対峙、です。
部屋に踏み入れた瞬間に感じる視線。その視線の主は壁に寄り掛かる様にして佇んでいた。
白髪で真っ黒なスーツ姿の男。年齢は──いや、新人類の外見から年齢を判断する等無駄な事だろう。しかもこの男はおそらく本物。尚更無駄な事だ。
新人類──新暦八十二年辺りから現れ始めた新種の人類。それまでの人類との大きな違いは外見。毛髪や瞳の色が、それまでの人類とは一線を画す。アニメや漫画の様な多種多様な髪色をした新人類が昔にタイムスリップしたならば、コスプレと思われるのは間違いない。
だがそれは、外見だけの新人類でしかない。この男は本物と呼ばれる新人類──僕と同じ。
「敵を前にして考え事か? 度胸は座っているらしい」
しばらく視線を交えていた男が口を開く。その声は若々しいが、実際の年齢は全くわからない。
二十代かもしれなければ、四十代かもしれない。
新人類の特徴のひとつ。
新人類は二十代から四十代位まで、身体能力や容姿に大した変化が起きない。本物ならば尚更その特徴が濃くなる。
常に若々しく、常にピークの身体能力を保てる。
「君も本物だろう? ならば久しぶりに楽しめそうだ。ああ、安心したまえ。私と君との勝負を邪魔する者は、この部屋には入って来れない。ここではそういう決まりになっているのだよ」
男は僕の背後の扉を指して「その扉が次に開くのは、君が死んだ時だ」と言い、口角を吊り上げた。
何だかB級映画の悪役が好みそうな台詞である。
「あまり、早く死なないでくれよ?」
完全にB級だ。
本物と呼ばれる新人類──その最大の特徴は身体能力。その身体能力は外見だけの新人類の比ではない。その圧倒的身体能力の前では、拳銃さえも玩具同然に成り下がる。
「黙りかい。まぁいいさ、では始めよう」
男が自身の腰に下げられた得物に手をかけた。
刀。
その形状は間違いなく刀。
「私の得物はこの刀さ。様々な物を使ってきたが、これが一番手に馴染む」
拳銃でさえ玩具。そう言ってしまえる本物達は、原始的な武器を好む。身体能力を最大級に活用出来る武器が一番だからだ。
それにしても。
頭が酷くクリアだ。目の前に佇む相手よりも新人類について考えてしまっているのだから。
僕自身、久しぶりに本物とやり合う事になって、変な心理になってしまっているのかもしれない。
「では」
男が刀を抜く。部屋の空気が張り詰める。
男と僕との距離は四メートルあるかないか。あってない様な距離である。
男の構えは大上段。振り下ろしの一撃で決める気だろう。
構えを取ったままじりじりと距離を詰める男に対して、左拳を前に出し腰を浅く落として構える。
恐らく、決着は一瞬だろう。
その距離が三メートル程になった瞬間、
だん!
と鋭い踏み込み。
振り下ろされる刃。
その動きとほぼ同時に、左足を引き身体を捻らせる。
耳元で響く風切り音。空を斬る刃。
がら空きになった男の顔面に、右拳を──違う!
男の表情を見た瞬間、背に走る寒気。それを感じた瞬間、弾ける様に横に跳ぶ。
一瞬前まで僕がいた場所に走る銀線。
「ほお」
男は満面の笑みだった。
まさかあれだけの速度で振り下ろした刀を方向転換させるとは、考えてもいなかった。右拳を振るっていたならば、僕の体は綺麗に上下に別れていただろう。
肉を切っても、骨を断たれちゃどうしようもない。
舐めていた訳では無い。ただ、本物と戦う感覚を忘れていた。
一つ息を長く吐き、集中力を高める。
「次で決める」
またしても大上段。今の一撃に余程の自信があるのだろう。
実際に避け切るのは難しい。ならば──どうしよう。
こんな事ならば『椿』を持ってくれば良かった。問題ないと言っていた相棒に、後で文句を言わなくては。
避けられないならば受け止める? いや、どう受ける? 刀と言えば真剣白刃取り? いや、流石に無理がある。
……だったら。
「よし」
呟き、再び構えをとる。
「覚悟は決まった様だな」
呟きが聞こえたのだろう。男の笑みがより深くなる。とんでもない悪人面だ。
さっきと同じ構図。刀を大上段に構え距離を詰めてくる男に対して、迎え撃つ僕。
だが、ここから先はさっきとは違う。それは僕が一番良くわかっている。
だん!
と鋭い踏み込み──に合わせて僕も踏み込む。
斬られる前に叩き込む。
そんな考えの人間が今までにもいたのだろう。踏み込んだ僕に対して、男のリアクションはない。
例えどんな一撃を貰おうとも、刀を振り切る。恐らくそれが、男の考え。
肉を切らせて、骨を断つ。
だが、そうはならない。
振り下ろされる刃、それに合わせて右拳を走らせる。
照明に照らされ白銀に輝く刃、細工の施された鍔。僕の狙いはその下。
ぼきっ。
響く不快な音。その発生源は男の右手。柄を握る男の右手に、僕の拳が突き刺さる。
予想外だったであろう痛みに、男の右手が柄を離す。左腕だけで振るわれる刃には、先程までの速さはない。
振り下ろされる刀の腹に左掌底。軌道は大きく変わり、刃が空を斬る。
これで、ラスト。
左掌底を繰り出した遠心力をそのままに、がら空きの顔面目掛けて後ろ回し蹴りを叩き込む。
踵に感じる衝撃は、人の意識を刈り取るには十分過ぎるものだった。
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