第13話 幼馴染みと恋

 あれから一日が過ぎて全く進展のない日々が続く。ゆいに課された条件は正直言って恍にはかなりの難題だ。

 犬猿けんえんの仲で幼馴染みでもあるまき絵に告白しなくてはいけないのだから。

 今恍は大好きな妹の唯に勉強を教えている。


「ねえ、お兄ちゃん。ここの問題わからないんだけど?」

「…………」

「ねえ、お兄ちゃん?」

「………………」

「お兄ちゃんてばっ!」

「――っ! どうした唯!」


 突然ハッと我に返る恍を見て唯は嘆息する。


「さっきから上の空ばかりだよ。お兄ちゃんらしくもない」

「そうだな。それじゃちゃんと兄らしく唯のおっぱいでも揉むとするか」


 嫌らしい手つきで胸を触ろうとするが、机にあった五十センチの長方形の定規を唯は握り、そのまま恍の頭を目掛けて一刀両断。

 たまらず床に転げ回り悶絶する恍の姿を、唯は見下ろしながら腕を組んで仁王立ちする。


「そう言うことじゃなくて、兄としてちゃんと勉強を教えてよね!」

「……だからって……定規はないだろ。へたすると死んでしまうぞ」


 屈んで頭を押さえていると、背後に気配を感じる。


「なに悶絶しているのよ、このゴミ虫。ご飯出来たから早くリビングにきなさいよねクズ――ゆいちゃんお昼ご飯出来たから、きりのいいところで下に降りてきてね」

「うん、わかった。まき絵お姉ちゃん」


 唯はやりかけの宿題を中止し、リビングに降りていき、まき絵は悶絶している恍を見下ろしながら言葉を吐き捨てた。

 唯と自分への対応の違いに腹を立てる恍であった。


 リビングに入る恍は二人が座っている食卓に向かわず、台所にある木製の戸棚からカップラーメンを取り出し、そのまま蓋を開けポットのお湯を注ぐ。その行為を目撃したまき絵は腹の虫が治まらず、眉間に皺を寄せる。


「なにカップラーメンを食べようとしているのよ! あんたの分のご飯もちゃんと作ったのよ!」

「ふん! おまえのゲテモノ料理を食えるわけないだろ! 飯を作るならもっとまともな料理をしろよ!」

「なんですってっ!」

「何だよ文句でもあるのかよ。この雌ゴリラ」

「ぐぬぬぬっ……」


 山が噴火するかのように、まき絵の顔が徐々に真っ赤に染まっていく。


「二人ともやめてよ。ほら楽しく食事しよう」


 唯が間に入って仲裁しようとするが二人は尚もいがみ合いをする。


「もういい。勝手にすれば」


 まき絵はフローリングを突き破るような大きい足音を響かせながら玄関を勢いよく開けて出て行った。


「ちょっと、お兄ちゃん! まき絵お姉ちゃん怒って出て行っていっちゃたよ。早く追いかけて!」

「あんなゴリラを追いかけるなんてごめんだね」

「どうして仲良く出来ないの!」


 突然唯が激しい怒りをぶつけてくる。


「あんな奴と仲良くなんか出来るか!」

「私のためにも仲良くなってよ!」


 段々まき絵の怒りの矛先が唯へと変わってきた。


「だったら、おまえがまき絵と一緒に暮らせばいいだろ! 無理な条件押しつけやがってほんとは俺の事言いように使っていたいだけだろ! もういいお前みたいなバカな妹こっちから縁を切ってやる」

 

 感情が流れるまま思いもしないこと唯にぶつけてしまった。

 唯はまぶたに涙をにじませながら怒りと悲しみを恍に抱く。

「唯……今のは、ついつい言葉のあやというか……その……」


〈お兄ちゃんなんて大っ嫌い!!〉


 リビングから飛びだし部屋に閉じこもってしまった。


 戦場のように騒々しかったリビングは今では静寂に包まれている。



 陽が暮れて恍はとある自宅の前に立っていた。

 ドアベルを指で押そうとするが見えない壁があるかのように押し込むことが出来ない。

 心の整理が付かないこともあって、仕方なく自宅に帰ろうとしたとき、玄関のドアが開いた。


「まき絵……」


 ドアから出てきたのは、白いニットを着こなしたまき絵が玄関の外に立っている。


「なに?」


 突き刺さる言葉で話すまき絵を見て、まだご機嫌が優れていないとわかった。


「なあ、ちょっと散歩しないか?」

「なんであんたみたいな変質者と一緒に夜出歩かなきゃ行けないのよ」

「少しぐらいいいだろ」

「……わかったわよ」


 ほんとは他に用事があったのだが、急遽きゅうきょ予定を変更して恍と共に散歩することになった。

 近くの公園に行こうと恍は言いだし、仕方なくついて行くことにする。

 公園に着くまではお互い口も聞かず夜道を歩いて行き、やがて近所の小さな公園に着くとブランコに腰を下ろして会話を始めた。


「……昼ご飯旨かった」

「ゲテモノ料理食べたんだ」

「……悪かった」


 意外な言葉にまき絵は目をぱちくりと開ける。


「あんた、熱でもあるんじゃないの」

「俺が謝るのがそんなに意外か!?」

「だって今まで私に謝ったことないじゃない」


 恍は頬をうっすら紅色に染めて呟く。


「そりゃそうだろ。さっきの一件は全て俺が悪いんだ。お前は何も悪くない」

「私もあんたのこといつも言い過ぎなところがあるから、あんたが全て悪いわけじゃないわよ」

 

 まき絵はうっすらと微笑み恍に告げるが、暗闇のせいであって恍は気付いていない。


「幼かった頃はこんな仲の悪い幼馴染みじゃなかったのにな」

「ほんと。毎日お互いの自宅を行き来するほど仲良かったのにね。今はどうしてこんなに仲悪くなったのかしら」

「いや、むしろ絆が深まったんじゃないか」

「なに、それ」


 まき絵はクスクス笑う。


「お互いダメな部分を指摘し合える仲のいい親友同士なったってことだよ。それに俺はまき絵のことキライじゃないぞ。まき絵はどうなんだ?」


 恍の言葉がまき絵の胸を打ち抜き。全身の体温がみるみる急上昇しだす。


「わ……たしは……あんたのことキライじゃ……ないわよ……むしろ……好き」


 恍の胸が高鳴った。こんな気持ち唯以外に感じたことがなかったというのに。

 お互い見つめ始めた。肌寒い夜の公園でお互いの心が温かく通じ合う。

 突然恍はまき絵の両肩を力強く掴む。


「ちょっ! えっ!」


 いつも毛嫌いしているまき絵なのに今日は愛おしくてたまらなくなる。

 まき絵は決心したのか、そのまま目をつぶり、恍はゆっくりとまき絵の唇に自分の唇を近づけていく。


「――キスするなら早くしろイライラする!」


 その場の空気が一瞬に変わり、恍は咄嗟にまき絵の肩から手を離す。


「「小寿恵こずえ姐さん(お姉ちゃん)!!」」


 二人の目の前に、ガラス瓶に入った焼酎を片手に小寿恵が眉間に皺を寄せながら仁王立ちして、その後ろには申し訳なさそうにしている唯もいる。


「なんでここに! いつから!」

 

 慌てふためくまき絵に、小寿恵は話し始める。


「お前らが二人で自宅を出て行くときだよ。後をつけて近くの木陰で隠れ、お前らを観察していたんだ」


 まさかこの会話が聞かれ、お互いキスをするところも目撃されているとなると恥ずかしくていたたまれなくなる。


 二人は熟れたトマトのように頬をそめて俯く。


「まさかお兄ちゃんと、まき絵お姉ちゃんがここまで進展しているとは思わなかった。これからは二人を応援するね」

 

〈〈しなくていい(わよ) 〉〉


 目を宝石のように輝かせてエールを送る唯に二人は拒む。


「恍! お前に言いたことがある!」


 酔っているせいでもあり、小寿恵は恍に言いたげなことがあるみたいだ。


「なに、小寿恵姐さん?」

「次からはキスではなく!」

「んな無茶な!」

「もし出来ないなら私が手伝ってやる! まき絵今すぐ服を脱げ!」


 小寿恵は変なスイッチが入り、まき絵の衣服を強引に脱がせ始め、それを恍と唯が急いで止めに入り、夜の公園が修羅場と化した。


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