心、です。

「アーリス聞こえる?」


 二つに分かれて動かなくなったヒュアミスを見下ろしながら相棒に声をかける。


〈はい。聞こえています〉

「クレスさん達の現状はどう?」

〈大捕物は既に始まっています。特に問題無く進んでいますね〉

「まだ終わってはいないんだね?」

〈はい〉

「じゃあ向かった方がいいだろうね」

〈そうですね……要〉

「ん? 何?」

〈大丈夫ですか?〉


 大丈夫?


「あぁ、うん。特に怪我はしてないから大丈夫だよ」

〈そうじゃありません〉


 じゃあ、一体何が大丈夫かと聞いているのだろう?


〈貴方は優し過ぎますから〉


 優し過ぎる? 僕が?

 仮にそうだったとして、それが何だと言うのだ。


〈ヒュアミスを『壊した』事で、貴方自身が傷ついていないかと思いまして〉

「そんな事……」


 あるはずが無い。

 足元に転がる人の姿をした機械。機械を壊しただけだ。限りなく人に近い姿をした機械を壊しただけ。たったそれだけだ。

 僕が傷つく理由が無い。

 それに、こうしなければきっと大怪我を負っていた。それどころか死んでいたかもしれない。

 だから椿を振るった。椿を使ってヒュアミスの胴体を真っ二つにした。可哀想だとかそんな感情は無かった。何の感情も持たずに真っ二つにした。

 そのはずだ。

 生きる為に機械を壊した。ただそれだけ。それだけのはずなのに。


「ねぇアーリス、僕は何で泣いてるんだろう?」


 頬を涙が伝っていた。その涙がいつから流れていたのかわからない。わからないけど、僕はいつの間にか泣いていたらしい。


〈貴方は優し過ぎるんです。ヒュアミスはただの機械。例えそれが人間の姿をしていようと、ただの機械なんです。心も無ければ感情も無い、ただ命令に忠実に動く機械。貴方はその機械を壊しただけなんです〉

「そんな事」


 わかっている。


〈一年前もそうでしたね。初めて人型ヒュアミスを壊したあの時も、要は泣いていました〉


 覚えている。忘れるわけがない。

 あの時も僕は泣いていた。今日みたいに何の感情も持たずに椿を振るってヒュアミスを壊し、そして泣いた。

 あの時も、何が悲しくて泣いていたのか分からなかった。


「駄目だね。全然成長してない」

〈それでいいと、私は思います。貴方の様な人間は変わるべきじゃない。そのままでいい〉

「人型ヒュアミスを壊す度に泣いてろって?」

〈人型に限った話じゃないでしょう?〉

「そんな事は」


 無いはずだ。記憶の中には見当たらない。


〈そんな事ありますよ。人型ではないヒュアミスを壊した時も、貴方はいつも泣いていました。正確に言えば、貴方の心が泣いていました〉

「僕の心が?」

〈はい。要がおむつをしている頃から隣にいる私が言うのだがら、間違いありません。ヒュアミスを壊す度に、貴方の心は泣いていました〉

「……」


 まったく、かなわないな。


「ねぇアーリス」

〈何です?〉


 ヒュアミスには、本当に心も感情も無いのかな?


「いや、何でもない」


 君と一緒にいると、ヒュアミスにも心や感情がある──そう思えてしまうんだ。

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