ戦闘だ、準備しな。」
先程の女性の声、そして眼前には床の魔法陣から這い出るスケルトンが複数いる。
じっと自分の手や腕、身体を眺める。
いつものゲームと変わらない。
ただ疑問なのは、スマホだけではVRなど出来るはずもない。
なのにどうして・・・。
「くるぞ!」
ハッと我に返ると、向かってくる敵に備えて武器を取り出すアクションを起こす。
「・・・!?」
武器が出てこない。
剣を振りかぶり、斬りかかろうとするスケルトン。
バックステップで避けようとするが、身体が思い通りに動かず、尻餅をついてしまう。
敵の攻撃は空を切るが、焦りはより一層増してくる。
「ぶ・・・武器が出ない!」
別のスケルトンが斬りかかろうとしている。
素手で斬撃をガードするなど、出来ないのはわかっている。
わかっていても、目を背けたい為か、少しでも隔たりを設けようとする身体の条件反射か、情けなく両手を前に出す。
その時、銃声が2発鳴った。
1発目は敵の武器を弾き飛ばし、2発目は頭を貫いた。
「そいつを使え!」
敵の武器は破壊しない限り消滅しない。
もしくは、時間の経過で無くなる仕様になっている。
故に、武器を持っていなくともモンスターから奪うことが可能になっている。
急いで床に転がった剣を拾って立ち上がると剣を構えた。
「・・・?」
しかし、手にした武器に違和感を感じる。
何に対しての違和感なのか知る前に、敵は動き出していた。
敵の剣を弾こうと、武器を振ろうとするが上手くいかない。
攻撃は受けなかったものの、逆に剣が弾かれてしまった。
「・・・! クラスだ!
俺のクラスじゃ剣を扱えない!」
クラスとはジョブと同じようなもの。
それぞれのクラスで装備出来る武器や防具、扱えるアイテムなど様々な違いがある。
慎がついているクラスは剣を扱えない。
だから武器を動かせなかったのだ。
もう一つ彼を動揺させたものがある。
「レベルが・・・俺のレベルが1に・・・?」
考える間もなく、声がかけられる。
「これならどうだ?」
そういうと彼女は、アイテムから短剣を取り出し、投げてくれた。
それを逃げながら、両手で抱きかかえるように受け取ると、早速装備し鞘から抜く。
「! 全然違う! さっきより全然違うぞ!」
何度か短剣を振ると実感が湧いた。
これなら戦えると。
立ち止まり、追ってくるモンスターの方へ振り向き、武器を構える。
モンスターの振り下ろした剣を、短剣で受け流し、首元へ短剣を突き刺し、頭蓋骨を上空へ飛ばした。
「よし!」
1体目のモンスターを倒すと、慎はまた逃げるように走り出した。
「何をしているんだ、あいつは・・・。」
銃でモンスターを相手にしながら、こちらを気にしてくれるくらいには余裕があるのか。
それに彼女は、優先的に遠距離武器を持っているモンスターを狙ってくれていたようだ。
暫く走ったあと、また立ち止まり振り返る。
そして1番最初に追いついたモンスターの攻撃を避け、武器を持つ腕の関節を狙い切断する。
モンスターから逃げ、1番最初に追いついたモンスターだけを攻撃し、また逃げる。
所謂、ヒットアンドアウェイ戦法である。
「なるほど、彼なりの戦い方ってわけか。」
範囲攻撃や優れた防御力を有していれば、複数の相手も出来るだろうが、今の彼に複数を相手にする余裕はない。
この戦法により、一時的に1対1の状況を作り上げた。
「時間はかかるが、これなら勝算はある。
それに走り回れば敵のヘイトを俺に集められる。」
ちらっと高台から目を光らせる彼女の方を見る。
「ふん、期待に応えてやろうじゃないか!」
作戦が順調に進んでいたその時、彼は弓を持ったモンスターの視界に入ってしまった。
彼女の討ち漏らしなどではない。
この数の敵の中から全ての遠距離武器を持ったモンスターだけを討ち取る方が難しいだろう。
モンスターは弓矢を構え、そして慎へと矢を放った。
矢は慎の足へ命中する。
「ぅ・・・!」
矢が当たった足が、走る為の動きに支障をきたし、慎はうつ伏せで転んだ。
彼は驚いた。
ゲームではあり得ないことだった。
きっと全てのゲームにおいてそうだろう。
何故ゲームで強大なモンスターと戦えるのか、何故FPSゲームで銃撃戦が出来るのか。
それは、斬ったり斬られたり、撃ったり撃たれても 【痛み】がないからだ。
痛みは恐怖へと繋がる。
死ぬという恐怖。
ゲームという仮想空間のつもりでいた彼は、痛みに驚き、死ぬという言葉が頭の中を埋め尽くした。
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