いざ侵入、です。

「んー、至って平和だねー」


 幅五十センチ程のコンクリート造りの塀の上。身を屈めて敷地内を見渡せば、至って平和。

 僕の存在は全くと言っていい程気づかれていない。塀の上に付けられた大量の監視カメラが今は役に立っていないのだから、当然といえば当然か。


 嵐の前の静けさ──はやめて欲しい。


 出来る限り注意深く屋敷を眺めていると、眼鏡のレンズに屋敷の見取り図が写し出された。


〈要、聞こえていますね?〉

「問題なく。流石はアーリス、仕事が早いね」

〈当たり前です。キャシー=レイジャーの居場所なのですが〉


 せっかく褒めているのだから、少しは喜んで欲しいものである。

 全く……。


〈正面玄関から入って階段を上がった先の部屋。その奥の部屋にいます〉


 アーリスの声と共にレンズに写された見取り図が拡大。ご丁寧に矢印付きで進行方向まで指示されている。

 と言うか、正面玄関からほぼ真っ直ぐ進むだけだった。


「正面突破が一番かな?」

〈いえ、二階の屋根伝いにその部屋まで行くのが最も効率がいいです。幸いにも窓があり、電子錠ですので私が開ける事が可能です〉

「あれ? 聞いてるだけだとかなり楽なお仕事なんだけど」

〈油断大敵は要が一番ご存知かと〉

「冗談冗談。気を引き締めていきますよ」


 全くもって冗談が通じない。アーリスにはもう少しユーモアセンスを持っていただきたい。それ以外に関しては何も問題ないのだから。

 さて、侵入経路が確定。であれば、早速行動に移すとしよう。

 フレームの上にあるボタンを押して、写し出されていた見取り図を消す。簡単な見取り図だったので既に頭に入っている。それにいざと言う時は相棒からの指示が入るはずだ。

 問題はない。


「では、行きますか」


 塀の上から飛び降りて着地した瞬間、


 カチリ


 と、とてつもなく嫌な音が足元から発せられた。

 瞬間的に額に汗が浮かび、それが滝のように頬を伝っていく。


 ……これは、やった。


 そんな考えは次の瞬間には霧散する。

 けたたましく響くサイレンの音。

 そして、


〈油断大敵〉


 無機質で冷たい声。

「あー、いや、まさか、こんな原始的なセキュリティがあると思わないじゃん? 足でカチリとかいつの時代のセキュリティさ!」と叫びたくなる衝動を抑え「すいません」と呟いておく。


「作戦変更。正面から行く」

〈結局いつもの事ですね〉


 アーリスの嫌味は聞かなかった事にして走り出す。敷地内に敷き詰められた玉砂利が、妙に良い音を起てている。

 正面玄関まで残り五メートルといった所で、その扉が勢いよく開かれた。立っていたのは真っ赤な髪をした二十代前半位に見える男。鍛えていると一目でわかる体格。だが分かる、雰囲気が違う。多分この男は、本物ではない。

 男が僕の存在に気づいて目を見開く。


「だ」


 言い終わる前に、男の顔面に膝を叩き込む。みしり、と嫌な音が骨を伝ってくる。

 先ず一人。

 勢いそのまま屋敷内に侵入。


「何だぁ!? てめぇは!?」


 正面には四人の男。

 左から蒼、緑、金、白。中々にカラフルな頭髪の皆様である。一人目と合わせればスーパー戦隊が組めそうな配色だ。最も、リーダー格であるはずのレッドは早々にリタイアしてしまったが。

 そんな事を考えていると、


「何を笑ってんだよ!?」


 どうやら僕は笑っていたらしい。

 相手は四人。だが問題ない。多分こいつらも本物じゃない。

 視界の隅で青レンジャーが銃を構えた。

 やれやれ、せっかちな人だ。


 ぱんっと、乾いた破裂音。発射された弾丸は的確に僕の眉間を捉えている──良い腕だ。

 その一刹那、まるで他人事の様に考えながら、迫る弾丸を右手の平で


 叩き落とす。


 そのたった一瞬が、目の前に立つ四人の男達の目の色を変えさせた。


「本物か……」


 誰かがそう呟くと同時に、青レンジャー以外の全員がスーツの胸元に手を入れた。

 遅い。

 左端で銃を構えたままの青レンジャーの顎に左の掌底。その一撃で白目を向くのを確認しながら、隣の緑レンジャーに左足で中段回し蹴りを叩き込む。

 弾け飛ぶ緑。

 金と白はその間に銃口を僕に向けていた。仲間が倒れた事に動揺を見せない辺り、よく訓練されている。

 金の銃口は眉間に、白の銃口は心臓に向けて。戦闘不能に持ち込む気は無いらしく、確実に殺す為の照準である。

 二人の指がほぼ同時に引き金を引く。それに合わせてサイドステップ。

 乾いた発砲音。目の前を通過していく弾丸。

 金と白は驚きの表情──と言うよりは、苛立った表情。

 そんな二人との距離を詰めるのは一秒とかからない。

 銃を構えたまの金のこめかみに左フック。倒れ行く金を視界から外し、唖然とする白に右の上段蹴りをプレゼント。

 どさっと、二つの音はほぼ同時に響いた。


「さてと」


 所要時間は十秒程だったろうか。

 増援が来る前に、さっさと目的地まで急ぐとしよう。

 正面には十五段程の階段。その階段を二段飛ばしで駆け上がる。


 静かだな……。


 階段を駆け上がりながら周囲を確認してみるが、増援の気配がない。あれだけのサイレンが鳴り響いたのだから、気づいていないという事は有り得ないだろう。

 侵入者なんて想像していなかったから、警備が手薄なのだろうか? それとも今日が祝日だから休みが多いのか? レリックの癖に中々ホワイトな会社じゃないか。


 それにしても豪華だな。

 建築の事はよく分からないが、確か旧日本建築と言うのだろうか。天井付近には太い梁が露出している。厳かな屋敷は、かなりお金がかかっていそうな造りである。


〈要〉


 ちょうど階段を登り切った所で、タイミングばっちりの通信。おそらく監視カメラで見ているのだろう。


〈階段を登り切った先に、扉がありますね〉

「あるよ」


 この場には酷く不釣り合いな鉄製の扉。牢屋等に使われていそうなその扉は、殴る蹴る程度ではうんともすんとも言いそうにない。


〈それは自動扉で、且つオートロックとなっています〉


 じゃあ暗証番号とか、指紋認証とかで開くのだろうか?

 扉の周りを見回してみるが、そういった機器の類は見当たらない。

 扉に触れる事で指紋認証が行われるパターンだろうか?


〈セキュリティにアクセスして開いておきました。扉に触れてみて下さい〉


 ……仕事が早くて何よりです。

 全くもって万能過ぎる相棒である。

 言われるがままに扉に触れると、物音一つたてずにすんなりと開く。

 扉の先には真っ赤な絨毯が敷かれた部屋。正面に奥に続く扉が見える。


 すんなり行き過ぎて、拍子抜けだな。


 部屋に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


〈その部屋にいますのでお気をつけて〉


 それはもう少し早く言おうよ……。

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