第17話 留学!? 

 大学の午前の授業が終わり、こうと、まき絵は食堂に向かう途中、物理の教師である滋野竜也しげのたつやが恍を呼ぶ。


「何か用ですか先生?」

「実は、理事長が君に話したいことがあるから、至急理事長室まで来るように」


 まき絵に事情を説明して至急、理事長室に足を運んだ。

 艶のあり高級感を醸し出す立派な両開きの扉の前に立つ。ここ理事長室は職員室みたいに用があれば平気で訪れるような場所ではない。そんな事を知っている恍は内心緊張感が募る。

 息を呑み手汗をかいた手で扉を三回ノックすると『どうぞ』という重くのしかかるような言葉が返ってきた。

 

「失礼します」

 

 理事長室に入ると、目つきがきつく、白髪交じりの着物をきた威圧感ある理事長がいた。だが、理事長よりも隣のソファに腰を下ろしている、見覚えのあるご老人に目がいってしまう。


「恍君、久しぶりだな。」

藤原ふじわらさん!?」

 

 なんとそこにいたのは、この前ショッピングモールで出会った藤原元錐ふじわらげんすいがいたのだ。

 

海老原えびはら君。わたしの友人が、困っていたところを助けてくれたそうだね。わたしからも礼を言わせてくれ、ありがとう」

「こちらこそ、役に立てて良かったです」

 

まさか、大学の理事長と藤原が、友人だったとは思いもしなかった恍である。


「私と理事長は古くからの友人でね。この大学に在学している恍くんのことを話したらすごい優秀な生徒さんだと聞いて、君の書いた異次元についての論文を拝見させてもらったけど実に興味が湧く論文だったよ」


「ありがとうございます」

 

 学校以外の人から褒めてもらえた恍は頬を赤らませて嬉しい気持ちになる。

 

「それで単刀直入に言う。恍くん、私の大学に留学してこないか? 勿論もちろん大学に掛かる費用は全額免除、生活関わる費用も心配しなくてもいい。卒業したら教授になるためのバックアップもしてあげる。どうだ悪い条件ではないと思うけど?」

「へ、留学?」

 

 上手く状況が呑みこめない恍は、ロボットがショートして動かなくなった状態と同じような現象になった。

急なことなので理解に苦しんでいると理事長が、

「藤原教授はアメリカのボストンにある、ルットベリー大学の物理学の教授をしているんだ。海老原君はそこの大学の生徒になり、いずれ藤原教授の後を継いでくれないかと、お誘いしているんだ。海老原君の実力ならば大丈夫だ」

 

理事長は、席から立ちあがり、期待の込めた手で恍の肩を叩いた。

 

「少し考える時間をくれませんか? 親との相談もしないといけないし」

「勿論、構わないよ。但し、今年中までには答えを出してくれ。いい返事を期待しているよ」

 

 藤原さんは、暖かい微笑みをかけた。


「自分の人生なんだから、ちゃんと、よく考えるのだぞ」


 理事長はそう言って恍を返した。


 理事長と藤原が古くからの友人というのも驚いたが、それ以上にアメリカ留学の件が一番、恍は驚いた。

 だけど唯の勉強も教えてあげないといけないし、ましてや唯と離れるのもいやだ、と思いつつも留学したいという気持ちもある。

 厳しい選択に迷う恍は、頭を抱えながら廊下を歩いていたら、

「何か悩みでもあるの?」

 後ろへ振り向くと、そこには不機嫌そうなまき絵がいた。

 

「別に悩みなんてない」

 

 すると恍の顔をジッと、まき絵は見つめて、

「その顔は嘘だね。わたしに嘘が通用すると思ってるの」

 

 こういうとき、古く付き合いのある友人の勘の鋭さは嫌になる。

 

「おまえには関係ないだろ!」

「あっそ もういい」


 少し怒鳴ると、まき絵は眉をきりりとつり上げ不貞腐れて、恍の前から去って行った。

 

(ちょっと怒鳴ったぐらいで、何怒っているんだよ。まき絵の奴) 

 

恍はため息を吐き、食堂に向かった。

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