第9話 テスト前日
帰り道、
自宅の玄関ドアを開けるとそこには天使――いや女神が立っていた。
「お帰りお兄ちゃん。まき絵お姉ちゃんとイチャイチャできた?」
女神のような微笑みをかけてくる唯だが、最後の一言が少しだけ感に障るけど、可愛い妹なので許す。
「俺はゲテモノ
「……いつか、まき絵お姉ちゃんに殺されるよ」
「そんな事はどうでもいいいから、テスト勉強するぞ。二階から勉強道具一式持って来るんだ」
勉強したくないとばかりに唯は顔を顰める。
「もう、十分勉強したからいいでしょ」
「テストが近いし、今の唯の実力じゃ十点取れるかもわからないんだ。だから良い点取れるように勉強しよう」
「……わかった」
そうして深夜までぶっ通しで唯は死ぬほど勉強をした。
それから五日間が過ぎた日曜日。
前日は一日中、唯の家庭教師をしていたので、朝から倦怠感だ。
顎が外れるくらいのあくびをして部屋から出ると、ドアベルが鳴り響く。
「恍! 開けなさいよ!」
(まき絵の奴か……無視しよう)
そのまま一階に降りるが、玄関へは行かずリビングに向かった。
尚も鳴り響くチャイムの音に恍は苛立ちが強くなる。
「うるせーな! 居留守使ってるのがわからねぇのか、この雌ゴリラ!」
玄関の方に向かって怒鳴り散らす。
「それは私に向かって言ったのか?」
「そうだよ! テェメーに言ったん――っ!!」
言葉に殺気を乗せて恍の耳の中を通り、そのまま脳に突き刺さる。
さっきの声はまき絵ではなく、恍の天敵である小寿恵だったのだ。
まさか小寿恵が自宅に訪れるとは思いもしなかった。
「どうして小寿恵姐さんが!?」
「0.5秒以内に開けろ、もし時間が過ぎたらぶん殴る」
「この時点で過ぎてるよ!」
「おい!」
身体をビクッと身震いして素早く扉を開けた瞬間、恍は一瞬目の前が闇に包まれたように暗くなりそのまま地面に倒れた。
「開けるのが遅い!」
リビングから玄関までの距離を0.5秒行き来できる人間なんて、この世に存在するはずがない。
「……小寿恵姐さん何しに来たの?」
「唯ちゃんがどこまで勉強ができているのか気になってな。丁度会社も休みだから見に来たんだ」
すると二階から勢いよく掛けてくる音が聞こえてくる。
「小寿恵お姐さん!」
唯は勢いよく小寿恵に抱きついていく。
「唯ちゃん、しばらく見ない間にずいぶん大きくなったな」
「うん。家が近いんだから、まには遊びに来てよ」
唯が小寿恵に抱きつく姿を恍は羨ましそうに眺める。
「ああ。休みの日は、なるべく顔を出すよ。それと今日は唯ちゃんに勉強を教えに来たんだ」
「……えっ」
一瞬唯は小寿恵から視線を逸らす。
「私から勉強を教わるのはイヤか?」
「そんな事ないよ! 嬉しい。私こんな
「ちょっと、唯。いくら何でもそんな言い方は……」
恍をシカトして二人は唯の部屋に向かった。落胆していると、後ろから肩をぽんと叩かれる。
「可愛い妹が盗られた気分はどう?」
その言葉は恍にとって傷口に塩を塗るような事だ。
立っているのもなんなので、まき絵と一緒にリビングに向かいソファーに腰を下ろす。
「おまえは何しに来たんだ」
「私はただ、小寿恵お姉ちゃんに付いてきただけよ」
「用もないのに来るな金魚の糞がっ!」
「あんたも妹にストーカーしている変態ゴミクズでしょ。そんな
しばらくの間、お互い啀み合いをしていると「ぎゃあああっ!!」と甲高い悲鳴が一階のリビングの方まで響き渡る。
その声は唯ではなく意外にも小寿恵の悲鳴だった。
二人は急いで二階に上ると小寿恵が恍の胸座に掴みかかる。
「教えた式や文章を練習問題として解かせたらみんな間違っている。これはどういうことなんだ」
狼狽する小寿恵を初めて見るので、二人はとても新鮮な光景だと思った。
「俺に言われてもわからないよ……」
「あ~! イライラするからとりあえず殴らせろ!」
「理不尽だよ!」
「唯ちゃんを殴ることできないだろ!」
「ちょっ! ちょっ、まっ――ぶはっ!」
小寿恵の拳が恍の顔面にめり込む。
「う~ん、まだイライラが治まらないあと何発が殴らせてくれ!」
「やめてっ! これ以上は俺の心が持たない! 助けてくれまき絵!!」
まき絵は薄気味悪い浮かべ恍を見つめる。
「もっと感情を込めて、お願いできたら助けてあげてもいいわよ」
「わかった。助けてくださいまき絵様、お願いしますっ!!」
大嫌いなまき絵にお願いすることは、かなり屈辱的なのけれどこの状況を考えたら仕方ない。が、お願いは聞き入れてはくれなかった。
「やだ」
そのまま小寿恵に流星のように何十発の拳が、恍の顔面に降り注いだ。
その光景に満足したまき絵は、これ以上にない満面な笑みになる。
「恍の哀れな光景も見れたことだし、唯ちゃんの勉強を見てくるね」
そういい部屋に入り少し経ってから、まき絵は二人を呼んだ。
恍と小寿恵は、まき絵の言われるがまま、唯の部屋に入ると、机に向かって唯が勉強をしていた。
「それじゃあ、唯ちゃん。さっき小寿恵お姉ちゃんから出された問題を解いてみて」
「うん」
そう言い唯は先ほど全部間違えた問題を解き始める。
解いてる途中だが、恍と小寿恵は横からノートを覗くと急に目を大きく見開いた。
「式と答えがあってる! まき絵一体どういうことか説明してくれ」
小寿恵は質問すると、まき絵はニッコリ頷いた。
「唯ちゃんは問題を間違えたら、小寿恵お姉ちゃんに殴られるという思いが強くて問題を解く事ができなかったのよ」
「なるほど……確かに俺やまき絵も殴られながら勉強を教えてもらったんだよな。その時唯も側で見ていたから、自分も殴られると思っていたんだ」
恍がそう言うと唯は顔を俯く。
「お兄ちゃんよりも小寿恵お姐さん方がわかりやすく丁寧に教えてくれていたけど、もし問題が間違ったら殴られるんじゃにかと怖くて逆に問題が解けなくなっちゃって……」
それを聞いた小寿恵は唯の頭を優しく撫でた。
「可愛い唯ちゃんには、殴ることなんてしないよ。それに私のせいで逆にプレッシャーを与えてしまってごめんね」
「……お姐さんは悪くないよ。悪いのは私の頭なんだから。だからまた勉強教えてね」
「ああ。もちろんだ唯ちゃんは私にとって可愛い妹みたいなものなんだからな」
そう言って小寿恵は唯を
「なあ、叩かれながら勉強を教えてもらった俺やまき絵はどう思っているの?」
気になるので恍は訊ねると、小寿恵は笑顔でこう答えた。
「もちろん、お前達も大事だと思っている。――私の大事なサンドバック代わりの弟と妹よ」
「この変態馬鹿はいいとして、実の妹には殴るのをやめて欲しいんだけど……」
いつもとは比べものにならないような弱々しい声で、まき絵はお願いすると小寿恵は眉間にしわを寄せる。
「そしたら、私のストレスはどこに発散させればいいんだ! こんな近くに、可愛いサンドバッグの妹がいるのに」
「せめて殴るのは恍だけにして」
「なんで俺だけなんだ! そもそもまき絵は小寿恵姐さんと一緒に暮らしているんだから俺じゃなく、まき絵だけ殴られればいいんだと思う」
「よくもまあ、そんな事が言えるわね」
また恍とまき絵の口喧嘩が勃発する。
それを見ていた唯に、小寿恵は一言口ずさむ。
「私が何であのバカ二人を殴りながら勉強を教えていたかわかったでしょ」
「勉強を教えてもらっている最中に、喧嘩ばかりしていたら、殴って叱るのは当たり前だよね」
唯はクスクス笑いながら話す。
二人は恍とまき絵の口喧嘩を少しだけ眺めていたが、喧嘩が長丁場になりそうになるので小寿恵は二人の頭にゲンコツを入れて、勉強の邪魔になるから、と二人を唯の部屋からたたき出した。
部屋が急に
心強い小寿恵のおかげで明日のテストは良い点が取れそうだと唯は思った。
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