出会い
気を失ってからどれくらいが経ったのだろう。
まだ少し痛みが残る頭を、陽の光に起こされる瞼をゆっくり開くのと同時に上げる。
そこには見慣れた景色、というよりも、気を失う前と同じ景色があった。
このバグのような現象が起きる前に話していた彼は、何事もなかったように椅子に腰掛け、他の依頼書であろう書類を眺めていた。
(俺だけなのか? 他のユーザーはどうだったのだろう。)
そんな事を考えながら、彼は1度ゲームをログアウトすることにした。
ゲームをログアウトし、本体の電源を落とすとヘッドセットを外し、ゲーム機を置いる机にヘッドセットを置いた。
同じ机に置いてあったスマートフォン(スマホ)を手に取ると、SNSや公式のアカウント、それに検索を使ってWoFのバグについて、または変わった出来事について調べてみた。
しかし、どこを調べても自分と同じ現象に遭遇したという書き込みはなく、同じことを調べているであろう書き込みも無い。
特に身体に異常は無かったし、同じことが起きた人もいないようなので、公式に問い合わせるなどのアプローチを取ることはしなかった。
彼自身、あまり自己主張をする方ではない。
自分の身に起きた出来事を誰かに言ったり、不思議なこと、嫌だったことなどをSNSに書き込むこともない。
“この世に起きる出来事は、自分よりも先に誰かが体験している。或いは、それ以上の事も起きている。”
彼の中には、そういった概念がある。
自分が体験しうる出来事に、世界中で初めてなんてことがあるのだろうか。
そう思うと今回の出来事にしても、同じことが起きたが別に誰も気にてはいないのだろう。
ゲームの再開の前に、何か軽く胃に入れておこうと思い、買い物に行く準備を始めた。
一旦スマホを机に置き、冬に着るような上着を羽織り、財布とスマホをポケットにしまうと部屋を後にした。
時刻は深夜の2時を回っていた。
熟睡しているであろう家族を起こさないように、静かな足取りで廊下を進み階段を降りる。
時折聞こえる床のギシッという音に身体が反応して足を止めさせる。
玄関につくとサンダルを履き、静かにドアを開け音を立てないように閉め、家を出た。
真っ暗な街を、街灯の灯りを頼りに歩く。
サンダルがアスファルトを擦る音が妙に大きく聞こえる。
10分程歩くとコンビニの明かりが見えてきた。
深夜ということもあり、車や自転車なども殆ど止まってない。
店内には数人、近所の人だろうか、人影が見える。
店内に入るとお菓子コーナーで適当なスナック菓子を取る。飲み物のコーナーでは炭酸を手にした。
そのままレジに行く。
会計を済まそうとすると、すぐ横の揚げ物などが目に入った。
(上手い商売だよな。こんなん腹減ってたら食べたくなるよ。)
「すみません、これも1つ下さい。」
そう言うと、ショーケースのフランクフルトを指差した。
会計を済まし、店を後にする。
直前に買ったフランクフルトに、ケチャップとマスタードをかけ、頬張りながら家路を行く。
寒空の下、熱々の食べ物を食べるのは何とも格別な味がする。
美味しげな匂いを漂わせながら帰っていると、道路の向こう側の路地で、何やら揉めている様子が目に入った。
(カツアゲか?嫌だなぁ、近所でそういうことあるの。関わり合いたくないわ。)
そう思うと少し足早になった。
トラブルに巻き込まれて命を落とすなんて事もよくある話だ。
人助けに入って止められれば良いが、逆上した相手に怪我させられたり、刺されたりしたらたまったものではない。
こういうのは警察の仕事だ。
被害を拡大させない為にも、他人は関わるべきじゃない。
彼はトラブルが嫌いだし、何より痛い思いをするのが嫌だった。
嫌だと思いつつも、歩きながら目は揉め事の方を向いていた。
すると、加害者側の方だろうか。
長い黒のコートの男が、追い詰められた男の頭を掴み、耳元で何か言っている様子だった。
その直後、追い詰められた男の身体にノイズが走った。
風景や建物、その他の物は普通なのに男の身体だけがノイズで歪む。
黒コートを男が手を離す。
追い詰められた男は、その場でストンと座り込んでしまい、自分の身体の異変に慌てふためいていた。
黒コートの男はただただ見ている。
追い詰められた男は、激しくなるノイズと共にその場から消えてしまった。
思わぬ出来事に思考が止まり、身体も動かなくなった。
何も考えられない。
唐突に起きた非現実的な現象に驚愕した。
ハッと我に帰った時、黒いコートの男がゆっくりとこっちを向いた。
彼は男がこちらを向くより先に、顔を前に向け何も知らない素ぶりで歩いていた。
咄嗟の防衛反応だろう。
目を合わせたらマズイと思い、身体が勝手に動いていた。
「何だよっ何だよ今の!?分かんないって。見られてないよな?」
あまりの驚きに自分を落ち着かせようと、小さい声でいろんな言葉が口から漏れ出した。
チラッと後ろを見るも、男の姿はない。
戻って確認なんてとてもできない。
急いで帰ろうと足が速くなる。
交差点の信号に捕まってしまい、焦る気持ちが高くなる。
男の姿は視認出来ないが、一刻も早く、少しでも遠くに離れたいと思う気持ちが強まるなか、ポケットから取り出したスマホのカメラを使い後ろの様子を確認してしまう。
信号が青に変わると、足早に渡り始める。
すると、反対側から歩いてく人にぶつかってしまった。
「すっ、すみません!」
ぶつかった拍子に落としてしまったスマホを拾おうとしたが、それよりも先にぶつかった相手が彼のスマホを拾おうとしてくれた。
マラソンをしている人なのだろうか。
黒いジャージに黒いパーカーを着て、フードを深くかぶっていた。
その人がしゃがんでスマホを拾うと、そのまま彼に手渡した。
「ぁ、ありがとうございます。大丈夫でしたか?」彼はぶつかった相手にお礼と少しの気遣いをした。
相手からは思わぬ言葉が返ってきた。
「身の危険を感じたらログインして」
見た目では分からなかったが、女性の声だった。
「え?」
唐突な言葉に理解が追いつかず、間抜けな声が出てしまった。
「あ! あの!」
どういう意味か聞こうとしたが、彼女は立ち上がり行ってしまった。
わけがわからなかったが、交差点を渡り、落としたスマホが無事か確認しながら家路へと戻った。
「ログイン・・・ログインって?何に?
身の危険って・・・さっきのこと?」
分からないことが多過ぎる。
悩んでいるうちに家へとたどり着いた。
玄関を静かに開け、カギをかける。
音を立てないように、そおっと部屋へと向かう。
扉を開け、中に入り、買い物袋を机に置く。
電気をつけようとスイッチに手を伸ばす。
だが、伸ばした手はスイッチへは届かなかった。
突如後ろから伸ばされた腕によって、その動作を遮られてしまった。
「ぅわあああああっ!!」
暗い部屋で、それも自分しかいるはずのないところで、自分のものではない腕に掴まれる。
安心しきっていたところに起きた、ホラー映画のワンシーンのような出来事に、心臓が止まるほどビックリして情けない叫び声をあげてしまい、持っていたスマホを落としてしまう。
すぐに腕をはらうと同時に、後ろを振り返る。
そこには、どうやって入ってきたのか、見覚えのある黒いコートとハットを被った骸骨がいた。
「ぁぁぁああああああぁぁぁ・・・っ」
あまりの出来事に尻もちをつき、ズリズリと壁まで後ろに下がっていた。
あの時、あの人を襲ってたのはコイツだったんだ。
直感でそう思った、そう思わざる他なかった。
あの時、追い詰められていた人と同じ状況に自分が陥っている。
骸骨はゆっくりと暗い部屋の中を、コツンコツンと、そして身体の骨を小さく軋ませながら歩いてきた。
(こ、殺される! あの人と同じことされる!け、消されるんだ。・・・な、何でこんなことっ・・・)
壁を押すように、これ以上さがれないのに、手と足を使って必死に下がろうとする。
そこで彼は、あることを思い出した。
(「身の危険を感じたらログインして」)
交差点でぶつかった女性の言葉を思い出した。
辺りの床を見渡し、落としたスマホを見つけて手を伸ばす。
すると骸骨が急に早く動き出し、スマホを蹴られてしまった。
「あ! ・・・・・え?」
(何でスマホが蹴られた?もしかして知ってるのか?)
明らかに何か知っているのだろうという動きだ。思考がある。人と同じように考えてやったことだ。
骸骨はまたゆっくりと、彼との距離を詰めてくる。
(お終いだ・・・何故かわからないけど、スマホで何かしようとしてるのがバレてる)
それ以上、彼の頭には言葉が浮かんで来なかった。
骸骨は座って怯えている彼の頭に手を伸ばした。
その時。
何発かの銃声のような音と共に、部屋の窓ガラスが割れた。
驚いた彼は、両腕で顔を覆うと骨の塊が床に倒れる音がした。
割れた窓から風と一緒に誰か入ってきたのか。
「あの時言ったこと、忘れたの?」
聞き覚えのある声、ほんの数十分前に耳にした女性の声だ。
腕をゆっくり解き、窓の方を見る。
そこには、聞き覚えのある声と、綺麗な黒い長髪を風に揺らした、パンクなコートの格好をした女性がいた。
彼は女性を見た後、自分の部屋で起きた惨状を改めて見渡し、絶句した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます