第6話 いじめっ子、いじめられっ子


 大学が終わり、まき絵と途中で別れてたこうは近くの書店に立ち寄った。

 ゆいでもわかりやすい参考書がないか探していると、ふと窓際に目を向けるとガラス越しから見えた公園に唯の姿が見えた。

 書店から反対側の公園までは五十メートルあり、しかも後ろ姿の女子中学生を瞬時で自分の妹だとわかる兄貴は恍だけかも知れない。

 参考書を買い、急いで公園に向かうと、唯以外にも同じ制服を着た三人の女子中学生が向かい合っていた。

 

 一人は金髪で、顔に濃い化粧をしたケバい女子がベンチに座って唯のことを何かを企んでいるような眼差しで見つめている。金髪女子の左側に立っている女子は短身の醜いデブと右側は長身の出っ歯が並ぶ。

 見るかぎり友人ではなさそうだ。もし友人だったとしてもこんな金髪女子とブス二人には関わらせたくない。

 恍は木陰に身を潜めて四人の会話を盗み聞く事にした。

 ベンチに座ってる金髪女子は唯を見上げて話し始めた。


「ねえ唯。今、欲しいオルネスのバッグがあるんだ。だから


 その言葉を聞いた瞬間、今唯は間違いなく恐喝きょうかつされている事に気付く。

 可愛い妹の為、身を乗り出して助けに行くのも手だが、ここはスマホのボイスレコーダーで三人が唯に恐喝している証拠をゲットし、警察に通報する方が得策だ。

 今すぐ助けたい気持ちをグッとこらえ、ズボンのポケットからスマホを取り出し、ボイスレコーダーの録音画面をタップする。


「そんな大金持っていないよ」


 唯は目を潤ませながら金髪女子に言う。


「無いなら親にお願いして金を貰うか、身体を売って稼ぎなさいよ」


金髪女子が言うと、左のブスの女子も続けて唯に対して罵倒する。


「そうだよ、麻衣まいちゃんの言うとおり、あんたのみにくい身体を売れば何とか稼げるよ」


 どうやら、リーダー格の名前は麻衣と言うらしい。

 

(自分が醜いからって調子に乗るなよババコ○ガがっ! ひと狩りいくぞっ!)


 木陰に隠れながら恍は心の中でののしる。

 さらに続けて、出っ歯の女子も喋りだす。

 

「まあ、あんたの身体目当てで来る男性なんてマニアックすぎるけど――ブヒャャア!」

(テメェの全裸見たって一ミリもたないわっ! それに気持ち悪い笑い方するんじゃねぇよ! このね○み男がっ!!)


 気持ちの悪い甲高かんだかい笑い声を上げながら特大なブーメラン発言をする出っ歯女子に、恍は激しい怒りが煮えたぎる。

 三人の女子中学生と思しき奴らに、可愛い唯に暴言を吐くのを黙って見ることができず、とうとう恍は隠れるのをやめて、ビッチとブス二人のところに殴り込む。


「おい! そこのベンチに座っているビッチとブス二人! これ以上唯の悪口を言ったら承知しないぞ!」


「あんた誰だよ。私たちの邪魔しないで」


「お兄ちゃんどうしてここに!?」

「……お兄ちゃん? もしかして、そこにいるのあんたの兄貴?」


 ベンチに座っている麻衣が尋ねると唯はコクリと頷いた。

 

「唯の兄、海老原恍だ! よくも俺の可愛い妹に酷い仕打ちしてくれたなビッチ中学生!」

「私はビッチじゃない! それに私はただ唯とお話ししていただけですよ」


 とぼけると予想はしていた恍はズボンのポケットからスマホを取り出し、麻衣に見せつけた。

 

「このスマホには、おまえ達が唯に恐喝した会話が録音してある。これを警察と学校に着き出してもいいんだぞ」

「……っ」


 舌打ちする麻衣と、それを聞いた後のブス二人は獅子に睨まれるウサギのように怯え出す。


「お兄ちゃん」


 兄として頼もしい一面を見た唯はつい見惚れてしまう。


「ふん! どうせハッタリよ」

 

 その言葉を聞いた恍は、スマホの再生画面をタップする。


『無いなら親にお願いして貰うか、身体を売って稼ぎなさいよ』


 スマホから自分の声が聞こえたとき、麻衣は恐怖心になり、身体を震わせている。


「どうだ。これでも信じないか? ビッチ」


「くっ……」

 

 麻衣を追い込んだその時、スマホのマイクから恍の声が聞こえてきた。


『しかし唯は可愛いな~、このままあの三人がいなくなったらその場で襲うのもいいかもな。別に兄妹だから襲ったところで無罪だろ』

「…………」

 

 一瞬、場が静寂した。

 心の中で思っていた事が実際口から漏れていたとは思いも寄らなかった。


「あんた……自分の妹に何するつもりだったの?」


 麻衣は別な意味の恐怖で恐る恐る恍に問う。

 

「もちろん

 

 胸を張って言う恍に三人はドン引きする。

 

「私の兄でもそんなことを考えてないよ……」

「おまえみたいな汚物に、欲情する兄貴がいるかっ! 身の程を知れ! このビッチがっ!」

「さっきからビッチビッチって私はビッチじゃないしっ! 汚物じゃないっ!」


 ベンチから立ち上がり麻衣は言い放つ。


「ピアスに金髪、しかもその年でメイクもしていたら間違いないだろ。それにウンコみたいな肌をしてる奴が何を言う」

「麻衣ちゃんはビッチじゃないっ!」と麻衣の左にいるデブの女子が言う。

「そうよそうよ。麻衣ちゃんは頭が良くて優秀なのよっ!」と続けて出っ歯の女子も言う。

 

〈だまれ豚のウンコと出っ歯妖怪っ!! てめえ達には聞いてねぇっ!!〉

 

「ひぃっ!」


 二人は恍の怒鳴り声に恐怖する。


「いいかよく覚えておけ、本当のビッチじゃなく処女というのはな、髪も染めずピアスやメイクもしない唯みたいな女性のことを言うんだ」

「ちょっ、お兄ちゃん。何を言っているの!」


 唯は慌てて恍に言い寄る。


「こいつらに本当のを教えているんだ」

「今はそんなこと言っている場合じゃないでしょっ!」


 唯にしかられた恍は我に返る。


「そうだった、気を取り直して――おまえ達も唯と同じ大事な受験の時期なんだからトラブルは起こしたくないだろ。だから唯にはこんりんざい手を出すな」


「あんたに言われる必要は無いわよ。それに唯のバカが受験なんてできるわけがないでしょ」

「いいや、俺が教えれば唯は高校に合格間違いなしだ」


 自信に満ちた表情で恍が言うと麻衣はニヤリと頬をつり上げる。


「だったら賭けをしましょう。」

「賭けだと?」

「ええ。私と唯で天童高校に受験して、もし唯が合格したら私達は全裸になって、この町内を一周してあげるわ。仮に、唯が落ちた場合は、あなたと唯が全裸で町内を一周して貰うからね」

 

「天童高校だと!?」

 

 天童高校とは日本でトップ成績の持ち主が集まるスペシャリストの高校だ。その為、受験は日本一の超難関。

 どう見ても麻衣みたいなギャル系が受かるはずがない。

 

「もし両者が落ちたり、万が一両者が受かった場合はどうする?」

「その時は私の負けでいいわよ」

「「麻衣ちゃん! それはさすがに――」」

「――私が落ちると思っているの」

「……いえ。」

 

 一瞬、ブスの二人組が麻衣に言いかけたとき、鋭い形相で二人を睨みつけ、恐怖のあまり否定することができなかった。

 

「よし。その賭けった!」

「ちょ、お兄ちゃん! 私はヤダよ!」

「大丈夫だ。兄ちゃんに任せろ」

(あのビッチが受かる可能性なんてゼロに近い。仮にお互い落ちたりしても、こっちはメリットしかないからな)

「それじゃ、そういうことで。それと受験が終わるまでは、唯には手を出さないわ。じゃあね」


 そう言い、三人はこの場から立ち去っていった。


「ふん。バカな奴らだ天童高校に受かると思っているのか。ほんとマヌケな奴だ」

 

〈マヌケなのはお兄ちゃんのほうだよ!〉


 急に唯が一喝する。


「どうしたんだ唯?」

「麻衣は学校の推薦で天童高校に受験する事が決まっているのよっ!」


 唯の言葉に恍は衝撃が走った。


「ウソ……だろ」

「ほんとだよ! 麻衣ちゃん、今までテストの点で満点以下は取ったことがないのよ。それに、全国テストは常に一位」

 

〈あんなビッチが全国一位!?〉


 唯の言っていることが本当だとしたら不利な賭け勝負だったかもしれない。

 横目で唯を見ると目を潤ませながら恐怖と不安でいっぱいになっている。


「どうするのよ、このままじゃ……全裸で町内一周はヤダよ! お兄ちゃん! 今ならまだ間に合うから、謝って勝負はなかったことにしようよ」


 懇願する唯の頭を優しく撫で、

「だっ、大丈夫だべそ。お兄ちゃんにまかしぇなしゃい」

 言葉を噛みながら弱々しい口調で喋る姿に、唯はさらに不安がる。

 

「……お兄ちゃん」

「まずは次のテストで50点を取ることだ。頑張ろう」


 麻衣に言ってしまったことを後悔しながら、二人は自宅に帰ることにした。

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