確認、です。
時刻は午後八時。
すっかり日が暮れ真っ暗になった公園のベンチに、一つの人影があった。街灯に照らされ僅かに見えるその顔には、全くとして覇気が感じられない。
ヨレヨレのワイシャツ。ぼさぼさの髪。暗く沈んだ表情。
それは間違いなく。三日前に風見鶏を訪れた人物だった。
「すいません。少し遅くなってしまいました」
「……あぁ、来て、下さったんですね」
声をかけるまで全く気づいていなかったのだろう。
今回の依頼者ジル=レイジャーさんは、少し安堵した様な表情を浮かべて僕を見上げた。
「本当に来て下さると、思っていなかったもので」
ジル=レイジャー。三十三歳。既婚。子供はいない。
自ら立ち上げた会社が、昨年倒産。
「引き受けた以上は、勝手に依頼の破棄はしませんよ」
出来る限り柔らかな笑顔を貼り付けながら、ジルさんの肩に手を置く。依頼主を少しでも安心させる事も、大切な仕事の一つである。
それに笑顔には自信がある。店長曰く、僕の笑顔は営業スマイルらしくない笑顔らしい──多分褒めていた。
「早速ですが、依頼の確認をさせていただけますか?」
「……はい」
闇に消えいってしまいそうなか細い声。もう少し離れていたらきっと聞こえなかっただろう。
大切な依頼内容を一言一句聞き逃さぬ様に、耳をそばだてる。
「妻を、キャシーを助けて下さい」
長い話にはならなかった。ジルさんが口にしたのはたった一言。それは、三日前と同じ一言。
この一言だけでは、どうしたものかと頭を抱えてしまうところだが、僕はそうならない。
何故か? 決まっている。相棒が優秀過ぎるからである。
内容、状況、そんなのどうだっていい。これはただの確認なのだ。依頼主の真剣さの確認。
膝の上で握りしめられたジルさんの拳。その拳が震えている。悔しさからか、申し訳なさからか、それとも怒りからか。その真意はわからない。
ただ、その真剣さは伝わる。
だから僕はただ一言。たった一言こう言うだけ。
「ご注文、承りました」
ジルさんの目が見開き、そして一筋の涙が流れた。
「おね……お願いします」
俯き、何度も何度もお願いしますと口にする。握りしめられた拳には、次々と涙が落ちる。
この人はおそらく、心の底から奥さんを愛している。そう思わせてくれる行動だった。
それだけ分かれば満足で、それだけ分かれば十分だ。
『風見鶏』が動くには、十分すぎる理由が出来た。
「少々お待ち下さいませ」
注文内容はいつもよりは多少難解。だがまぁ、来店した全てのお客様の舌を満足させるよりは簡単だ。
「さて、お仕事をしましょうか」
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