第8話 天童高校について

 一騒動も終え、小寿恵こずえ姐さんが部屋に入ってくる。

 城ノ内小寿恵じょうのうちこずえ、二十七歳。サイドテールにハリウッドスターの大女優並みの美顔で、身体型も顔に負けておらず外人並みにボンキュッボンのダイナマイトボディ。なぜ妹のまき絵はこういう体型にならなかったのか未だに不思議だと思う。ちなみに仕事は大手IT企業の社長秘書をしているそうだ。


「久しぶりだなこう。それとすまなかったな。


 小寿恵はニヤニヤと口元に笑いを浮かべて二人を眺める。


「冗談でもヤメてよっ! なんでこんな変質者とっ!」

「ハアァァァァァッ! 俺だってお前みたいな雌ゴリラなんか抱きたくもないっ!」

「誰がゴリラ女だって!」


 鋼のような拳を顔面に直撃を受けて、恍はそのまま床に崩れ落ちる。


「……たく、私の前でイチャイチャしやがって……」


 額に手を当てながら小寿恵は嘆息を漏らす。


《だからイチャイチャしてない(わよ)》


 二人はハモりながら小寿恵にわめく。


「わかった、わかった。ところで恍、私に何か用があるんだろう?」

「そうそう」と頷き、唯の件を語る。

 唯が天童高校に受験することや、イジメを受けていたことなどを。

 二人は激しい形相で身を震わせるほどの怒りをあらわにするが、やがて冷静さを取り戻す。


「……なるほど天童高校か……今のゆいちゃんにはかなり難しいと思うんだが……」


 男のように胡座あぐらをかきながら腕を組む。


「お姉ちゃんの言うとおり、唯ちゃんには無理だよ。だって勉強する期間もあまりないのよ」

「でも……麻衣まいとの一件もあるし……」

 

 俯きながら恍はモゾモゾと貧弱そうに話す。


「そんな事なら、私が唯ちゃんをイジメた奴らを撲殺してもいいんだぞ。心配するな、遺体は警察にバレないように処分するから」


 頬を釣りながらニヤニヤする小寿恵をみて恍は悪寒がした。


 この人の事だから間違いなく実行するに違いない。

 恍も一度、小寿恵の逆鱗に触れてアバラを5本折られ、全治三ヶ月の重体で入院をした経験がある。

 理由は恍が反抗期になった時、小寿恵に向かって舌打ちをしたら、左手で首を絞められ、そのまま脇腹目掛けて強烈なフックを何発もくらったのだ。

 それから恍の反抗期はものの数秒で幕を閉じた。


「小寿恵姐さんが来たら、ややこしくなるから気持ちだけ受け取っておくよ」

「そうだね。お姉ちゃんが来たら、学校まで崩壊しかねないし……」

 

 恍とまき絵は顔を引きつらせる。

 

「とにかく唯を天童高校に入れさせる方法があったら教えて欲しい」


 会話の脱線を戻して小寿恵に尋ねる。


「う~ん。唯ちゃんを入学させる方法は確かにあるが……」


「ほんとに! で、その方法はどんな――っ!」

 

 小寿恵に至近距離に近づいた恍は、いきなりヘビー級ボクサー並みのパンチを顔面にクリーンヒットしてしまう。


「顔が近い、離れろっ! ――ていうか抱きつきたいならまき絵にしろっ!」


 別に抱きつくために身を乗り出したつもりではないのに、と心に思う恍であった。――しかも、隣にいるまき絵も顔を真っ赤に染めてこちらを睨んでくる。


「それで唯ちゃんを入学させる方法とは?」


 顔面があんパンでできた国民的ヒーローと負けないくらいに腫れ上がり、うまく会話がでできない恍に代わって、まき絵が質問する。



 小寿恵が言うと、まき絵は不思議そうに小首を傾げる。


「筆記の点数が悪くても面接がかったから合格だ、なんてズルい気がするんだけど」

「まき絵の言うとおりだよ。普通は筆記がダメなら落とすが、私が在校していたときはその例外があったんだよ」

「え~! そんな事があるんだ!」


 魚みたいに目をまん丸くさせてまき絵は驚く。


「ああ。だが、その子は授業に就いていけなくて最終的には退学したがな」


 顔面へのダメージを負っていた恍は、なんとか回復して起き上がり小寿恵に尋ねる。

 

「それじゃ、受験勉強しなくても面接の練習に力を入れば、いいってことなの?」


「そんなわけないだろ。第一、受験したお前達だって身に染みているだろ」

「……まあ、それもそうだな。ちゃんと勉強をしなかったら落ちる可能性は一気に上がるな」

 

 恍やまき絵は一度天童高校に受験をしてが、見事に落ちたのだ。


「そうだ。まあ、お前達みたいに、テストの点数は合格ラインに達していたのに、面接で落とされることも当然あるからな。。」


 急に小寿恵は眉間にしわを寄せて恍を睨みつけた。


「……どうしたの急に?」

「将来目標としている事は、と面接官に質問された時に『』なんて言わなければ落ちることもなかったんだ」


 段々小寿恵は頭に血が上り拳を強く握る。


「小寿恵姐さん……顔が怖いよ……」

「なあ、恍?」

「……ん?」

「一発殴らせろ」


 さっき殴られて天に召されそうになったばかりなのに、これ以上殴られたら確実に死ぬ。


「ふん。お姉ちゃんにあんなに勉強を教えて貰ったのに、面接でふざけた質問をしたのが悪いのよ」

 

 激し形相をした小寿恵は、今度はまき絵に目を向ける。


「まき絵っ! 貴様は私の数少ない大事な休みを削ってまで、面接練習の特訓に付き合ってやったのに、いざ本番では一言も喋れなかったそうだよな?」

  

「えっ! ……それは……その……」

 

 スマホのマナーモードみたいにまき絵は、身体がブルブル震え出す。

 

「ア~、お前らの顔を見ているとイライラしてきた」

「だって、お姉ちゃんの面接と天童高校の面接官の面接は全然違くて……」

「そうそう、小寿恵姐さんの面接はかなり圧迫面接で――」

 

〈――言い訳は聞きたくないっ!!〉


 その夜、二人は小寿恵の逆鱗に触れ5時間にも及ぶ説教を正座して聞く羽目になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る