持つ者の悩み、です。
「ああ、そう言えばさ」
たまごサンドを食べ終わり、二杯目のカフェオレに口を付けるマイネに話しかけると「何?」と小首を傾げる。そんな仕草は小動物の類に見えない事も無い。
「学校はどう?」
マイネ=バーキンス。十五歳と十一ヶ月。来月には十六になる彼女は、高校に入学してまだ一ヶ月も経っていない。
「うーん……楽しいよ。友達も結構出来たし」
「まぁ、そうだろうね」
マイネの性格はよく理解しているつもりだ。基本的に悪い所が無い。更にこの外見である。
彼女は人気者になるための武器を持っている。だから、まあ、人間関係は心配していない──一部の事を除いて。
「ただね、毎日の様に呼び出されるのは辛い……」
ほらね。想像通りだ。
マイネの言う呼び出しとは、先生からの呼び出しではないだろう。基本マイネは優等生なはずだから、それは無いはずだ。
では何か?
答えは簡単だ。恐らく、否、間違いなく。
それは、
「いつも違う男子に呼び出されて面倒臭い……」
あー、うん。やっぱり。
どうやら少しは恥ずかしい様で、ほんのりと頬を赤く染める我が義妹は完璧美少女。そんなマイネを好きになってしまう男子諸君の気持ちはよく分かる。
もし同年代の男子高校生として産まれていたならば、僕もマイネに恋をした可能性は大いにある。
「良い相手はいなかったの?」
「あのね、要。私まだ高校通い始めて一ヶ月も経ってないんだよ。つまり! 長くてもそれ位の付き合いの男子ばっかりなわけ。それで良い相手とか、わかるわけなくない?」
「……まぁ、うん」
ごもっとも。
マイネの言葉があまりにも的確で、自分の言葉を後悔する。
「私からしたら初対面でさ、付き合って下さい! とか言われても、私的には無理なわけよ」
「うんうん」
良し決めた。この話が終わるまでは首振り人形に徹しよう。
「って言うか、話したのも初めてで告白とかさ、私の何を好きになったのよって話。あんた達、どうせ私の顔しか見てないでしょー! ってなるわけ」
「うんうん」
「十六から十八歳の男子に恋のきっかけをアンケートしたところ、圧倒的に相手の容姿が良かったからが占めています」
「う……ん?」
何とも機械的な声が聞こえた気がする。しかも、とんでもなく要らない情報提供だった様な……。
久しぶりに口を開いたと思いきや爆弾投下とか、やめて欲しい。
「顔だけ見て告白とか、マジで辞めて欲しいわけ! 私はさ、私の顔だけじゃなくて、私をちゃんと見てくれる人がいいの! 大体、同年代の男子とかお子様過ぎて無理だし!」
勢いまかせにそこまで言い切ると、マイネは深く溜め息を吐いてから、カップを口に付けぐいっと傾けた。
これがジョッキとかならば、酔っぱらいのサラリーマンみたいな感じだったろう。
カフェオレを一気に飲み干し、カップをカウンターに置いたマイネが僕を一瞥する。
……おかわりの要求だろうか?
「男子振りまくってるせいで陰口だって言われて。そんなの気にしないって決めてても、ちょっとしんどい」
「……」
分かるよ──なんて言葉は僕には言えない。
僕はマイネとは違う。言うならば平均点、悪く言えば平凡な容姿の僕には、いつまで経ってもわかりはしない。
マイネが中学生の頃にもこういう事はあった。可愛らしく生まれてしまった故の苦悩。
「さてと、ご馳走様」
「え、あ、お粗末様」
唐突過ぎるご馳走様に、ちょっと混乱した。
今の流れで急なご馳走様は、予想の斜め上過ぎる。
「『スウィキャン』行く」
マイネのバイト先は、風見鶏にケーキを提供してくれているスウィート・キャンディーである。若い子達からはスウィキャン等と呼ばれている。
「まだ二時だけど……」
確かバイトは三時からだと言っていた。スウィート・キャンディーまでは風見鶏から徒歩五分程。今から行ってはあまりに早すぎる気がする。
「最近さ、空いた時間にケーキの作り方教わってるの」
「そっか」
それ以上を聞くのは野暮だと思った。十年以上一緒に育ってきた家族と言えど、話したくない事はあるだろう。
だから、一言こう言えばいい。
「行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
マイネの声は弾んでいた。それはただの強がりかもしれないが、僕の選択は正しかったんだと思わせてくれる。
席から立ち上がり玄関へと向かう足取りはいつもと変わらない。マイネが扉に手を掛けると、
カラン
と乾いた音が響く。
古びたベルの本日二回目のお仕事だ。
「あ、そうだ、お兄……要」
お兄ちゃん。
中学二年生辺りから封印されていた言葉を使いそうになったからか、マイネの顔がみるみる紅くなる。
僕的には、昔みたいにお兄ちゃんと呼んでもらいたかったりもするんだが。
あ、耳まで紅くなった。
「きょ、今日は帰り早いの?」
そっぽを向きながら話す我が義妹を可愛いなー等と思いながら、同時進行で今後の予定を考える。
店は六時で閉めて、その後は。
「今日は仕事が入っています」
アーリスの冷えた声は、若干シスコンな頭に良く響く。
そうだ今日は『仕事』の日だ。
「今日は遅くなるよ」
「そっか」
マイネの顔から笑顔が消えた。真剣な眼差しで僕を見つめたマイネは、
「気をつけて」
それだけ言って背を向けたのだった。
カラン
と乾いた音が響いた。
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