第5話 妹はマイペース
一時間にも及ぶ説教もようやく終わったが、罰として夕食抜きとトイレ以外部屋を出るのを禁止された。
仕方が無いので、空腹紛れに机に向かって大学に提出するレポートを書き始める。だが、わずか10分という時間で集中力が途切れた。
この状況で
「ダメだ……お腹すいて大学に提出するレポートが書けない……どうか神様お願いです。俺に食べ物と唯をお与えください」
飢えてるお腹をさすりながらぐったりして神様にお願いすると、恍の味方をしたどこぞの変態な神は、その願いを叶えてしまう。
神に
「お兄ちゃん。食事持ってきたよ」
トレーの上に香ばしいカレーを載せた皿を唯はテーブルに運ぶ。
カレーの香ばしいスパイスが恍の鼻腔に入り食欲がさらに増す。
「お、おう。ありがとうな」
さっきの一件で、口も聞かなくなったんじゃないかと恐れていたのに、どうして優しくしてくるのか疑問に思う恍であった。
「お母さんがお風呂に入浴している間にこっそり持ってきてあげたから、早く食べてよね」
「何という優しい妹なんだ。唯が妹で俺は幸せだよ」
「調子に乗るな」
唯に抱きつこうとするが、あえなく頭をどつかれる。
「イテテ……」
「ほんと油断も隙も無いんだから」
白いTシャツを着て、立派なスイカを二つ強調するように腕を組み、呆れた顔で恍を見つめる。
その強調されている箇所を触りたい恍の願望があるが、さっき厳しい処罰を受けた為、またすぐ唯に手を出そうとしたら間違いなく母親から処刑されるに違いないと思い、グッと触るのを堪えた。
「なあ、唯。行きたい高校とかあるのか?」
唯は顎に指を当て、
「う~ん、特にないかな。私の知能で入れるところはどこでもいいと思ってる」
受験まであと半年しかないのに、かなりのマイペース――いや、ドが付くアホだ。
「俺の時は二年生の頃には、もう行きたい高校は決めていたぞ」
段々唯が本当に自分と血の繋がった妹なのか疑い始めてしまう。
「大丈夫。何とかなるよ」
どこからその余裕が湧いてくるのか恍の頭じゃ理解できなかった。もし解明ができたら確実にノーベル賞間違いなし。
「それじゃ、今夜までに唯の行く高校を決めておくから明日の朝、俺の部屋に来い。ついでにテスト勉強も教えてやる」
「わかった。全部お兄ちゃんに任せる。それじゃ食べ終わった食器を片付けてくるね。お休み、お兄ちゃん」
「……ああ、おやすみ。俺の可愛い子猫ちゃん」
「…………」
食べ終わった食器をトレーに載せてスタスタと部屋から出ていった。
大事な進路を兄に押しつけるような唯を心配する恍であった。
翌朝、今日は日曜日で大学はお休みなので朝食を済ませ、昨日の進路の話しとテストに向けての勉強をする為、唯を部屋に招き入れた。
「どうしたの?」
「昨日の晩、考えたんだけど北原高校に行ったらどうだ」
北原高校は女子校で、そこそこの学力があれば受かりやすく、荒れてる高校でもないので唯にオススメの高校だと思ったからだ。
なのに当の本人は浮かない顔をする。
「何か不安でもあるのか?」
何か腑に落ちなそうだったので、唯に尋ねると、
「いや……あそこの制服可愛くないんだよねぇ~」
その台詞に恍はあんぐりと口を開ける。
「制服が可愛くないからとかの問題じゃなくて、今はどこの高校に受かりやすいかの問題だろ」
「せめて可愛い制服のあるところにして!」
尚も唯は諦めない。
昔からワガママで強情の強い妹だったのはわかっていたけど、まさかここまでワガママに育っていたとは恍も手を妬く。
「それじゃあ、それ以外の高校に受かる自信はあるのか? それとも不良高校が通うレベルの低い高校にでも受けるつもりなのか? これ以上ワガママ言うのだったら、俺は助けない。自分の力で何とかしろ」
心を鬼にし、初めて怒りのこもった声で唯を叱った。
「……わかった。お兄ちゃんの言うとおりにする」
唯は顔をうつ伏せる。
「俺だって可愛いくて大切な妹に、こんなこと言いたくはない。だけど唯には、まともな人生を歩んで欲しいんだ。だからわかってくれ」
すると唯は涙を流しながら恍に抱きついてきた。
普段なら妹に抱きつかれたら鼻血を滝のように流して昇天するはずが、今回は妹に欲情はできなかった。
「ありがとう、お兄ちゃん。私のために
「えっ、それは兄妹だから当然だろ」
ニッコリ天使のような満面の笑顔をする唯に、恍は視線を
「今みたいに兄らしいことすれば格好いいのに」
妹は笑って恍に言う。
「……これからは努力するよ」
「うん。期待はしたいんだけど……アレ何かな?」
唯はベッドの上に置いてある物を指差した。
その先を恍は見つめると一瞬にして顔が青ざめる。
「何か見えるのか?」
とぼけたところで状況は変わらない。
「とぼけてもダメだよ。あれ私の下着だよね。どうしてお兄ちゃんのベッドの上に置いてあるの?」
幸せな時間が地獄の時間へと変わる。
昨晩。恍は、唯が入浴中を見計らって勝手に脱いだばかりの下着をこっそり盗み、それを部屋に持ち帰り、夜のおかずにしていたのだ。
「え~と、それは、その、あれだ、俺のと間違って持って来ちゃったんだ――ブウァッ」
唯のキレのある右ストレートが恍の顔面を綺麗に捉らえる。
「そんなウソ通じるわけ無いでしょっ! ほんと最低。 お兄ちゃんのこと見直したと思ったらこれだよ」
怒りを通り越して呆れる唯であった。
「最近の唯は俺に冷たいから唯の下着を
弁解しようとしたら、思わず口を滑らせてしまった。
それを聞いた唯は狐に化かされたかのように目をまん丸と大きく開ける。
「もしかして私が入浴中に毎晩、脱衣場に入ってきて下着を持っていったのはお母さんじゃなくて……」
「……俺です……」
すると唯は激しい怒りで恍を睨み殺す。その姿はまるで殺人鬼だ。
「今日はテスト勉強の気分じゃないから明日から教えてね。それと、今後私にセクハラ発言や行動、下着を盗む行為をしたら、お母さんとお父さん、それに
「……わかった」
そう言い残して唯は部屋から去って行った。
唯の本気でキレたのは久しぶりだったと感じ怯えながら一日を過ごす恍であった。
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